1952年の即位時より名目上の最高指揮権者であるエリザベス2世。写真は2010年。

イギリス軍(イギリスぐん)は、イギリスの保有する軍隊。公式な文章では、「アームド・フォーシーズ・オブ・ザ・クラウン」 (Armed Forces of the Crown)なのだが、一般的にはイギリス軍(British Armed Forces)、または、国王/女王陛下の軍 (His/Her Majesty's Armed Forces)と表記される[1]

イギリス軍の名目上の最高指揮権はイギリスの君主(1952年よりエリザベス2世)にあるが、その行使は首相助言の通りになさねばならないため、事実上の総指揮権は首相にある。管理は国防省 (MoD) の国防委員会Defence Council)が担当する[2]

イギリス軍はイギリス本国と海外の領土を防衛してイギリスの幅広い将来的国益を保護し、国際的な平和維持活動の支援を任ぜられている[3]。その他にも、NATOへ正規参加しており、合同作戦の活動を行っている。


歴史

沿革

イギリスの軍事は歴史が長く、特に17世紀から複雑で世界史に大きな影響を与えた。世界の人口のうち4分の1がイギリス帝国の臣民で、陸地の総面積も4分の1を領有した。現在まで続くイギリス軍は、1707年グレートブリテン連合王国の軍隊としてイングランド軍とスコットランド軍の合併によって形作られた。

イギリス人が参戦した重要な戦いは、18世紀から19世紀前期にかけて起きたナポレオン戦争七年戦争、19世紀中期のアヘン戦争アロー戦争クリミア戦争20世紀第一次世界大戦第二次世界大戦があった。

イギリス軍は第二次世界大戦の終結後も活発な活動を続け、北アイルランドキプロスドイツジブラルタルブルネイフォークランド諸島など、世界中の基地を維持し続けた。

1940年から存続した海軍省、陸軍省、航空省は、1964年に現在の国防管理機構である国防省が役割を引き継ぐ形で、置き換えられた。

冷戦

第二次世界大戦の終結後、経済的、そして政治的な低迷により世界的な役割の縮小として反映された[4]。それは、1956年スエズ戦争間に生じた政治的敗北によって表面化した。1957年防衛白書では、徴兵の廃止と、1962年までにイギリス軍の規模を690,000名から375,000名にまで縮小することが決められた。政府は人員縮小後も従来の軍事力に代わるものとして、核抑止力ドクトリンを見出した。まず最初にイギリス空軍による自由落下爆弾核爆弾の装備が始まったが、最終的に潜水艦発射弾道ミサイルで代替された。

イギリス軍は、治安や安全保障といった観点から恒久的に配備を続けていた「スエズの東」を、アメリカ合衆国による保証が形成されるに従って、経済的理由により1960年代から段階的な撤回のプロセスが行われた。1970年代の中期までに、アデンバーレーンオマーンシャールジャモーリシャスマレーシアシンガポールから撤退が完了した。1975年南アフリカ1979年マルタとの協定の期限が切れ、現在まで維持しているブルネイや1997年に撤退した香港はスエズの東に存続したが、適度な削減が行われた。

1985年までに72,929名がヨーロッパに配置されたように、主力はヨーロッパのNATOに委託された[4]イギリス陸軍ライン軍団イギリス空軍ドイツ軍団英語版は、イギリス軍の中で最も大規模で、かつ最も重要な海外派遣を象徴した。東大西洋と北海においてはソビエト連邦の潜水艦に対処することが求められ、海軍の艦隊は対潜戦の専門化が行われた。このプロセスで、4隻の通常航空母艦と2隻のコマンド輸送艦が1967年から1984年にかけて廃棄された。そういったNATOへの注力に対する関心が増加する一方で、1962年に起きたインドネシア・マレーシア紛争では援助を必要とし、1970年代北アイルランド問題やオマーンのクーデターといった低強度紛争がイギリス軍の主要任務への懸念となった。

現代

イギリス軍の駐留する国
  駐留している国
  軍を展開している国

イギリスは先進的技術を持つ非常に強力な包括的軍事力を世界中に配備している。国防省の公開しているデータによると、イギリス軍の部隊数は世界で28番目であるのに対し、イギリスの軍事費は世界で2位となっており、工学など軍事科学の分野に多くの資金が投じられている[5]

しかし、それらによって獲得したイギリス軍の幅広い能力に反し、近年の国防政策では、いかなる規模の活動であろうと諸国連合軍や多国籍軍の一部として従事するという想定が方針化している。実際にも、戦後のイギリスが単独で行った大規模な作戦行動は、自国の領土が直接侵攻を受けたことで開戦した1982年フォークランド紛争くらいのものである。ボスニア戦争コソボ戦争アフガニスタン侵攻イラク戦争など連合軍での作戦行動がほとんど慣例となりつつある。防衛政策も1998年国防戦略見直し (SDR; Strategic Defence Review) を発表し、この計画に基づいた戦力の保持を行っている。

海外展開能力の強化や即応性の向上などに注力し、量的な軍隊からコンパクトで機能的な軍隊への転換と保持に努めるようになっており、1つの大規模作戦と2つの中規模作戦への参加を同時に行える程度の能力を目標として整備された。総国防支出も冷戦終了直後の対GDP(国内総生産) 比率4.4%と比較して、現在は2.2%程度の計上に減じている[6]

イギリス軍が駐留している国