イギリス軍
British Armed Forces
MinistryofDefence.svg
イギリス国防省ロゴ
創設 1707年
派生組織 Naval Ensign of the United Kingdom.svg イギリス海軍
Flag of the British Army.svg イギリス陸軍
Air Force Ensign of the United Kingdom.svg イギリス空軍
本部 国防省ロンドン
指揮官
最高司令官 国王/女王
エリザベス2世(名目上)
首相
ボリス・ジョンソン(事実上)
国防大臣 ベン・ウォーレス英語版
統合参謀総長英語版 ニック・カーター英語版将軍
総人員
兵役適齢 16歳
徴兵制度 なし(志願制)
-実務総数
(2018年)

146,500人[1]

予備役:
44,250人[nb 1]
配備:
11,000人 (2018年12月31日時点)[2]、年齢 15-49
財政
予算 561億米ドル (2018年)
(世界7位)[3][4]
軍費/GDP 2.1%; FY 2018–19年[5]
産業
国内供給者 BAEシステムズ
ロールス・ロイス・ホールディングス
Babcock International
国外供給者 ロッキード・マーティン
ボーイング
関連項目
歴史 イギリスの軍事史
Conflicts involving the UK
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イギリス軍(イギリスぐん、: British Armed Forces)、または国王/女王陛下の軍 (こくおう/じょおうへいかのぐん、: His/Her Majesty's Armed Forces[6] は、イギリスの保有する軍隊公文書ではアームド・フォーシズ・オブ・ザ・クラウン: Armed Forces of the Crown)と言及される。

イギリス、その海外地域、およびイギリスの王室属領の防衛を担当する軍事組織で、イギリスのより広い利益を促進し、国際的な平和維持英語版のための努力を支持し、人道援助を提供する[7]

現在のイギリスに続く1707年のグレートブリテン連合王国の成立以来、イギリス軍は七年戦争ナポレオン戦争クリミア戦争第一次世界大戦第二次世界大戦など世界の列強が関わる多くの主要な戦争での戦闘を経験した。イギリスは紛争に繰り返して勝利したことで、世界有数の軍事および経済大国の地位を確立した[8]

今日のイギリス軍は、75の船の艦隊を所有する外洋海軍であるイギリス海軍、および非常に特殊な水陸両用軽歩兵から構成されるイギリス海兵隊、主要な陸戦部隊であるイギリス陸軍固定翼機回転翼機の両方で構成される多様な運用艦隊を持ち技術的に洗練された空軍であるイギリス空軍により構成されている。イギリス軍は、常備軍、正規予備役英語版志願兵補充部隊および後援予備役英語版を有する。

軍の構成員が忠誠を宣誓する最高司令官英語版は、イギリスの君主で現在は女王エリザベス2世である。名目上であり国王大権首相ないし内閣助言に従い行使されるため、事実上の総指揮権は首相にある。イギリスの議会権利の章典の定めに従い、少なくとも5年に1回毎に国軍法英語版を可決して、イギリス軍の存続を承認している。他の海軍、空軍、海兵隊など他の全ての軍部隊はこの法律の定めにない。イギリス軍は国防大臣が率いる国防省国防委員会英語版によって管理される。

イギリスは承認された核保有国5か国の一つで、国際連合安全保障理事会(国連安保理)の常任理事国とNATO軍事同盟の創設国でありリード国でもあり、5か国防衛取極に関わる。イギリス本土のほか、アセンション島バーレーンバミューダイギリス領インド洋地域ブルネイカナダキプロスフォークランド諸島ドイツケニアモントセラトネパールカタールシンガポールに駐屯地などの施設を有している。

歴史

沿革

1952年2月6日の即位時より名目上のイギリス軍最高指揮権者である女王エリザベス2世。写真は1986年。

イギリスの軍事は歴史が長く、特に17世紀から複雑で世界史に大きな影響を与えた。世界の人口のうち4分の1がイギリス帝国の臣民で、陸地の総面積も4分の1を領有した。現在まで続くイギリス軍は、1707年グレートブリテン連合王国の軍隊としてイングランド軍とスコットランド軍の合併によって形作られた。

イギリス人が参戦した重要な戦いは、18世紀から19世紀前期にかけて起きたナポレオン戦争七年戦争、19世紀中期のアヘン戦争アロー戦争クリミア戦争20世紀第一次世界大戦第二次世界大戦があった。

イギリス軍は第二次世界大戦の終結後も活発な活動を続け、北アイルランドキプロスドイツジブラルタルブルネイフォークランド諸島など、世界中の基地を維持し続けた。

1940年から存続した海軍省、陸軍省、航空省は、1964年に現在の国防管理機構である国防省が役割を引き継ぐ形で、置き換えられた。

冷戦

第二次世界大戦の終結後、経済的、そして政治的な低迷により世界的な役割の縮小として反映された[9]。それは、1956年スエズ戦争間に生じた政治的敗北によって表面化した。1957年防衛白書では、徴兵の廃止と、1962年までにイギリス軍の規模を690,000名かすることが決められた。政府は人員縮小後も従来の軍事力に代わるものとして、核抑止力ドクトリンを見出した。まず最初にイギリス空軍による自由落下爆弾核爆弾の装備が始まったが、最終的に潜水艦発射弾道ミサイルで代替された。

イギリス軍は、治安や安全保障といった観点からスエズ以東に恒久的に配備を続けていた。しかし、経済的理由により1968年に撤退することを決定した。1970年代の中期までに、アデンバーレーンオマーンシャールジャモーリシャスマレーシアシンガポールから撤退が完了した[10]1975年南アフリカ1979年マルタとの協定の期限が切れ、現在まで維持しているブルネイや1997年に撤退した香港はスエズの東に存続したが、適度な削減が行われた。

1985年までに72,929名がヨーロッパに配置されたように、主力はヨーロッパのNATOに委託された[9]イギリス陸軍ライン軍団イギリス空軍ドイツ軍団英語版は、イギリス軍の中で最も大規模で、かつ最も重要な海外派遣を象徴した。東大西洋と北海においてはソビエト連邦の潜水艦に対処することが求められ、海軍の艦隊は対潜戦の専門化が行われた。このプロセスで、4隻の通常航空母艦と2隻のコマンド輸送艦が1967年から1984年にかけて廃棄された。そういったNATOへの注力に対する関心が増加する一方で、1962年に起きたインドネシア・マレーシア紛争では援助を必要とし、1970年代北アイルランド問題やオマーンのクーデターといった低強度紛争がイギリス軍の主要任務への懸念となった。

駐留国

イギリス軍の駐留する国
  駐留している国
  軍を展開している国

イギリスは先進的技術を持つ非常に強力な包括的軍事力を世界中に配備している。国防省の公開しているデータによると、イギリス軍の部隊数は世界で28番目であるのに対し、イギリスの軍事費は世界で2位となっており、工学など軍事科学の分野に多くの資金が投じられている[11]

しかし、それらによって獲得したイギリス軍の幅広い能力に反し、近年の国防政策では、いかなる規模の活動であろうと諸国連合軍や多国籍軍の一部として従事するという想定が方針化している。実際にも、戦後のイギリスが単独で行った大規模な作戦行動は、自国の領土が直接侵攻を受けたことで開戦した1982年フォークランド紛争くらいのものである。ボスニア戦争コソボ戦争アフガニスタン侵攻イラク戦争など連合軍での作戦行動がほとんど慣例となりつつある。防衛政策も1998年国防戦略見直し (SDR; Strategic Defence Review) を発表し、この計画に基づいた戦力の保持を行っている。

海外展開能力の強化や即応性の向上などに注力し、量的な軍隊からコンパクトで機能的な軍隊への転換と保持に努めるようになっており、1つの大規模作戦と2つの中規模作戦への参加を同時に行える程度の能力を目標として整備された。総国防支出も冷戦終了直後の対GDP(国内総生産) 比率4.4%と比較して、現在は2.2%程度の計上に減じている[12]

イギリス軍が駐留している国