シンガポール共和国
Republic of Singapore(英語)
Republik Singapura(マレー語)
新加坡共和国(簡体字中国語)
新加坡共和國(繁体字中国語)
சிங்கப்பூர் குடியரசு(タミル語)
シンガポールの国旗 シンガポールの国章
国旗 国章
国の標語:Majulah Singapura
(マレー語:進めシンガポール)
国歌Majulah Singapura(マレー語)
進めシンガポール
シンガポールの位置
公用語 英語マレー語中国語タミル語
首都 シンガポール[1](都市国家)
最大の都市 ベドク地区英語版
政府
大統領 ハリマ・ヤコブ
首相 リー・シェンロン
副首相ヘン・スウィーキート
面積
総計 719.2km2176位[2]
水面積率 1.5%
人口
総計(2018年 5,638,676人(113位[2]
人口密度 7,840人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(2019年 4,490億シンガポールドル(S$)[3]
GDP(MER
合計(2019年 3,730億ドル(31位[3]
GDP(PPP
合計(2019年5,900億ドル(36位
1人あたり 97,466[3]ドル
独立
 - 日付
マレーシアより
1965年8月9日
通貨 シンガポールドル(S$)(SGD
時間帯 UTC +8(DST:なし)
ISO 3166-1 SG / SGP
ccTLD .sg
国際電話番号 65

シンガポール共和国(シンガポールきょうわこく、英語: Republic of Singapore[4]マレー語: Republik Singapura簡体字: 新加坡共和国繁体字: 新加坡共和國タミル語: சிங்கப்பூர் குடியரசு)、通称シンガポールは、東南アジアに位置し、シンガポール島及び60以上の小規模な島々からなる島国[5]都市国家[6][7]で、政体共和制[8]

同国は、北はジョホール海峡により半島マレーシアから、南はシンガポール海峡によりインドネシアリアウ諸島州から各々切り離されている。同国は高度に都市化され、原初の現存植生はほとんどない。シンガポールの領土は、一貫して埋立てにより拡大してきた。

シンガポールは、教育、エンターテインメント、金融、ヘルスケア、人的資本、イノベーション、ロジスティクス、製造・技術、観光、貿易・輸送の世界的な中心である。多くの国際ランキングで上位に格付けされており、最も「テクノロジー対応」国(WEF)、国際会議のトップ都市(UIA)、世界で最もスマートな都市である「投資の可能性が最も高い」都市(BERI)、世界で最も安全な国、世界で最も競争力のある経済、3番目に腐敗の少ない国、3番目に大きい外国為替市場、3番目に大きい金融センター、3番目に大きい石油精製貿易センター、5番目に革新的な国、2番目に混雑するコンテナ港湾。2013年以来『エコノミスト』は、シンガポールを「最も住みやすい都市」として格付けしている[9][10][11][12]

シンガポールは、全ての主要な格付け機関からAAAソブリン格付けを持つ、アジアで唯一の国家であり、世界11か国のうちの1つである。シンガポール航空は2018年の「世界最高の航空会社」であり、世界的にはシンガポール港チャンギ国際空港がそれぞれ「マリタイムキャピタル」と「ベスト空港」のタイトルを連続して獲得している[13][14]

シンガポールは、1人当たり国内総生産(GDP)が世界で2番目に高く、国連人間開発指数で9位である。これはアジア諸国の最高値で、教育、医療、平均余命、生活の質、個人の安全、住宅などの主要な社会的指標が上位にランクインし、人口の90%が家を所有していることに由来する。

概要

シンガポール島嶼には2世紀に定住が始まり、それ以降は一連の現地の帝国に属した。現代のシンガポールは、1819年にトーマス・ラッフルズジョホール王国からの許可を得て、イギリス東インド会社の交易所として設立した。1824年、イギリス帝国は同島の主権を取得し、1826年にはシンガポールは英国の海峡植民地の1つになり、人口が加速度的に増大した。

第二次世界大戦の間は大日本帝国により占領された。1963年にシンガポールはイギリスからの独立を宣言し、マレーシアを形成するため、他のかつてのイギリス領と結合した。この2年後、シンガポールは全会一致の議会制定法により、マレーシアから追放された。それ以来、シンガポールは急速に発展し、大韓民国中華民国香港とともに「アジア四小龍」の一角として認知されるようになった。

シンガポールは、貿易・交通・金融の中心地の一つであり、世界第5位の金融センター[15]外国為替市場及び世界の港湾取扱貨物量で上位2港のうちの1港である。世界銀行の『ビジネス環境の現状』の報告書では、シンガポールは9年連続で世界で最もビジネス展開に良い国に選定された。

同国の国際化及び多様化された経済は貿易に大いに依存し、中でも製造業は2013年における同国のGDPのうち30%を計上した。購買力平価説の観点から、世界第3位の一人当りの国民所得を有するが、世界有数の所得格差も存在する。シンガポールの国債は、2015年9月時点で、3大格付機関全てから最高の格付けを受けている4カ国のうちの1つである[16]

人材開発に積極的なことで知られ、国際ランキングでは、教育・医療・経済競争力において、高位に順位付けされる。多文化主義及び文化多様性があり、550万人の人口の38%は、永住者及びその他外国籍の人である。シンガポール人は中華系(74.1%)、マレー系(13.4%)、インド系(9.2%)及びユーラシア人に大別でき、大部分は2言語使用者であり、共通語及び第2母語として英語を使用する。

シンガポールは、一院制議会政治のウェストミンスター・システムヘゲモニー政党制の議会制共和国である。1959年の自治開始以来、人民行動党は全ての選挙で勝利してきた。抑制された市民的自由及び政治的権利並びに低水準の言論の自由を加味し、同党とリー一族の支配により、シンガポールは『準独裁政治体制』に分類されている。

東南アジア諸国連合(ASEAN)原加盟国5箇国のうちの1国で、アジア太平洋経済協力(APEC)の事務局設置国でもあり、東アジアサミット非同盟イギリス連邦加盟国である。シンガポールの急速な発展は国際情勢において多大な影響力を同国にもたらし、複数のアナリストが同国をミドルパワーに分類している[17][18]

ただ、2011年の総選挙において、人民行動党の得票率は60.1%と独立後最低を記録しており、若者を中心に政治に不満を抱く層が増えており[19]報道の自由が制約され、一党支配で独裁政権である一方、経済的な豊かさを享受し、表向きには華やかなことから「明るい北朝鮮」と論評されている[20][21][22]

シンガポールは事実上1つの都市から構成されているため(都市国家)、シンガポール国内には地方自治体が存在しない。このため、首都も建前上はシンガポール市となっているが、実際には首都(ならびにシンガポール市)は存在しない。

国名

国名はサンスクリット語獅子を意味する「シンハsiṃha)」と町を意味する「プーラ」で「獅子の町」に由来する。

国語はマレー語だが、公用語が4言語あるので正式名称も各言語ごとにある。

  • Republic of Singapore英語:リブリック・オブ・スィンガポー[※ 1]
  • 新加坡共和国標準中国語:シンチャーポー コンホークオ、閩南語(福建話):シンカーポー キョンホーコック、広東語:サンカーポー コンウォークオック、 )
  • Republik Singapuraマレー語:リプブリク・スィンガプラ)
  • சிங்கப்பூர் குடியரசタミル語:スィンガップール・クディヤラク)

通称はSingapore (英語)[※ 2][※ 1]新加坡(中国語、旧称:星加坡、略称:星洲、星港)、Singapura (マレー語)、சிங்கப்பூர் (タミル語)。漢字表記新加坡だが新嘉坡と表記されることもある[23]。略称はが用いられるが、これは、第二次世界大戦前に星加坡星港星洲などの漢字表記が用いられたことに因む。

マレー語の「スィンガプラ(Singapura)」を直訳すると「ライオンの町」となるため、Lion Cityの愛称で呼ばれる。また、シンガポール原産のネコの種類名、“シンガプーラ”はマレー語の発音が由来である。

日本語の「シンガポール」は、英語表記のイギリス英語発音を真似てローマ字読みしたものである。また、第二次世界大戦で交戦国イギリスの領土であったシンガポールを占領した大日本帝国は、1942年2月に「昭南島」(昭和に手に入れた南の島)と改称した。このことから、“昭”と略す場合もあった。

歴史

地理

シンガポールの地理

東南アジアのほぼ中心、赤道直下の北緯1度17分、東経103度51分に位置する。北のマレー半島マレーシア)とはジョホール海峡で隔てられており、マレーシアとは経済交流も盛んである。シンガポール・チャンギ国際空港は島の東端に位置する。シンガポール島の南に隣接するセントーサ島は、リゾート地としての開発が進んでいる。

63の島からなり、最大の島はシンガポール島(東西42km、南北23km)である。国土の最高地点はシンガポール島にあるブキッ・ティマ(163m)。シンガポール島には沖積平野が広がる。他の島はいずれも小さく、44の島は面積が1平方kmを下回る。国土面積は世界175位で、東京23区とほぼ同じ広さである。人口密度モナコ公国に次いで世界第2位である[24]

以前はシンガポール川沿いには倉庫が立ち並び、アジア各地を往来する無数の貿易船が停泊する貿易港として繁栄するも、やがて放棄され時代の名残となっていった。現在は多くの地域がレストラン街やオフィス街に改装されており、観光客だけではなく、地元民も多く立ち寄る地域となっている。 シンガポールにはと呼べる高さの山はないため、川の流れは非常に緩やかで、人々がを採る光景をみかけることもあるが、流れが緩やかなこともあり、水質は濁流であまり良くない。ただ夜になると、橋などがライトアップされ、華やかな飲食街の灯りと観光船の光とともに、川の景観を一変させる。

気候

赤道直下に位置するため、一年を通じて高温かつ多湿である。モンスーン地帯に含まれるが、雨季乾季の区別は明確ではないものの、北東モンスーンの影響により、11月から3月にかけて降水量が多い。5月から9月は南西モンスーンのために、1回当たりの雨量が増え、強風に見舞われる。この南西モンスーンに乗って、隣国インドネシアスマトラ島焼畑農業山火事の煙が流れ込み、ヘイズと呼ばれる煙霧になることがある。インドネシアの乾期にあたる8月〜11月頃になると大気汚染が特に酷くなり、健康への被害が懸念されるレベルとなっている[25]

ケッペンの気候区分によると、乾季のない熱帯雨林気候 (Af) に分類される。首都シンガポールは標高5mであり、年平均気温は27.4度、1月の気温は26.4度、7月は27.9度である。11月から1月にかけては雨季の影響もあり比較的涼しい。年平均降水量は2350mm。

シンガポールの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) 30.1
(86.2)
31.1
(88)
31.6
(88.9)
31.7
(89.1)
31.6
(88.9)
31.3
(88.3)
30.9
(87.6)
30.9
(87.6)
30.9
(87.6)
31.1
(88)
30.6
(87.1)
29.9
(85.8)
31.0
(87.8)
平均最低気温 °C (°F) 23.3
(73.9)
23.6
(74.5)
23.9
(75)
24.4
(75.9)
24.8
(76.6)
24.7
(76.5)
24.5
(76.1)
24.4
(75.9)
24.2
(75.6)
24.0
(75.2)
23.7
(74.7)
23.4
(74.1)
24.1
(75.4)
雨量 mm (inch) 242.5
(9.547)
162.0
(6.378)
184.8
(7.276)
178.8
(7.039)
171.8
(6.764)
161.2
(6.346)
158.3
(6.232)
176.2
(6.937)
169.7
(6.681)
193.9
(7.634)
255.7
(10.067)
288.2
(11.346)
2,343.1
(92.247)
平均降雨日数 15 11 14 15 14 13 13 14 14 16 19 19 177
湿度 84.7 82.9 83.8 84.8 84.4 83.0 82.8 83.0 83.5 84.1 86.4 86.9 84.2
平均月間日照時間 173.6 183.6 192.2 174.0 179.8 177.0 189.1 179.8 156.0 155.0 129.0 133.3 2,022.4
出典 1: National Environment Agency (Temp 1929-1941 and 1948-2009, Rainfall 1869-2009, Humidity 1929-1941 and 1948-2010, Rain days 1891-2009) [26]
出典 2: Hong Kong Observatory (sun only, 1982—2008) [27]

水資源

高低差の少ない狭い国土では水源に乏しいため、国内の多数の貯水池と隣国マレーシアからの輸入した原水で、清潔な水の需要に応じてきた。水道水は国内の貯水池だけでは到底賄い切れないため、隣国マレーシアよりジョホール海峡を渡るパイプラインで原水を購入している(パイプライン3本中2本がマレーシアからの原水で、1本が浄水後マレーシアへ供給される水道水)。

必ずしも良好な関係とはいえない隣国のマレーシアが、1998年には「シンガポールへの水の供給を停止する」という威嚇的な発言で外交圧力をかけてきたことや、21世紀に入ってからは「水の価格を100倍へ上げる」との要求に対応を迫られるなど、マレーシアからの水輸入の契約期限である2061年に向け、水資源の問題はシンガポールの大きな弱みとなっている。

同国政府はこうした資源問題への根本的な解決策として、2003年から日本の逆浸透膜を使った海水淡水化による高度濾過技術を導入して、国内の下水を再生処理し、飲用水にも利用可能とする「ニューウォーター」(NEWater)計画を開始しており、2011年には、国内の水需要の30%をこの再生水で賄うとしている。NEWaterの工場は、MRTチャンギ車両基地に隣接しており、見学ツアーも設けられている。またシンガポール水処理大手のハイフラックスの技術を使い、マリーナ湾の湾口をせき止めて淡水化し、将来飲用に供するための可動堰ダム・「マリーナ・バレッジ」も完成した。この貯水池では、シンガポールの水需要の1割を賄うことを目標にしている[28]

政治

  定数1の小選挙区
  定数4の集団選挙区
  定数5の集団選挙区
  定数6の集団選挙区

1957年に「シンガポール市民権法」が成立し、18歳以上に選挙権が与えられる。投票は義務制。1959年には初の普通選挙が行われ、この年の総選挙から無理由の棄権には罰金が科された。義務制は現在(2010年代)も継続している。1959年から1984年総選挙まで小選挙区制であったが、1988年から小選挙区制に並列してグループ選挙区制度英語版が導入された[29]。この制度は定数が単数もしくは複数の選挙区で最多票を得た政党がその選挙区の定数を総取りするルールであり、多数派の人民行動党が常に有利になる選挙システムとなっている。そのため事実上の一党独裁制とされることもある。

民族暴動を機に、マレーシアから追い出されるように独立した経緯から、国内民族問題に敏感であり、民族対立を煽るような言論・表現は煽動法英語版宗教調和維持法英語版などによって、厳しく取り締まられる。

一方、トランスペアレンシー・インターナショナル腐敗認識指数によると、公職における汚職の少なさでは、世界トップクラス、日本を抜いてアジア1位であり、欧米以外では最も行政・政治腐敗の少ない国家である。

国会

国会一院制。任期5年。解散あり。定数は選挙区選出83、非選挙区選出0-6、任命9。非選挙区選出は野党懐柔のために設けられた枠で、選挙区選出枠以外は、憲法改正案、予算案の議決権を持たない。

選挙

1968年から1981年までの13年間は、国会の全議席を人民行動党が占めていた。その後の総選挙でも1984年は定数79で人民行動党77、野党2。1988年は定数81で人民行動党80、野党1。1991年は定数81で人民行動党77、野党4であった[30]

供託金は候補者1人当たり13000シンガポールドルで、供託金没収点は有効得票÷定数の8分の1である。

2001年総選挙
2001年総選挙は9月28日には選挙人名簿の縦覧を開始。10月18日に議会の解散が行われ、10月25日総選挙が告示された。投票日は9日後の11月3日であった。日程は野党の選挙態勢を整わせないよう極めて慌ただしく進められた。結果は、人民行動党82、労働者党1。野党議席が3に満たなかったため、非選挙区選出枠からシンガポール民主連合1人が選出された。人民行動党は得票率75.29%で98.80%の選挙区議席を獲得している。
2006年総選挙
2006年5月6日、総選挙が投開票された。与党・人民行動党 (PAP) が全84議席のうち82議席を獲得した。得票率は2001年の総選挙より8.7ポイント低下し、66.59%であった。投票率は94%で、有権者数は122万人。37議席は人民行動党候補が無投票当選。選挙が行われた47議席中人民行動党が45議席を獲得した。野党は1988年以来過半数を上回る候補を立てられず、政権を争うという意味では選挙前から「不戦敗」の状況が続いてきたが、回避した。労働者党が1議席(ラウ・アキアン書記長)、シンガポール民主連合が1議席(チャム・シートン新人民党書記長)を獲得した。与党の得票率は、2001年は75.29%、2006年は、8.7ポイント下がって66.59%。野党の2人はいずれも前回よりも得票率を伸ばした。人民行動党は1965年のシンガポール独立以来、単独政権を維持してきた。
2011年総選挙
2011年5月7日、総選挙が投開票された。野党は、立候補届け出が遅れて受理されなかったタンジョン・パガー選挙区(定数5)を除いて候補を擁立し、全87議席のうち82議席で選挙戦となった。またインターネットでの選挙活動が解禁された。その結果、与党・人民行動党(PAP)が全87議席のうち81議席を獲得したものの、野党・労働者党(WP)が1集団選挙区で勝利して過去最多となる6議席を獲得した。同集団選挙区では外務大臣ジョージ・ヨーが人民行動党のグループを率いており、現役閣僚が落選するという与党には厳しい結果となった。集団選挙区で人民行動党が敗北するのは史上初。野党のシンガポール人民党(SPP)は改選前の1議席を守れず議席を失った。人民行動党の得票率は60.1%と、過去最低だった1991年総選挙時の60.9%を下回った。投票率は93.06%であった。
2012年補欠選挙
2012年5月27日、野党労働者党議員の不倫発覚後、国外逃亡して2月に自動失職したホーガン選挙区(定数1)の補欠選挙が行われた。結果は与党人民行動党が圧倒的有利にもかかわらず、野党労働者党の候補が6割以上の得票率で勝利した。争点が野党の不祥事より移民政策の方が大きくなり、外国人を積極的に受け入れている政権与党が否定的な野党に敗北した格好となった。
2015年総選挙
2015年9月11日、シンガポールで総選挙が行われた。結果、首相のリー・シェンロン氏率いる人民行動党が、全89議席のうち83議席と圧勝した。野党・労働者党は6議席を守ったが、人民行動党は得票率を69.9%に回復させた。地元紙『ストレートタイムズ』は与党圧勝の理由を7つあったと分析した(独立50周年要素、死去したリー・クアンユー元首相の弔い合戦効果、政策の変更、WPが管理するタウン・カウンシルの運営をめぐる過失、抜本的な変化への恐れ、選挙の顔の7つ)。
2020年総選挙

シンガポールの法体系はイングランド法を基礎としている。主要な法分野(特に行政法契約法、衡平法および信託法、財産法、不法行為法)は、その一部が立法により修正がなされたものの、主に判例法の体系によっている。刑法会社法家族法を含む他の領域は、その性質上、主として制定法となっている。

シンガポールにおける判例がない場合はイギリスにおける判例法を参照するか、シンガポールの法律のモデルとなったイングランド法の解釈を援用することがある。最近においては、イギリス本土のアプローチが不適当であるときに、同じ英連邦の主要国であるオーストラリアカナダの判例を参照する傾向が強く、またイギリスの判例に依拠せずシンガポールの裁判所が独自の判断を下すケースも増えてきているという[31]。一部のシンガポールの法律は、イギリス法を継承したものではなく、他の法体系に起源を有するものがあり、それらの法律は最初の立法時の経緯を斟酌し母国法を参照する。例えば、証拠法や一部の刑法の取り扱いはインド法に基づいて解釈されることがある。憲法解釈については、他国の例を参照することを嫌い、シンガポール国内の政治的・社会的状況を斟酌して解釈される。

刑事法や取締法規については一般的にいって厳格であり、裁判所の許可のない拘留を認めることや、イギリス植民地時代に制定された、組織について政府が管理権を有する結社法が未だに存在し、身体刑死刑が実施されている。

死刑制度

世界的にも厳しい死刑制度を維持している。人口あたりの死刑執行件数は、正確な統計がある国家としては最も高い。特に、薬物に関する犯罪については厳しく、麻薬密輸で有罪になった時は死刑のみが適用されたため[32]、入国カードにも「麻薬密輸者は死刑」と警告文が書いてある。外国人の麻薬密売業者が死刑になった事例が存在し、死刑廃止国との間で外交問題に発展したことがある。死刑の方法はイギリス式の絞首刑であり、死刑執行人が存在する。

ただし、近年では一部の厳しい規則は改定されることもあり、麻薬密輸で有罪になった場合に死刑が適用される条文については、2012年に停止・廃止されている[32]

仲裁

国際取引に関する紛争の解決方法としては、一般に訴訟よりも仲裁が広く用いられているが、アジアではシンガポールの仲裁、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)が広く利用されている。このことは、シンガポール、さらにはイギリス法系の法律家にとって、巨大なリーガルマーケットを意味しており、シンガポールにとっては、国家的な戦略と位置付けられる[33]。 2015年にはシンガポールへの申立件数が271件と5年で4割増え、主に外国企業同士の案件を扱う機関では香港の国際仲裁センター(HKIAC)と並びアジア首位になった。2011年にアメリカ合衆国コンゴ民主共和国の間での仲裁判断について香港最高裁が中華人民共和国本土政府の見解を仰いだことから、HKIACの独立性に対して不信感を与えたとされる[34]

ラッシュアワー対策

シンガポール陸上交通庁のLTA2013年4月、MRTの平日始発から午前7:45までを完全無料化し、乗車運賃を浮かせたい人の乗車時間をずらすことで、通勤時間帯のラッシュアワー混雑を緩和する政策を打ち出した[35]。またタクシーでは朝晩のラッシュアワーでは25%の割増料金を設定するなど、加算料金を課している[36]

行政区画

シンガポールの5つの社会開発協議会

警察