スカイマーク
Skymark Airlines
Skymark Airlines Logo (SKY).svg
IATA
BC
ICAO
SKY
コールサイン
SKYMARK
法人番号 7010801019529 ウィキデータを編集
設立 1996年11月12日
ハブ空港 神戸空港
東京国際空港(第1旅客ターミナル)
保有機材数 29機
就航地 11都市
代表者 佐山展生代表取締役会長
市江正彦代表取締役社長[広報 1]
外部リンク https://www.skymark.co.jp
テンプレートを表示
スカイマーク株式会社
Skymark Airlines Inc.
Skymark Airlines Logo.svg
Ken H. SKY B737-800 on final for R-W16L. (7676510858).jpg
スカイマークのボーイング737-800
種類 株式会社
略称 SKY
本社所在地 日本の旗 日本
144-0041
東京都大田区羽田空港3丁目5番10号
ユーティリティセンタービル 8階[広報 1]
設立 1996年平成8年)11月12日
(スカイマークエアラインズ株式会社)
業種 空運業
法人番号 7010801019529 ウィキデータを編集
事業内容 定期航空運送事業
代表者 佐山展生代表取締役会長
市江正彦(代表取締役社長[広報 1]
資本金 90億円
(2019年3月31日現在)[広報 2]
発行済株式総数 1,800,000株
(2019年3月31日現在)[広報 2]
売上高 882億7百万円
(2019年3月期)[広報 2]
営業利益 72億5百万円
(2019年3月期)[広報 2]
純利益 91億22百万円
(2019年3月期)[広報 2]
純資産 272億54百万円
(2019年3月31日現在)[広報 2]
総資産 771億7百万円
(2019年3月31日現在)[広報 2]
従業員数 2,403名(2019年4月1日現在)[広報 1]
決算期 3月31日
主要株主 インテグラル株式会社[広報 3](50.1%)
ANAホールディングス株式会社(16.5%)[1]
関係する人物 澤田秀雄西久保愼一井手隆司
外部リンク https://www.skymark.co.jp
テンプレートを表示

スカイマーク株式会社Skymark Airlines Inc.)は、日本航空会社。現在は日本航空全日本空輸に次いで国内第3位の規模を誇る。

2006年10月1日より、旧社名の「スカイマークエアラインズ株式会社」(Skymark Airlines Co., Ltd.)から、略称として定着していた「スカイマーク」に商号変更した。なお、英文表記では引き続き "Airlines" が使用される。

概要

スカイマークの本社

1996年11月に、当時のエイチ・アイ・エス社長である澤田秀雄らの出資により設立される。1986年から始まった日本の航空輸送業における規制緩和政策による新規参入航空会社の第1号である[2]2011年12月21日スターフライヤー東京証券取引所第2部に株式上場するまでは、規制緩和による新規参入航空会社で唯一の株式上場会社であった。1998年9月19日羽田 - 福岡線で運航を開始する。日本国内定期航空運送事業の新規参入は、1963年長崎航空以来35年ぶりであった。

機内サービスを簡素化して普通運賃を他航空会社の普通運賃の半額程度に抑え、平均搭乗率80%以上を記録する。しかし、大手航空会社がスカイマーク便前後の自社便の割引運賃をスカイマークと同一水準へ値下げするという対抗策をとった結果、次第にスカイマーク便の搭乗率が下がって平均搭乗率が60%を切ることが多くなり、赤字経営となる。その後、自社による副操縦士の教育プログラムや自社整備の拡大、航空運賃の見直しを図るなどして一時的に黒字を出すまで回復するものの、その後も経営は低迷する。2004年インターネットサービスプロバイダ (ISP) のゼロ株式会社会長、西久保愼一が増資を引き受け、同社がスカイマークと合併、西久保が社長に就任する[注釈 1]2005年には運航トラブルが続発し、経営状態はさらに悪化するが、最新鋭機のボーイング737-800型機への機材更新や整備、運航、サービス体制の全社的かつ抜本的見直しなどにより業績は回復し、2008年3月期には黒字を確保する。

しかし2014年7月31日に開示した平成27年3月期第1四半期決算短信では、格安航空会社同士の競争や円安による燃料費負担の増加の結果、4 - 6月期決算で55億円の営業損益ベースでの赤字を計上する、エアバスとの機材購入に関するトラブルから多額の違約金を請求されているという2点を理由に「継続企業の前提」について「重要な疑義が生じている」と表明する[広報 4][4]

規制緩和による新規参入航空会社のなかでは春秋航空日本と並んで、全日本空輸 (ANA) グループおよび日本航空 (JAL) グループの大手2社の系列に入り高度な業務提携は行わず、独立性を保ち続けながら航空事業を継続していたが、2014年の経営悪化に伴いJAL、ANAに支援要請を行う(#日本航空、全日本空輸とのコードシェアも参照)

2015年1月28日、臨時取締役会において民事再生法適用を申請することを決議し、東京地方裁判所に申請した[広報 5]

2016年3月28日付で、東京地方裁判所からの監督命令の取り消し決定と民事再生手続きの終結が発表された[5]

沿革

設立

  • 1996年平成8年)
    • 11月12日:資本金1億5千万円にて会社設立。運輸省(現、国土交通省航空局に「羽田空港における新規発着枠の配分について」要望書を提出。
  • 1998年(平成10年)
  • 1999年(平成11年)
    • 4月24日:伊丹 - 福岡、新千歳線就航(2000年6月限りで運休)。
    • 10月:
      • 2000年(平成12年)
        • 5月31日:東証マザーズ上場。資本金38億3905万円となる。
        • 7月:本社を東京都港区浜松町2-4-1世界貿易センタービル3階に移転。羽田空港に自社カウンターを設置。福岡空港での運航支援業務、出発前点検業務を直営化。
        • 9月:全日本空輸に委託していた航空機の整備およびグランドハンドリング業務を自社での実施に移行。
      • 2002年(平成14年)
        • 4月18日:羽田 - 鹿児島線就航( - 2006年4月21日)[6]
        • 5月:東京 - 福岡間の航空郵便輸送業務に参入。同区間の輸送便1日13往復のうち1往復について、当月から2003年3月までの契約分を受注[7]
      • 2003年(平成15年)
        • 3月7日:羽田 - ソウル/仁川間に週末国際チャーター便就航開始(その後打ち切り)。
        • 4月25日:全日本空輸の撤退を受け、羽田 - 徳島青森線就航(青森線は2003年11月末、徳島線は2006年4月13日限りで運休)。
        • 10月:西久保愼一が社長に就任。第三者割当増資を実施し、資本金66億4796万円となる。
      • 2004年(平成16年)
        • 10月:本社を東京都港区浜松町1-30-5浜松町スクエア12階に移転。
        • 11月:インターネットプロバイダーのゼロ株式会社を吸収合併。
      • 2005年(平成17年)
        • 3月:減資を実施し、資本金21億6315万円となる。1:200の大幅な株式分割を実施。CIを導入。ロゴマーク・機体塗装を一新。羽田 - 関西線就航( - 2006年3月31日)。
      • 旧塗装の機体。現在よりも星の数が多く、1つ1つが小さく描かれている。また、胴体に「SKYAMARK AIRLINES」と描かれている。

      • 2005年3月以降に使用されている新塗装の機体。それまで書かれていた「AIRLINES」の文字は省かれた。星の数は1つになり、それまでよりも大きく描かれている。

        • 4月:日本航空とコードシェアを開始(羽田 - 関西線)。
        • 7月1日:羽田 - 那覇線を夏期季節運航深夜便で就航。
        • 8月23日:羽田 - 北九州線に新空港開港日の2006年3月16日参入を表明するが、空港ターミナルビル側から駐機スペース不足を理由に乗入れを拒否される。
        • 9月:第三者割当増資を実施し、資本金36億6313万円となる。
        • 10月12日:羽田 - 新千歳線に2006年4月に参入すると発表。同時に羽田 - 関西線、羽田 - 徳島線、および羽田 - 鹿児島線の運休を決定。
        • 12月:8号機として新機材ボーイング737-800型機初号機(JA737H)を受領。
      • 2006年(平成18年)
        • 2月16日:神戸空港開港により神戸 - 羽田線就航。同路線で日本航空とのコードシェア 開始発表(2006年4月 - 5月)[注釈 2]
        • 4月28日:羽田 - 新千歳線就航[8][注釈 3]
        • 9月:羽田 - 那覇線を通年運航化。
        • 10月1日:スカイマークエアラインズ株式会社(英文名 Skymark Airlines Co., Ltd.)からスカイマーク株式会社(英文名 Skymark Airlines Inc.)に商号変更。
      • 2007年(平成19年)
        • 2月:欠航時振替サービス等の実施。
        • 4月:機内誌『SKYMARK』を搭載。
        • 5月15日:神戸 - 新千歳線へ2010年を目途に就航する意向を発表。
        • 7月13日:神戸 - 那覇線就航(夏季季節運航)。
        • 8月9日:羽田 - 旭川線を2008年春ごろに就航する計画を発表。
        • 11月14日:中部国際空港への就航を発表。
      • 2008年(平成20年)
        • 4月25日:羽田 - 旭川線就航[10]( - 2011年10月29日)。
        • 11月:第三者割当増資を実施し、資本金47億7746万円になる。
        • 12月1日:本社を東京国際空港整備場地区に移転。
      • 2009年(平成21年)
        • 3月7日:福岡 - 那覇線就航。
        • 4月1日:新千歳 - 旭川線就航( - 2011年10月29日)。
        • 9月:ボーイング767-300ER型機5号機(JA767D)をリースバック。これによりボーイング767が全機退役。
        • 12月25日:神戸 - 那覇線を通年運航化。
      • 2010年(平成22年)
        • 2月1日:神戸 - 福岡線就航( - 2010年4月11日)。
        • 3月11日:操縦室内記念撮影問題により国土交通省の抜き打ちの立ち入り検査・業務改善勧告を受ける[11]
        • 4月16日:神戸 - 茨城線就航。
        • 4月20日:作業員の男性が格納庫の扉に挟まれて死亡する事故が発生[12]
        • 6月24日:茨城空港に隣接する百里基地での航空自衛隊の行事などで神戸 - 茨城線の運航の制限がかけられることを考慮して、同年9月から運休すると発表[広報 6]
        • 7月9日:神戸 - 新千歳 - 旭川線就航。
        • 7月20日:神戸 - 茨城線を同年9月1日から運休し、同年10月1日に再開させると発表[広報 7]
        • 8月10日:羽田 - 北九州線、北九州 - 那覇線就航(北九州 - 那覇線は2010年10月31日、羽田 - 北九州線は2012年9月30日限りで運休)。
        • 9月1日:鹿児島 - 神戸、奄美線で再就航(奄美初就航、奄美路線は同年10月30日までの期間限定)。
        • 9月6日:2011年2月に中部 - 茨城線、中部 - 新千歳線、中部 - 羽田線の就航を発表[広報 8]
        • 9月17日 - 9月27日:羽田 - グアム間に国際チャーター便を運航。
        • 10月1日:羽田 - 熊本線(神戸経由)就航( - 2014年3月31日)。その後10月31日より直行化。
        • 11月8日:2011年秋の成田発着国内線開設予定を発表。2011年春に2014年度受領予定でエアバスA380を国際線用機材としての契約を本締結する予定を公表 [広報 9]
        • 12月1日:日本航空の退職者を計470人採用すると発表。スカイマークは2014年度に計画している国際線参入に対応するため、国際線勤務の経験があるパイロット客室乗務員を大量採用する[13]
        • 12月16日:神戸 - 長崎線就航。
      • 2011年(平成23年)
        • 2月1日:中部 - 新千歳線、中部 - 茨城線、中部 - 羽田線、茨城 - 新千歳線就航(中部 - 茨城線・中部 - 羽田線は、2011年5月31日限りで運休)。
        • 2月18日:エアバスA380型機の購入契約を締結[広報 10]
        • 3月27日:鹿児島 - 奄美線で夏ダイヤ(3月 - 10月)のみ運航再開。
        • 6月1日:中部 - 那覇線就航。
        • 9月15日:那覇 - 宮古線就航。
        • 10月30日:成田 - 旭川線、成田 - 新千歳線就航[14](成田 - 旭川線は2014年3月31日限りで運休)。
        • 12月8日、成田 - 那覇線就航。
      • 2012年(平成24年)
        • 2月1日:成田 - 福岡線就航( - 2013年11月4日)[広報 11]
        • 3月7日:神戸 - 成田線就航( - 2012年11月15日)。
        • 3月25日:関西 - 羽田線、関西 - 新千歳線、関西 - 那覇線就航(関西 - 羽田線は同年4月30日限りで運休)。
        • 5月1日:本社を東京国際空港新整備場地区に移転。
        • 7月1日:成田 - 鹿児島線、関西 - 旭川線、茨城 - 那覇線就航。
        • 7月20日:北九州 - 那覇線の運航再開( - 2012年8月30日)。
      • 2013年(平成25年)
        • 2月1日:福岡 - 新千歳線就航(季節便)。
        • 3月14日 - 3月24日:成田 - グアム間に国際チャーター便を運航。
        • 3月31日:関西国際空港から地点撤退。
        • 4月20日:仙台 - 新千歳線、仙台 - 福岡線就航。
        • 7月1日:羽田 - 旭川線 運航再開、那覇 - 神戸 - 茨城線の直行化[広報 12](羽田 - 旭川線は2014年3月31日限りで運休)。
        • 7月10日:成田・神戸・那覇 - 石垣線就航[広報 13](成田・神戸 - 石垣線は2014年3月29日限りで運休)。
        • 11月22日:東京証券取引所の市場をマザーズから1部に変更。
        • 12月20日:成田・神戸・茨城 - 米子線就航[広報 14]
      • 2014年(平成26年)
        • 2月28日:新機材エアバスA330-300型機の初号機(JA330A・JA330B)を受領。
        • 3月30日:羽田 - 那覇 - 石垣線就航[広報 15]
        • 4月1日:羽田・新千歳・那覇 - 米子線、神戸 - 仙台線就航[広報 16]
        • 4月18日:中部 - 茨城線の運航再開。福岡 - 茨城線就航[広報 17]
        • 6月14日:羽田 - 福岡線でエアバスA330-300型機の運航開始[広報 18][広報 19][15]
        • 7月:発注していたエアバスA380の購入をキャンセルする交渉をしていることが明らかとなる[16][広報 20]。29日までにエアバス社より購入契約の解除を通告される[17]
        • 8月1日:羽田 - 新千歳線でエアバスA330-300型機の運航開始[18][19]
        • 8月9日:仙台 - 那覇線就航(同年9月15日までの季節運航)[広報 21]
        • 10月25日:成田国際空港から撤退[20]
        • 11月21日:日本航空(JAL)に支援要請を行っていることが報道される[21][22]
        • 11月25日:太田昭宏国土交通大臣が、JALとの提携要請報道を受け、閣議後の記者会見で「日本航空が他の航空会社と業務提携を行う場合には、航空法及び「日本航空の企業再生への対応について」いわゆる「8.10ペーパー」に基づいて、競争性を確保するということ等を始めとして、羽田空港の発着枠なども関連して参りますので、健全な競争環境の確保の観点から、厳しく判断します」と発言し、日本航空との単独提携に難色を示した。
        • 12月10日:国土交通大臣の発言を受け、全日本空輸(ANA)とも羽田空港発着便の共同運航を柱とした提携を申し入れることと投資ファンドによる出資協議が報道される。
        • 12月16日:A380の違約金問題に関してエアバス社が英国商事裁判所に対して訴訟準備開始を通知。
        • 2015年(平成27年)
          2015年で退任した西久保愼一元社長
          • 1月28日:臨時取締役会において民事再生法適用を申請することを決議し、東京地方裁判所に申請する[広報 5]。社長である西久保は退任し、取締役会長であった井手隆司が代表取締役会長に、取締役であった有森正和が代表取締役社長に就任する[広報 22]。東京証券取引所が、1月28日付でスカイマークを整理銘柄に指定したと発表。
          • 1月29日:札幌 - 那覇線就航(同年3月29日までの季節運航)。
          • 2月1日:経営再建のためA330型機による運航停止および3月28日までの冬ダイヤにおける減便実施。
          • 2月4日:第1回債権者説明会開催。
          • 2月12日:当初1月29日予定していた2014年4-12月期(第3四半期)決算発表を2月5日へ延期後、再度延期。
          • 3月1日:東証第1部