ハンブルク
自由・ハンザ都市ハンブルク

Freie und Hansestadt Hamburg
ドイツの旗
ハンブルク州
Land Hamburg
ハンブルクのスカイライン
ハンブルクのスカイライン
ハンブルク 自由・ハンザ都市ハンブルクの旗
ハンブルク 自由・ハンザ都市ハンブルクの公式印章
印章
Locator map Hamburg in Germany.svg
北緯53度33分01秒 東経09度59分34秒 / 北緯53.55028度 東経9.99278度 / 53.55028; 9.99278
ドイツの旗 ドイツ
行政
 • 種別 州(都市州)
 • 州参事会議長
ハンブルク市長
カタリナ・フェゲバンク英語版
(代行)(Grüne)
SPDGrüne
面積
 • 合計 755.26km2
標高
3m
人口
(2019年10月)
 • 合計 1,845,115人
等時帯 CET
 • 夏時間 CEST
市外局番 040
ISO 3166コード DE-HH
ナンバープレート HH
ウェブサイト [1]

ハンブルクドイツ語: Hamburg低ザクセン語低地ドイツ語: Hamborg (Hamborch) [ˈhaˑmbɔːχ])は、ドイツの北部に位置し、エルベ川河口から約100kmほど入った港湾都市

概要

正式名称は自由ハンザ都市ハンブルクFreie und Hansestadt Hamburg、フライエ・ウント・ハンゼシュタット・ハンブルク)。 行政上では、ベルリン特別市と同様に、一市単独で連邦州(ラント)を構成する特別市都市州)なので、ハンブルク特別市ハンブルク州と呼ばれる。 人口は、ドイツ第二位の約184万人[1]国際海洋法裁判所がある。

地名の由来

「ハンブルグ」と慣例的に表記されることもあるが、ドイツ語の発音ではこの語尾の "g" は無声音であるため、仮名転写は「ハンブルク」[2][3]となる。現地での低地ドイツ語系の低ザクセン語に属するハンブルク方言ドイツ語版またはハンブルク語ドイツ語版による「ハンブイヒ」([ˈhambʊɪç]) や、低ザクセン語の「ハンボーホ」の発音も聞かれる。街の語源は、古ドイツ語の「湾の城」に由来する(Ham = 湾、Burg = 城)[要出典]。漢字表記の「漢堡」は、「Hamburg」の音訳であり、日本語と中国語の両方で同一表記である(※漢字の「堡」は「とりで」を意味しており、「burg」の直訳)。ハンバーグの語源はハンブルクの労働者の食事として流行っていたタルタルステーキから来ている。英語でもハンブルクのことを“ハンバーグ”に近い発音で呼ばれる(英語でBurgはバーグ)。なお、フランス語では「Hambourg」(アンブール)と表記される。

地理

位置

エルベ川の支流・アルスター川の河口にある港湾都市で、ドイツ北部における経済の中心地。 シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州ニーダーザクセン州に境を接する。近隣の都市としては、約80km北のキール市、55km北東のリューベック市、95km南西のブレーメン市、95km西のブレーマーハーフェン市、90km東のシュヴェリン市などが挙げられる。

市域は、アルスター川東岸の旧市街と西岸の新市街、それらをとりまく地域からなる。旧市街は昔から商業地域の中心で、数多くの運河がながれている。町の景観の特色のひとつが運河にかかる橋で、アムステルダムヴェネツィアをあわせたよりも多くの橋がある。そのほかの名所としては、港にかかる長いつり橋ケールブラント橋や、アルスター川をせきとめてつくった内アルスター湖と外アルスター湖[4]、現在では旧市街をかこむ公園・遊歩道となっている古い市壁跡地があげられる。また、ナイト・クラブがならぶレーパーバーン歓楽街として有名である。

地域

行政区画

ハンブルク特別市は、七つの区域(Bezirk)に区分されている。

Hamburg-Stadtteilkarte.jpg
  1. アルトナ区 (Altona)
  2. ベルゲドルフ区ドイツ語版 (Bergedorf)
  3. アイムスビュッテル区ドイツ語版 (Eimsbüttel)
  4. ミッテ区 (ハンブルク)ドイツ語版 (Hamburg-Mitte)
  5. ノルト区 (ハンブルク)ドイツ語版 (Hamburg-Nord)
  6. ハールブルク区ドイツ語版 (Harburg)
  7. 1730年のハンブルク
    1800年のハンブルク
    1890 - 1900年のハンブルク

    古代

    • 6世紀には、エルベ川河口に港湾都市として存在しており、ヴァイキングの襲来を受けている。
    • 808年、カール大帝によって前哨基地ハンマブルク城塞が築かれ、811年にはキリスト教の布教をさらに推進する目的で、砦の近くに大聖堂を建設し、「ハンブルク」としての基礎が整えられる。この大聖堂はまもなく北ヨーロッパのキリスト教文化の中心となったが、しばしば敵対する民族に攻撃された。
    • 834年

      ハンブルクはデーン人スラブ人の襲撃にももちこたえ、1189年には神聖ローマ帝国フリードリヒ1世から船舶航行の特許状をうける。この特許状は第3回十字軍への貢献の報償としてあたえられたもので、商業上の特権をみとめるものだった。 また、関税特権、経済特権を獲得したことで交易都市としての発展が進み、1241年にリューベックと、1249年にブレーメンと防衛同盟をむすんだ。同年、シャウエンブルク伯爵より完全な自治を許され、貨幣製造権も与えられる。このことがやがてハンザ同盟の成立へとつながっていく。たかだか同盟のビール生産地にすぎなかったハンブルクは、リューベックが衰えるのと反対に繁栄し富裕な有力都市のひとつとなった。

      その後、1410年、1510年、1618年と三度神聖ローマ皇帝から自由都市の特権を与えられ、自治権を獲得維持した。

      その後、三十年戦争によりハンブルクの商業は大打撃をこうむった。しかし、フランスフォンテーヌブローの勅令が出て逃げてきたユグノーが、当時において先進的な工業技術と潤沢な資金により復興させた。

      近世

      • 1709年からアメリカへの移住が始まった。
      • 1720年、ユグノーに厚い
        • 1871年の
          • 会議に合わせて7月6日より市内で大規模デモ行進が行われ少なくとも1万3,000人が参加。一部は暴徒化し、警官75人が負傷した[8]

    政治

    ハンブルク市議会の議場

    現在も市民にはプロテスタントが多い。政治的には中道左派のドイツ社会民主党 (SPD) が長期間市政を担うなど、南ドイツ第一の都市・ミュンヘン市とはサッカーに限らずあらゆる点で対照的である。 ミュンヘンのあるバイエルン州はカトリックの地盤であり、政治では保守政党のキリスト教社会同盟 (CSU) の勢力が強い[9]

    行政

    市長

    2011年よりSPD党首代行のオーラフ・ショルツが市長を務めていたが2018年3月の中央政府入閣に伴い、同盟90/緑の党 (Grüne)のカタリナ・フェゲバンク英語版が代行しており、3月28日にSPDのペーター・チェンツシェール英語版が就任する予定。

    議会

    ハンブルク市議会ドイツ語版の定数は121。2015年2月15日に行われた前回選挙の結果は以下の通りである[10]

    2007年、SPDは自由・公正・連帯をモットーにハンブルク綱領を採択した。2009年6月以降、10票制を採用した(小選挙区5比例5)。

    2011年に惨敗したCDUはさらに議席を減らし、反EUの右派新党「ドイツのための選択肢」が6.1%の得票を得て、初めて議席を獲得した。一方、2011年の選挙で単独過半数を確保したSPDも第一党の座は維持したものの過半数を割り込んだため、緑の党との連立政権を樹立した。2013年の連邦議会選挙で全議席を失うなど、党勢の退潮が続いていたFDPは議席を維持している。

    対外関係

    姉妹都市・提携都市