マスター・コントローラー(Master controller,「マスコン」と略される)は、鉄道車両の出力・速度を遠隔制御するスイッチ装置であり、一般に鉄道車両の運転台に設置される。日本語では「主幹制御器」と翻訳される。

本項目では便宜上、(遠隔操作ではない)直接制御器についても説明するが、本来「マスター・コントローラー」「マスコン」あるいは「主幹制御器」という用語には直接制御器は含まれない[1]。鉄道の運転・整備の現場における用語法でも「マスター・コントローラー」や「マスコン」は間接制御における主幹制御器のみを指し、直接制御器を指す場合や、双方を含めて言う場合は「コントローラー」などの語が用いられる[2]

概要

鉄道車両の動力源の出力自体を制御する機器は動力車に備えられ、電気車の場合は「主制御器」と称される。複数の車両による連結運転の必要上、あるいは制御機器の複雑・大型化で運転台とは別に設置されるようになった場合などには、これらの機器は運転台から遠隔操作されることとなる。そのために運転台に設置し、運転者が操作するものが「主幹制御器」「マスター・コントローラー」である[3]。運転台からの遠隔操作を行わず、運転台で直接主回路切換えやギヤチェンジなどを行う場合の操作機器には、このような呼称は用いない[3][注釈 1]

制御器などのハンドルを「自動車アクセルペダルに当たるもの」とする説明が見られるのは、制御器ハンドルが担う操作が主に力行(加速)だからであるが、それが常にあてはまるとは限らない。力行ハンドルとブレーキハンドルが別体のものを「ツーハンドルマスコン」や「ツインレバー型マスコン」と総称するがこれにはブレーキも含まれ、一体化させたワンハンドルなら、ブレーキもマスコンと同じハンドル(レバー)ひとつで操作するわけで、この場合でもマスコン=アクセルとはいえなくなってくる。

なお、ブレーキを制御する装置は制動弁(ブレーキ弁やマンス弁ともいう)やブレーキ設定器と呼ばれ、制御されるものは制動弁(設定器のハンドルに直結している弁本体)を直接、またはブレーキ演算装置を間接的に制御する。本項では主にブレーキ設定器の形態に触れるに留め、詳細は鉄道のブレーキに譲る。

現代の電車電気機関車気動車ディーゼル機関車には通常、以下の方式のいずれかが搭載されている。鉄道車両以外では天井クレーンで設置されているものもある。

電気車両の制御機構

直接式

三菱電機 KR-8形直接制御器

モーターの電源となる、架線電流そのものを運転台に引き込み、運転者の力でカム軸を操作し、直接、断続や抵抗器の切り替えを行うものである[1][4]。この方式では、運転台の制御器で主回路の切り替えが直接行われ、他に遠隔操作される制御器が存在しないため、運転台の制御器は「主幹制御器」ではなく、「直接制御器」(Direct Controller、ダイレクトコントローラー)と呼ばれる[1][4][5]

安易に執筆された文章では、直接制御器を「直接制御のマスコン」「直接制御式の主幹制御器」などと表現しているものが見られることがあるが、いずれも用語の意味を理解していないことによる誤用であり、意味が成り立たない[注釈 2][注釈 3]

直接制御器の歴史は、1870年代ドイツシーメンスによって発明された最初の電気機関車にまで遡ることができる。

電動機による電動カム軸式などに比べ、構造が単純で反応が素早い利点があり、力行中断・再力行を繰り返す路面電車などではその利点が活用されることも多い[4][5][6]。ただ、操作力は大きく体力を要する[7]。また、コントローラー内のスイッチ接点に架線電圧が直接かかるため、特に外装部の絶縁処理に注意を要し、さらに運転台に置かれるため、コントローラー本体の体積(ケースの容積)や接点の寸法などには物理的な限界があり、高電圧・大電流への対応や一定以上の多段化が困難である。

後述の間接非自動制御とも共通するが、ノッチ進段を運転者の判断・感覚で手動で行うため、進段が早すぎた場合や誤ってノッチを飛ばしてしまった場合、主回路に過大な電流が流れ、保護機構が作動して力行が中断してしまうことがある[8]

架線電流を引き込む構造上、集電装置を持たない非電動車からの遠隔制御や、2両以上の総括制御には不適であり[注釈 4]、連結総括制御を行わない用途の車両に用いられる。比較的小型の電気機関車や、路面電車のうち、もっぱら単行運転を行う車両などに多い。車体更新を受けている路面電車車両でも、制御器は従来の直接制御器が引き続き使用されているケースもある(土佐電気鉄道2000形電車熊本市交通局8500形電車鹿児島市交通局9500形電車など)。

間接式

間接制御器(103系の運転台)

低圧電源で小電流の主回路切替用制御信号線のみを運転台に引き込み、この信号線の接続切り替えによって、離れた位置にある制御装置を遠隔操作する方式である。この遠隔操作のために運転台に設置されるものが「主幹制御器」「マスター・コントローラー」である。

電車の2両編成以上での運転には遠隔制御を用いるのが望ましいことから、1898年アメリカフランク・スプレイグの手により、マルチプル・ユニット・システムと呼ばれる総括制御システムの一環として考案された。最初に開発されたスプレーグ・タイプDは既に自動進段機構を備えており、制御電源は低圧(直流12V)のバッテリーに頼っていたが、これはやがて電動発電機によるより安定した電源を使用するようになった。その後1910年代に入り、低コスト化への要求から補助電源無しで架線電圧による直接駆動可能、しかも構造が極めて単純な手動進段式制御器が、ゼネラル・エレクトリック社(GE社)やウェスティングハウス・エレクトリック社(WH社)の手で相次いで開発された。これらはその廉価さから支線区や中小私鉄を中心に普及した。

運転台に搭載されるコントローラーの内蔵スイッチは、取り扱う電流量が微少であるため直接式より小型にでき、また操作時の運転士の負担は少ない。複数の車両の制御装置を同時に遠隔操作できるのが最大の長所である。電車・電気機関車に限らず、気動車ディーゼル機関車にも応用できる。

進段について、運転者の手動操作によって行うものを間接非自動制御、自動的に行うものを間接自動制御と称する。

現在の鉄道車両で通常用いられているのは、この間接制御器である。

電車用間接式制御器の発展

電車用間接式制御器は、その発祥の地であるアメリカにおいて、GE社とWH社の2大電機メーカーの競争によって発展した。このため、現在もなお、これら2社の製品に由来するシステムが世界中で使用されている。 ここではそれら2社が製造した主な製品と、それらとは別に発展した、イギリスのイングリッシュ・エレクトリック社(EE社)による「デッカー・システム」について概要を説明する。

GE社

間接式制御器の生みの親であるスプレーグ自身が、元々エジソンのスタッフの一人であったという経緯から、エジソンが創設したGE社は早期よりこの画期的なシステムの製品化に取り組んできた。その成果は早くも1901年に現れており、電磁式単位スイッチ機構がこの年完成した[注釈 5]。後にMコントロールの名で知られるようになったこの合理的なシステムは、直流600 Vの架線電圧を直接その動作に使用する[注釈 6]点に特徴があった。前述の通り1910年代には回路構成を大幅に簡略化した手動進段式のMKが派生し、さらに自動進段式のMA (M Automatic) 系は1910年代中盤以降単位スイッチ機構をカムスイッチに置き換えたPC(Pneumatic Cam)へ移行[注釈 7]し、1920年代には多段化や発電制動に対応したPCM(Pneumatic Cam Magnetic)が誕生、さらには1940年代に複数カム軸使用とカム軸のパイロットモーターによる電動化を施したMCM(Multiple Cam Magnetic)へと発展、これをコンパクトにまとめたパッケージ式制御器が誕生して技術的な絶頂を迎えた。その後アメリカにおける電気鉄道の衰退期に入ってMCMを整理・簡素化したSCM(Simplified Cam Magnetic)が1960年代に実用化され、これは電力用半導体素子の利用による電子制御実用化まで普及した。

当然ながら、自動進段式のMA系と、手動進段式のMK系とでは、その制御段数の相違からコントローラーの仕様が異なっており、相互の併結は不能であった。

日本においては、総括制御導入初期に事実上の市場独占を実現しており、特に新性能車の導入まで省線電車・国鉄電車の標準マスコンとして長く採用され続けたMC1形主幹制御器は、GE社のC36形マスター・コントローラー[注釈 8]を改良したものであった。さらに、MCMは戦後国鉄が開発したいわゆる新性能電車用制御器の基本となったCS12形のプロトタイプとなり、パッケージ制御器の技術はGE社の日本におけるライセンス提携先である東芝の手により、冷房搭載に伴い艤装の小形化が特に強く求められた名古屋鉄道5500系電車7000系電車などにMC-11系制御器として導入されている。

WH社

GE社のライバルであったWH社も、少し遅れて電気鉄道向け機器の開発に乗り出し、電空単位スイッチを1904年に実用化した。これは総括制御に必要なもう一つの技術である空気ブレーキの開発で知られるウェスティングハウスならではのアイデアで、ブレーキに用いる空気圧制御を制御器に応用したものであった。

ブレーキと制御器で極力機構を共通・統合化しよう、というこのWH社の設計コンセプトは、やがてブレーキの電空同期を実現するSMEE/HSC-D発電制動連動型電磁直通ブレーキの開発を経て、ワンハンドルマスコンの嚆矢となったシネストン・コントローラー(後述)の完成で絶頂を迎えた。

WH社(およびそのライセンスを受けて製品を製造した三菱電機)の場合、その型番体系は非常に合理的、かつシステマティックに整理されており、以下の各種の記号を組み合わせたモデルが存在した。

H
Hand acceleration : 手動進段
A
Automatic acceleration : 自動進段
L
Line voltage : 架線電圧動作
B
Battery voltage : 低電圧動作[注釈 9]
M
M compatible : GE社Mコントロール互換。日本ではMultiple notch : 多段進段
F
Field tupper : 弱め界磁機能
S
Spotting : スポッティング付き

例えば、手動進段・架線電圧動作の場合はHL、自動進段・低電圧動作・弱め界磁機能・Mコントロール互換(多段進段)の場合はABFM、自動進段・低電圧動作・スポッティング付きの場合はABSとなる。

EE社

直接式制御器のベストセラーとなったDBI-Kxシリーズ[注釈 10]で知られたイギリス・デッカー社 (Dick Kerr Works,Preston, Lancs.) も、1910年代には総括制御器をラインナップに含める必要に迫られた。このため、1920年代以降「デッカー・システム (Dick Kerr System)」として知られることになる、画期的な間接自動制御器シリーズを開発した。

これは前述の2社とは異なり、当初よりモーターで駆動される精緻なカムスイッチ機構を備えていた点に特徴があった。電動カムスイッチは、当初はその保守コストは大きかったが、大電流を取り扱うモデルでもコンパクトにまとめられ、機構上、自動進段機構が容易に構成できるというメリットがあった。このため、いずれの製品も自動進段機構を標準搭載して、スムーズな加速に欠かせない多段制御を実現しており、これに合わせてマスコンも自動進段を前提として、実際の制御段数の割にノッチ刻みが少ない、コンパクトかつシンプルな構成となっているのが特徴であった。

デッカー社は、このシステムの開発直後にEE社に吸収合併されたため、その大半はEE社製品として販売された。販路は主として英連邦各国であったが、日本およびその影響下にあった各国においては、日本におけるEE社の提携先である東洋電機製造によるライセンス生産品が多数販売され、使用された。

東芝

1954年にカルダン高性能車用制御器PE-11を開発した。これは上記EE社の電動カムスイッチ式を祖とするものだが、ブレーキ系統も連動し、制動ノッチ時は発電ブレーキのみでブレーキ力が不足する際はブレーキハンドルの操作によらず自動で空気制動がかかるなど運転士の負担を大きく低減する機構が盛り込まれた。この制御器は東急5000系電車(初代)に採用されて良好な成績を示し、後に国鉄CS12形を嚆矢とする新性能電車用制御器の雛形になった。

以降、日本の電動カム軸式制御器は独自の発展を遂げ、CS12形の上位互換でノッチ戻し機能を持つCS15形、CS43形が開発され、更には大電流ゆえ不可能と言われていた電気機関車用にも碓氷峠を超える関係から軽量化な超多段制御器が求められた国鉄EF62形電気機関車から本格的に採用された。

また、日本では進段シーケンス(とブレーキ指令方式)さえ合っていれば異形態の主制御器を持つ車両同士(例えば、電動カム軸制御車と単位スイッチ制御車、抵抗制御車とVVVFインバータ車、など)でも併結できる利点が生かされ、広く行われている。

操作系の形態の種類

横軸マスコン

マスコンブレーキレバーは別々であるものの、従来型と違い、マスコンレバーの見た目が自動車ATセレクターの様な横軸(水平)型レバー式となっている。

かつてマスコンの操作レバーは伝統的にレバーを横方向に旋回させて操作する縦軸(垂直)方式であった。下部にあるカバー内には、ハンドルと結合されたカム軸と隣に接点部と呼ばれるスイッチを平行に複数設置した構成としており、カム軸で複数のスイッチ接点をオン/オフさせる。熟練者であればブレーキの操作と合わせることで細かい制御が可能で、特に起動時における衝撃を抑制することが可能な反面、一定の技能がないといわゆる“ドン突き”衝動を発生させやすかった。直接制御器時代では架線電源の電気を直接取り入れてコントロールしていたため、マスコン自体は大型であった。

国鉄キハ181形特急形気動車 運転台 左側がマスコン 右側がブレーキ

自動進段式の間接式制御器が主流になると、電動発電機(MG)または静止型インバータ(SIV)からの低圧電源(直流100V)を使用してコントロールするようになったため、マスコン本体は小型化された。そのため、必ずしも縦軸である必然性はなくなっていた。そこで非熟練者でも操作の容易な形態として横軸マスコンが考案された。国鉄では新幹線の試作車である1000形で試用され、その量産車である新幹線0系で実用化された。また在来線では電車に先んじてキハ181系気動車で初採用された。

視覚的に進段・ノッチオフを意識しやすいよう、国鉄型の横軸マスコンは、“押して力行、引いてノッチオフ(ノッチ戻し・抑速ブレーキ)であり、後述の民鉄発祥のワンハンドルマスコンとは逆の配置になっている[注釈 11]

国鉄では長らくブレーキ互換性と動作の確実性から、ブレーキについては自動空気ブレーキを採用し、SELD電磁直通ブレーキを採用する電車についてもこれを併設として、自動ブレーキ弁は運転台のブレーキレバーで直接操作するという形態をとった。この為横軸マスコン車でもブレーキは縦軸配置を採った。これはブレーキが電気指令式のみとなった国鉄最末期の量産車である211系電車205系電車でも乗員の慣習の問題から踏襲され、ブレーキ弁直結とならなくなり、運転台コンソールと一体化して小型化はしたものの、ブレーキレバーそのものは縦軸のままであった。