競馬における三冠(さんかん、Triple Crown)とは競馬の競走のうち特定の3競走を指す。

一般に1シーズンの間、この3競走すべてに優勝した馬を三冠馬と呼ぶ。

「三冠」概念の小史

Triple Crown」という表現はもともとアメリカでケンタッキーダービープリークネスステークスベルモントステークスの3競走を制覇したものを表現するために生まれたものとされている。この表現はイギリスにも伝わって、2000ギニーダービーステークスセントレジャーステークスの3競走を「Triple Crown」と言うようになった[1][2]

イギリスのクラシック競走体系を導入した日本では、「三冠」という表現は「クラシック競走」である3競走(皐月賞日本ダービー菊花賞)の総称として使われてきた。日本では狭義の「三冠」として、この3競走、もしくはこの3競走に相当する3つの競走を特別に「三冠」と表現する[3]

広義には、「特定の(重要な)3競走」を「三冠(Triple Crown、triple crown)」と表現することもある。本項では、こうした用法も含めて「三冠(Triple Crown)」と表現される競走を扱う。

イギリスの「三大競走」と「クラシック」

19世紀のイギリスでは、18世紀に創設されたダービーステークスオークスセントレジャーステークスを「三大競走(Three Great Races)」と呼ぶようになった[4]

19世紀の半ばには、ウェストオーストラリアングラディアトゥールが、2000ギニー(1809年創設)と、ダービー、セントレジャーの3競走を制すると、3歳の一流馬はこの3競走を目標にするのが慣例となっていった[4]

これに牝馬の1000ギニー、オークスを加えた5競走が、「イギリスクラシック(“British Classics”)」と呼ばれるようになった[4]

「三冠」という表現の起源

初めて三冠(Triple Crown)という表現が用いられたのは、1930年のアメリカと考えられている。この年、ギャラントフォックスケンタッキーダービープリークネスステークスベルモントステークスを勝つと、アメリカの競馬新聞デイリーレーシングフォーム」のコラムニスト、チャールズ・ハットン(Charles Hatton)が記事中で「Triple Crown」と用いたのが、はっきりと判っている最初の例とされている。このとき、ハットンは19世紀のイギリスのウェストオーストラリアンを引き合いに出した。ウェストオーストラリアンは2000ギニー、イギリスダービー、セントレジャーを勝っており、いまでは「初代の三冠馬」とされている[1][2]

一方、アメリカの新聞「ニューヨーク・タイムズ」はこの定説を認めながらも、これより早く、少なくとも1923年から「三冠(Triple Crown)」という語を使用していたと主張している[2]

1935年に、アメリカではオマハがケンタッキーダービー、プリークネスステークス、ベルモントステークスを勝ち、イギリスではバーラムが2000ギニー、ダービー、セントレジャーを勝った。「デイリーレーシングフォーム」によれば、この頃からアメリカやイギリスで「三冠(Triple Crown)」という表現が普及した[1]

派生した用法

これとは別に、特定の3戦をまとめて「三冠」と称する場合もある。たとえば、イギリスの代表的な古馬戦のゴールドカップグッドウッドカップドンカスターカップの3つのカップ戦を「長距離三冠(Stayers' Triple Crown)」と呼ぶようになった[5]

旧ソ連では、2歳馬の最大の競走「МИカリーニン記念」、3歳馬の最大の競走「ソビエト・ダービー(ボリショイ・フシエソユツニー賞)」、古馬の最大の競走「ソビエト社会主義共和国賞」を全て勝つと「三冠」と言われる[6]

日本の「五冠」「七冠」

日本では、シンザンが1964年に史上2頭目の日本三冠馬となった。シンザンはその後、有馬記念天皇賞を制したことから「五冠馬」と呼ばれるようになった[7]。これに倣い、1984年に三冠を達成し、その後に有馬記念(2回)、天皇賞、ジャパンカップを勝ったシンボリルドルフは「七冠馬」と呼ばれるようになった[8]

日本の「三冠」

日本には、中央競馬(JRA)と地方競馬(各地方の主催者が開催)が併存し、それぞれ独自の競走体系を持っているため下記のような三冠が存在する。

3歳三冠

本節ではそれぞれの3歳馬の三冠競走について概説する。

達成馬はセントライトシンザンミスターシービーシンボリルドルフナリタブライアンディープインパクトオルフェーヴルの7頭。

達成馬はメジロラモーヌスティルインラブアパパネジェンティルドンナアーモンドアイの5頭。
1970年から1975年はビクトリアカップ、1976年から1995年まではエリザベス女王杯が最終戦の役割を担っていた。また、1952年までは優駿牝馬は秋に開催されていたので、春は桜花賞、東京優駿、秋は優駿牝馬に出走することが容易だった。
サラブレッド系3歳馬による三冠競走。1980年成立。2019年までに、トヨクラダイオー(1981年)、モミジイレブン(1999年)、ミヤマエンデバー(2001年)、クラキンコ(2010年)[12]リンゾウチャネル(2019年)の5頭が三冠を達成している[13]。このうちクラキンコは牝馬による達成[12]
2010年から2014年まで、これら3競走はそれぞれ1,200m・2,000m・2,600mで施行されていた(詳細は各記事を参照)。このため、三冠で大きく条件が異なっているのが特徴であった[14]他、開催が門別競馬場に一本化される以前は開催場も複数に跨っていた。2015年はそれぞれ1,600m・2,000m・1,800mで施行される[15]
達成馬はハクリュウ(1975年)、マルトダンサー(1980年)、ウンカイ(1997年)、ヨコハマボーイ(2001年)、メムロボブサップ(2019年)の5頭。
ばんえい競馬の3歳牝馬による三冠競走。2007年度成立。2010年廃止。達成馬はニシキエース(2008年)の1頭。
サラブレッド系3歳馬による三冠競走。達成馬はセイントセーリング(2007年)、ロックハンドスター(2010年)の2頭。
岩手競馬は近年競走体系をたびたび変更し、2000年からは距離別体系の導入で牝馬限定戦をのぞき7つの重賞競走(スプリント2競走、マイル2競走、クラシックディスタンス3競走)が組まれたことで三冠という概念はなくなった。
競走体系を見直した2007年からは主催者は上記の競走で正式に三冠制度を導入し、対象競走の優勝馬馬主に特別奨励金(ボーナス)が支給されることになった。
2007年 - 2009年はダイヤモンドカップ・不来方賞に加えて従来11月に行われていた阿久利黒賞を5月に移行して三冠競走を形成していたが、2008年に休止したダービーグランプリを2010年に復活させ上記3競走を「三冠レース」として設定したため阿久利黒賞は対象競走から外れる形となった。なお、不来方賞は2004年から地方競馬全国交流競走であったがダービーグランプリが2010年から地方競馬全国交流競走として設定されたため、2010年からはダービーグランプリの岩手所属馬限定トライアル競走となった。2019年からは16年ぶりに水沢競馬場にて復活した東北優駿が入り、ダービーグランプリが外れた。
サラブレッド系3歳馬による三冠競走。1964年成立。3走とも大井競馬場で開催される競走である。
達成馬はヒカルタカイ(1967年)、ゴールデンリボー(1975年)、ハツシバオー(1978年)、サンオーイ1983年)、ハナキオー(1986年)、ロジータ1989年、唯一の牝馬による達成)、トーシンブリザード(2001年)の7頭。トーシンブリザードはジャパンダートダービーも優勝しているため、四冠馬と呼ばれることもある。
南関東3歳三冠は1990年代後半から競走体系がたびたび変動している。
  • 1980 - 1995年:羽田盃(2000m)→東京ダービー(2400m)→東京王冠賞(2600m)
東京王冠賞は秋に開催するヨーロピアンスタイルであった。
  • 1996 - 1998年:羽田盃(1600m)→東京王冠賞(2000m)→東京ダービー(2400m)
東京王冠賞が春に移動し、三冠すべてを春に行うアメリカンスタイルとなった。あわせて羽田盃と東京王冠賞が距離短縮。
東京王冠賞と東京ダービーが距離短縮になり、東京ダービーのあとにダートグレード競走のジャパンダートダービーが新設される。
  • 南関東3歳三冠(2002 - ) - 羽田盃(南関東S1・1800m[注 1])→東京ダービー(南関東S1・2000m)→ジャパンダートダービー(JpnI・2000m)
東京王冠賞が廃止され、ジャパンダートダービーが南関東三冠に組み込まれた。羽田盃が東京王冠賞の距離を引き継ぐ形で距離延長。
サラブレッド系3歳牝馬による三冠競走。1987年に東京プリンセス賞の創設によって成立。牡馬クラシックと異なり浦和、大井、川崎を転戦する。
達成馬は2006年のチャームアスリープ[21]1頭。
牡馬三冠と異なり、設立当初からアメリカンスタイルの短期連戦型となっている。
サラブレッド系3歳馬による三冠競走。1993年成立。2004年まではMRO金賞のかわりにサラブレッドチャレンジカップであった。
達成馬は1996年のプライムキング、2008年のノーブルシーズの2頭。
2017年より石川ダービーが加わり、金沢四冠となる。
達成馬はイズミダッパー(1980年)、ゴールドレット(1982年)、サブリナチェリー(1993年)[22]、ドリームズライン(2017年)の4頭[23]
名古屋競馬場笠松競馬場のサラブレッド系3歳馬による三冠競走。
東海ダービーは1996年から2004年のあいだ名古屋優駿と名称を変えていた。
兵庫県園田競馬場姫路競馬場)のサラブレッド系3歳馬による三冠競走。2000年成立。2000年のみ兵庫チャンピオンシップの代わりに六甲盃であったが、兵庫チャンピオンシップも行われたので事実上の四冠競走であった。4月から6月に1レースずつ施行されるアメリカンスタイルで、園田オータムトロフィー創設まで長らく3歳馬限定の重賞は秋には存在していなかった。
達成馬は2001年のロードバクシン1頭。
サラブレッド系3歳馬による三冠競走。1997年成立。
達成馬はカイヨウジパング(1998年)、オオギリセイコー(2000年)、グランシング(2009年)の3頭。
1996年、ジャパンブリーダーズカップ協会により上記3競走をすべて勝った競走馬の馬主、調教師、生産者、父馬(種牡馬)の所有者を対象とする総額2000万円の「三冠ボーナス」が制定された。
1999年、7月中旬に統一GIジャパンダートダービーが新設され、それにともないスーパーダートダービーは南関東のローカル重賞に格下げされ名称もスーパーチャンピオンシップとなった。2001年からはユニコーンステークスも三冠の1つ目ではなく、ジャパンダートダービーのステップ競走となっている。2013年現在この「3歳ダート三冠」という総称は使われておらず、2005年にカネヒキリがユニコーンステークス、ジャパンダートダービー、ダービーグランプリをすべて制したが三冠馬と呼ばれることは少ない。
  • 北海道アラブ三冠(廃止、1980 - 1996)[28] - 北海盃、帝冠賞、アラブ優駿
ホッカイドウ競馬のアラブ系3歳馬による三冠競走。1980年成立。1996年廃止。
達成馬はバンガードライデン(騸馬 1983年)[28]、ミヤコスイセイ(1994年)[28]の2頭。
  • 岩手アラブ三冠(廃止、1984 - 1999) - ビクトリーカップ、北日本アラブ優駿、日高賞
岩手競馬のアラブ系3歳馬による三冠競走。一般的にはほとんど三冠と称されることはない。1984年成立。1999年廃止。
達成馬はテットテンプー(1984年)、ワダリンホー(1985年)、ジョセツローゼン(1995年)の3頭。
  • 上山三冠(廃止、1992 - 2002) - さつき賞(旧競走名:上山王冠賞→日本海賞)、こまくさ賞(上山ダービー)、すみれ賞(旧競走名:紅葉賞)
上山競馬のサラブレッド系3歳馬による三冠競走。1992年に上山王冠賞が創設されて成立した[29]。岩手・山形・新潟持ち回りで開催されていた東北優駿については上山三冠に含まない。達成馬が現れないまま、2002年廃止。上山競馬が廃止された2003年はさつき賞・こまくさ賞だけ実施された。
  • 上山アラブ三冠(廃止、 - 2002) - スズラン賞(旧競走名:さくらんぼ賞)、ひまわり賞(旧競走名:上山アラブ王冠)、コスモス賞(旧競走名:菊花賞)
上山競馬のアラブ系3歳馬による三冠競走。達成馬はカウンターアタック(1994年)の1頭のみ。1978年成立。1997年廃止。上山競馬が廃止される前年2002年までに全廃された。
  • 新潟三冠(廃止、1983 - 2002) - 新潟皐月賞、新潟ダービー(旧競走名:新潟優駿)、青山記念
新潟県競馬のサラブレッド系3歳馬による三冠競走。成立以前は新潟優駿と青山記念の間に重賞競走として出塚記念が行われていたが、勝ち馬には青山記念への出走権が与えれなかった。出塚記念を廃止し、新潟皐月賞を新設することで三冠が成立。1983年成立。2002年廃止。達成馬はなし。
  • 新潟アラブ三冠(廃止、1988-2000) - 新潟卯月賞、新潟アラブ優駿、アラブ王冠
新潟県競馬のアラブ系3歳馬による三冠競走。1988年成立。2000年廃止。達成馬はアサクサドラゴン(1988年)1頭。
北関東地区(宇都宮競馬場足利競馬場高崎競馬場)のサラブレッド系3歳馬による三冠競走。2000年成立。2004年廃止。
達成馬はフジエスミリオーネ(宇都宮)1頭[32]
  • 栃木三冠(廃止、 - 1999) - しもつけ皐月賞、とちぎダービー、しもつけ菊花賞
1999年までは栃木県(宇都宮、足利)で独自に行っていた。サラノオー(1981年)、カネユタカオー(1991年)、ベラミロード(牝馬 1999年)の3頭が達成した。
  • 高崎三冠(廃止、 - 1999) - 高崎皐月賞、高崎ダービー、北関東菊花賞
1999年まで群馬県(高崎)で独自に行なっていた。
北関東地区(宇都宮競馬場、足利競馬場、高崎競馬場)のアラブ系3歳馬による三冠競走。かつては重賞競走として高崎競馬場でアラブ4歳チャンピオン、足利競馬場で朝顔賞も行われていたが1993年で廃止され三冠が成立。だが三冠と称されることはなく、三冠馬も皆無。1998年から華厳賞が格下げされたため成立した期間はわずかだった。1995年成立。1997年廃止。
南関東公営競馬のアラブ系3歳馬による三冠競走。サラブレッド牡馬の南関東三冠と同様、すべて大井競馬場で開催される競走であった。
南関東地区所属のアラブ系競走馬の減少にともない1993年に千鳥賞、アラブ王冠賞が廃止。三冠としての競走体系が消滅した。1996年には大井競馬場のアラブ系単独の競走そのものが廃止となり、この年をもって残るアラブダービーも廃止となった。
達成馬は、セカンドホーリ(1969年)、ホクトライデン(1975年)、ガバナースカレー(牝馬 1978年)、ケイワイホマレ(1982年)、ゴールデンビクター(1985年)、タイヨウペガサス(1986年)、オタルホーマー(1988年)、トチノミネフジ(1993年)の7頭が達成した[注 2]
  • 東海アラブ三冠(廃止、1995 - 2003) - 帝冠賞(愛知)、アラブ王冠(愛知)、アラブダービー(岐阜)
名古屋競馬場、笠松競馬場のアラブ系3歳馬による三冠競走。1995年成立。2003年廃止。東海地区の三冠定義、ローカルグレードについては上記の東海三冠を参照。1994年までは笠松競馬場で岐阜銀賞が行われていた。達成馬はいないが、参考までに1994年以前、上記3つを制した馬としてはカヅミネオン(1989年)、スズノキャスター(1991年)の2頭。
  • 兵庫アラブ三冠(廃止、 - 2001)
兵庫県(園田競馬場姫路競馬場)のアラブ系3歳馬による三冠競走。2001年廃止。菊水賞はサラブレッドの三冠競走に転換されている。
達成馬はアサヒマロツト(1970年)、ケイエスヨシゼン[注 3](1996年)の2頭。
福山競馬場のアラブ系3歳馬による三冠競走。1974年成立。
福山での本格的なサラブレッド系競走馬の導入、またアラブ系競走馬の減少もあり、2007年に福山ダービーと鞆の浦賞がサラ系競走へ転換されたために三冠としての競走体系が消滅、残されたアラブ王冠も2008年に競走名を福山王冠と改めたうえでサラ系競走へ転換された。
達成馬はテルステイツ(1980年)、ウインホープ(1981年)、マグニカチドキ(1983年)、サワトヨキング(1984年)、ローゼンホーマ(1986年)、ハイセンプー(1991年)、ユノワンサイド(2001年)の7頭。
福山競馬場のサラブレッド系3歳馬による三冠競走。2008年成立。それまでに行われたアラブ系3歳馬の三冠競走から2008年に完全にサラブレッド系3歳馬の三冠競走に転換したが、競走体系はそのままで、アラブ王冠の名称が福山王冠に変更されただけである。
達成馬なし。2013年3月で福山競馬が廃止。