蔵王連峰
Mount Zaō and Sakura 01.jpg
蔵王連峰、一目千本桜、逆さ蔵王(宮城県大河原町
所在地 宮城県山形県
位置 北緯38度08分37秒
東経140度26分22秒
座標: 北緯38度08分37秒 東経140度26分22秒(熊野岳)
上位山系 奥羽山脈
最高峰 熊野岳(1,841m
蔵王連峰の位置
Project.svg プロジェクト 山
テンプレートを表示
蔵王火山の火山体地形図

蔵王連峰(ざおうれんぽう)は、東北地方の中央を南北に連なる奥羽山脈の中にあって、宮城県山形県の両県南部の県境に位置する連峰である[1][2][3][4]

玄武岩、安山岩の成層火山群の活火山であり、気象庁の常時観測対象の47火山[5]に含まれている。火口湖である御釜や噴気口が見られる。裾野には温泉スキー場があり、両県における主要観光地の1つである。

名称

蔵王連峰は山々の集まりの総称であり、蔵王山という単独峰があるわけではない[1][2][3][4]。蔵王連峰の中で、宮城県側の部分が「宮城蔵王」、山形県側の部分が「山形蔵王」とも呼ばれる[1][2]。また、蔵王連峰を北蔵王、南蔵王の二つに分ける区分や、御釜などがある部分を中央蔵王として、その東西南北を東蔵王、西蔵王、南蔵王、北蔵王の五つに区分する見方もある[注 1][1][2][6]

蔵王山の名称は、蔵王権現がこの山に祀られた事に由来する[1][2][3][4]

蔵王連峰は古くは刈田嶺、不忘山(わすれずのやま)と呼ばれた。刈田嶺の文献上の初出は平安時代の歴史書『続日本後紀』の承和11年8月17日の条である[3]。不忘山は歌に見られる。平安時代の和歌集『古今和歌六帖』に「みちのくに あぶくまがはの あなたにや 人わすれずの 山はさかしき」という歌がある。また『枕草子』の第13段「山は」の部分にわすれずの山が表れる[2]。ただし、歴史的な文献に表れる蔵王関係の山が現在のどの山に相当するのか、確定はしがたい[1][2]。明治の初め頃の文献においても、蔵王嶽、不忘山、刈田嶽と表記の揺れが見られた[1]。現在、不忘山と呼ばれる山は、かつては南森、御前岳と呼ばれていた[2]

蔵王山の読み方

1931年昭和6年)、蔵王連峰がまたがる宮城県の柴田郡川崎村[注 2]刈田郡宮村[注 3]、山形県の南村山郡堀田村[注 4]および中川村[注 5]の計4村が国土地理院に「蔵王山」の読み方を「ざおうん」で申請して、これが表記登録された[7]

2015年(平成27年)4月より、火口周辺警報を報道するテレビやラジオにおいて「ざおうざん」と連日称呼されたことで、「ざおうん」の読み方に親しんでいる人々から関係諸機関に対して問い合わせが相次いだ[7]。山形県内8小中学校の校歌の歌詞はいずれも「ざおうさん」という読みで、地元住民には「ざおうさん」のほうがなじみが深いという意見もある[8]。また、角川書店や平凡社の地名辞典でも「ざおうさん」と読みを付けている[8]。2017年(平成29年)6月30日の山形市議会6月定例会の本会議において、「ざおうさん」に表記変更を求める意見書が賛成多数で可決された[7]。ただし、「ざおうざん」と呼んでいる地域も一方にはあるとのことであり[8]、同日時点で関係自治体の全てが表記変更に同意してはいない。

地理

福島県の吾妻山からの眺望。左奥から右へ、瀧山、地蔵山、熊野岳、刈田岳、杉ヶ峰、屏風岳、不忘山が並ぶ。
宮城県からの眺望。

蔵王連峰は宮城県白石市七ヶ宿町蔵王町川崎町、山形県山形市上山市の広範に跨っている[1][2]。蔵王連峰の主峰として、山形県側の熊野岳(標高1,840メートル)、県境の刈田岳(1,758メートル)、宮城県側の屏風岳(1,825メートル)[注 6]がある。これらの他に蔵王連峰を構成する主な山として、五色岳(1,672メートル)、杉ヶ峰(1,745メートル)、不忘山(1,705メートル)、名号峰(1,491メートル)、地蔵山(1,736メートル)、三宝荒神山(1,703メートル)、瀧山(1,362メートル)、雁戸山(1,484メートル)、鳥兜山(1,387メートル)、横倉山(1,152メートル)、青麻山(799メートル)、後烏帽子岳(1,681メートル)、前烏帽子岳(1,432メートル)、馬ノ神岳(1,551メートル)がある。熊野岳から刈田岳の間の尾根は馬の背と呼ばれる[1][2][3][4]。これらの多くの山々は、北東から南西方向へ、または北西から南東方向へ連なっている。両者はさながらアルファベットの文字「X」を描くように馬の背付近で交差している。このうち、北東から南西方向に連なる山々が宮城県と山形県の県境であり、日本列島における中央分水界である。北西から南東に連なる山々は両県にそれぞれ飛び出している部分である。蔵王連峰から流れ出る河川として三途川がある。三途川は蔵王連峰の宮城県側の中腹にある高原「賽の河原(賽の磧)」を通る。

三階の滝の紅葉(宮城県)

火山活動によってできた蔵王連峰の地形は多様である[4]。蔵王連峰の東側には火口湖を源とする不帰の滝や、振子滝、地藏の滝、不動滝、日本の滝百選の一つである三階の滝がある。また、火山活動の恩恵である温泉がいくつかある。山形県側に蔵王温泉があり、宮城県側には峩々温泉青根温泉遠刈田温泉がある[2][4]。古くは高湯と呼ばれた山形の蔵王温泉は強酸性の泉質が特徴である。開湯伝説によると、東征した日本武尊に従った吉備多賀由によってこの温泉が発見され、多賀由温泉から転じて高湯と呼ばれるようになったという。この他に、宮城県側の渓谷の中にかもしか温泉という野湯がある。

蔵王連峰で見られる植物としては、コマクサミネズオウガンコウランハイマツヒメコマツが挙げられる。オオシラビソ過冷却水滴の吹き付けによって樹氷となる。また、カモシカイタチツキノワグマなどの動物が生息する[2][4]

蔵王はかつて修験道の場であり、その為に蔵王権現が祀られた。これに起源を持つ刈田嶺神社 (七ヶ宿町)が刈田岳の山頂に鎮座し、またこれに対をなす刈田嶺神社 (蔵王町遠刈田温泉)が蔵王の山麓にある。山頂の神社が奥宮、山麓の神社が里宮と呼ばれていて、この二つの神社の間で季節に伴う遷座が行われている。さらにこれとは別に刈田嶺神社 (蔵王町宮)もある。また、熊野岳の山頂には蔵王山神社がある。

蔵王の山々の中にある施設としては、すみかわスノーパークえぼしリゾートセントメリースキー場、みやぎ蔵王白石スキー場、山形蔵王温泉スキー場蔵王坊平ライザワールドスキー場、蔵王猿倉スキー場、蔵王坊平アスリートヴィレッジがある。

また、蔵王連峰とその周辺は蔵王国定公園に指定されている。その範囲はおおよそ南側の不忘山から北側の面白山までに及び、長老湖や山寺として有名な立石寺がこれに含まれている。面積は約400平方キロメートルである[3][4]

火山活動

蔵王連峰の3D画像
1976年度(昭和51年度)撮影の国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。
写真中央に御釜(五色沼)があり、その東側に五色岳がある。これらを東側が開いたC形の外輪山が囲む。南側の外輪山の刈田岳頂上には「蔵王」の名称の由来となった刈田嶺神社(奥宮)、および、蔵王山頂レストハウスなどがある。
南側の刈田岳(宮城県)から北東方向に撮影した蔵王カルデラ。中央の窪地が旧火口、その左側の峰が中央火口丘の五色岳、その左側に火口湖の五色沼(御釜)がある。

蔵王連峰の山々は火山群である。御釜がある蔵王の中央部と、瀧山のある北西部、屏風岳のある南部の三つの火山帯に区分され、それぞれが爆裂火口を持っている。このうち、北西の瀧山と南の屏風岳の火山活動は有史以前のものである。有史以降は御釜がある蔵王の中央部が火山活動の中心となっている[3][2]

蔵王連峰は24時間常時観測対象火山である[5]。2010年(平成22年)以降、気象庁により坊平に地震計、空震計、傾斜計、GNSS観測機器を上山金谷と遠刈田温泉に望遠カメラが設置されている[9]。また、東北大学により、1992年以降、地震観測などが行われている[10]。また、宮城県と山形県により、噴火と御釜からの火山泥流、降灰後の土石流などの発生を想定し防災ハザードマップが作成されている。

火山活動史

約100万年から70万年前には海底火山であったと考えられ、玄武岩質マグマの活動が水中で起こった。その後の30万年間ほどは休止期だった。

約40万年から10万年前には安山岩質の溶岩流を伴う活動に変化し、現在の山容の骨格となる山体の上部を成す熊野岳、刈田岳などを形成した。約7万年前には30億立方キロメートルの大規模な山体崩壊を起こし酢川泥流を生じた[11][12]

約3万年前に山頂部に直径2キロメートル程度のカルデラを形成し、同時に爆発的な活動を伴った様式に変わり現在まで続いている。五色岳は約3万年前以降の活動で生じたカルデラの中に生じた後カルデラ火砕丘で、火口湖の御釜は約2000年前から活動を続けている。被害を伴う噴火は御釜の内外で発生し火山泥流を発生することが多い。

約3万年前に始まり現在まで継続する活動期は、約2万年前まで、約8000年から3000年前、約2000年前以降に3分される。約8000年から3000年前には休止期を挟みながら107立方キロメートル程度の噴出量のマグマ噴火が断続した。約2000年前以降の噴火は、規模は106〜107立方キロメートル程度と以前の活動期よりも規模がやや小さいが、頻度は以前より多い。

蔵王の火山活動について、文献に残る最も古い記録は『吾妻鑑』に記されている1230年の噴火である。14世紀から17世紀にかけての記録は無いが、活動が全くなかったとは考えにくいとする研究者もいる[13]。以下に主な活動を示す[14]

  • 773年(宝亀4年) 噴火 噴火場所は刈田岳?
  • 8 - 13世紀のいずれか 中規模:水蒸気噴火?→マグマ噴火 火砕物降下。噴火場所は五色岳。複数回噴火。
  • 1183年(寿永2年) 噴火 噴火場所は五色岳(御釜)。
  • 1227年(安貞元年) 噴火 火砕物降下。
  • 1230年(寛喜2年) 噴火 火砕物降下。噴石により人畜に被害多数。
  • 1331-1333年(元弘元-元弘3年) 噴煙? 詳細不明。
  • 1350年頃(観応年間) 噴煙? 詳細不明。
  • 1620年(元和6年)、1622年(元和8年)、1623-1624年(元和9年〜寛永元年) 噴火、火砕物降下。鳴動、噴石、降灰。
  • 1630年(寛永7年)、1641年(寛永18年)、1668年(寛文8年)、1669年(寛文9年)、1670年(寛文10年)に噴火。
  • 1694年(元禄7年) 5月29日 中規模:水蒸気噴火?噴火場所は五色岳(御釜)?神社焼失。8月30日地震、河川毒水化、川魚死ぬ。火山泥流。1625-1694年の活動で御釜が形成された。
  • 1794年(寛政6年) 水蒸気噴火。火砕物降下。噴火場所は五色岳(御釜南東に9つの火口生成)。
  • 1796年(寛政8年)、1804年(文化元年)、1806年(文化3年)、1809年(文化6年)、1821年(文政3年)、1822年(文政4年)、1830年(天保元年)、1831年(天保2年)、1833年(天保4年)に噴火。1809年、1831-1833年は火山泥流を生じた。
  • 1867年(慶応3年) 水蒸気噴火?。噴火場所は五色岳(御釜)?鳴動、御釜沸騰、硫黄混じりの泥水が増水し、洪水を起こし死者3名。
  • 1873年(明治6年)、1894年(明治27年)に噴火。
  • 1894-1895年(明治28年) 小規模:水蒸気噴火。火山泥流、火砕物降下 噴火場所は五色岳(御釜)。2月15日に爆発し、鳴動、白煙。御釜沸騰し、川魚被害。2月19日、3月22日、8月22日、9月27-28日にも噴火。
  • 1896年(明治29年) 3月8日、噴煙。8月、御釜にて水蒸気上昇。9月1日、御釜の水氾濫。
  • 1897年(明治30年) 1月14日 噴煙、鳴動。
  • 1918年(大正7年) 御釜沸騰。
  • 1940年(昭和15年) 4月16日 小規模:水蒸気噴火。火砕物降下。噴火場所は御釜北東鳥地獄。新噴気孔生成。

以降は、顕著な火砕物降下を伴う活動はなくなり噴気、鳴動群発地震、火山性微動低周波地震[15]が断続的に続いている。