株式会社中日新聞社
Chunichi Shimbun Co., Ltd.
Chunichi Shimbun Co., Ltd head office ac.jpg
中日新聞本社(愛知県名古屋市中区)
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
460-8511
愛知県名古屋市中区三の丸一丁目6番1号
北緯35度10分43.9秒
東経136度53分49.7秒
座標: 北緯35度10分43.9秒 東経136度53分49.7秒
設立 1942年9月1日[1]
業種 情報・通信業
法人番号 4180001037961 ウィキデータを編集
事業内容 日刊新聞雑誌書籍の発行
代表者 大島宇一郎代表取締役社長[1]
資本金 3億円 [1]
売上高 1,221億4,282万円(2019年3月[1]
従業員数 2,923人 (2018年12月1日現在)[1]
決算期 3月末日
関係する人物 大島寅夫(代表取締役副会長[2]
白井文吾(代表取締役会長)
外部リンク https://www.chunichi.co.jp/info/
特記事項:上記設立日は新愛知新聞社と名古屋新聞社の合併による中部日本新聞社の設立日。創業時期は無題号(新愛知の前身)、金城たより(名古屋新聞の前身)がともに創刊した1886年3月としている。
テンプレートを表示

株式会社中日新聞社(ちゅうにちしんぶんしゃ)は、愛知県名古屋市中区に本社を置く日本新聞社であり、中日新聞中日スポーツの発行元でもある。

名古屋の他、東京都千代田区東京本社東京新聞東京中日スポーツを発行)、石川県金沢市北陸本社北陸中日新聞を発行、中日スポーツを印刷)、静岡県浜松市東区東海本社(中日新聞を発行、中日スポーツを印刷)、福井県福井市に福井支社(日刊県民福井を発行)を置いており、名古屋の本社は総本部に当たる。

プロ野球中日ドラゴンズの親会社である。

概要

戦前の愛知県の二大新聞社であった新愛知新聞社(しんあいちしんぶんしゃ)と名古屋新聞社(なごやしんぶんしゃ)が、戦時下による新聞社の統廃合命令に伴って1942年に合併し、中部日本新聞社(ちゅうぶにっぽんしんぶんしゃ)として設立された。

その後、1954年に「中日スポーツ」を創刊、1956年には東京に進出して東京中日新聞(現・東京中日スポーツ)を創刊、そして1960年には北陸新聞社を買収して北陸中日新聞を創刊。1965年に題字を「中日新聞」に改題。1963年に東京新聞を発行する東京新聞社都新聞と、新愛知新聞社系列の国民新聞が合併してできた新聞社)の経営に加わり、1967年10月に東京新聞の編集と発行を東京新聞社から継承した。1993年には経営が悪化していた日刊福井を傘下に置き、日刊県民福井とした。1971年には社名を中部日本新聞社から中日新聞社に変更し、現在に至っている。2011年8月からは小学生向けの週刊新聞である「中日こどもウイークリー」が創刊された。発行部数は三大紙の毎日新聞(230万部)や、日本経済新聞(210万部)・産経新聞の全国紙より多い、朝刊279万部、夕刊52万部、スポーツ紙51万部。日本の新聞の発行部数としては、中日新聞グループの一般4紙合計では参考ながら全国4位相当になる。

各新聞の発行部数(2019年1-6月平均販売部数)
各新聞 朝刊 夕刊
中日新聞 2,228,196 358,226
東京新聞 442,550 158,214
北陸中日新聞 89,824 6,820
日刊県民福井 31,096 0
中日スポーツ 392,612 0
東京中日スポーツ 124,949 0

社旗・社章

中日新聞社の社旗が掲げられた看板

現在掲げられている社旗[3]1962年9月に作られ、上半分が赤、下半分が紺色になっている。上半分の左側には中日新聞社の社章(後述)、下半分の右側には「中日」の文字が白抜きで染め抜かれている。なお、赤は燃える情熱、紺色は無限の発展と冷静さ、白は公正・中立を意味している。東京本社で使う物では「中日」の部分を「東京新聞」に差し替えている。この社旗は、当初は1956年、東京中日新聞(現:東京中日スポーツ)が創刊された当時に東京支社(現:東京本社)限定の社旗として使われていたものを1962年に中日新聞社全体で使うようになった。なおバリエーションとしては、紺色部分の「中日」の部分を、東京本社で使う物では「東京新聞」に、北陸本社で使う物では「北陸中日」に、日刊県民福井(福井支社)で使う物は「日刊県民福井」に、中日スポーツで使用する物は「中日スポーツ」のロゴ、東京中日スポーツで使う物は「東京中日スポーツ」のロゴとそれぞれ差し替えている。 ちなみに、中日新聞が親会社を務めるドラゴンズ球団旗はこれをアレンジしたものが使われる(社章の部分が筆記体「Dragons」ロゴになっているもの)。

それ以前の社旗は赤色に白抜きで中日新聞社の社章が大きく染め抜かれ、社章の下部に白抜きで「中部日本新聞」と染め抜かれていた。

社章は中央に「中」の文字をあしらったもので、その両端にはそれぞれ2本のやや太い線が出ている。社章は翼をイメージしたもので、同社の発展を象徴化したものである。社章そのものは前身の中部日本新聞時代からあったものだが(1942年9月制定)、社章の規格が厳密に定められたのは、前述した現在の社旗が定められた時と同じ1962年9月である。なお、社章が中日新聞グループに登場するようになったのは1999年2月1日付の朝刊からである。また、この社章はかつてドラゴンズのユニホームの袖部分にワッペンとして縫い付けられていたこともある。

新聞の発行地域

一般紙