九州
Terra Kyushu 20091028.jpg
所在地 日本の旗 日本
所属諸島 日本列島
面積 36,782.37[1] km²
海岸線長 3,888[2] km
最高標高 1,791 m
最高峰 中岳
最大都市 福岡市
Project.svgプロジェクト 地形
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九州地方のデータ
7県の合計
面積 42,231.48km2 [3]
(2015年10月1日)
推計人口 12,757,103
(2020年6月1日)
人口密度 302.4人/km²
(2020年6月1日)
8県(沖縄県含む)の合計
面積 44,512.60km2 [3]
(2015年10月1日)
推計人口 14,214,618
(2020年6月1日)
人口密度 319.6人/km²
(2020年6月1日)
位置
九州地方の位置
※画像では図示されていないが、「九州地方」には対馬(・壱岐)・奄美群島・沖縄県の領域をも含む[4]

九州(きゅうしゅう)は、日本列島を構成するの一つで[注 1]、その南西部に位置する。

北海道本州四国とともに主要4島の一つでもあり[5]、この中では3番目に大きい島で[注 2][注 3]世界の島の中では、スピッツベルゲン島ノルウェー)に次ぐ第37位の大きさである。[注 4]

地質学考古学などでは九州島という名称も使用される[6][7]

九州とその付随する、および沖縄県を合わせて九州地方(きゅうしゅうちほう)と言う。九州の最高標高は1,791メートル (m) で、大分県九重連山中岳の標高である。また、九州地方の最高標高は1,936 mで、鹿児島県屋久島宮之浦岳の標高である。(「#地理」および「日本の地理・九州」を参照)

九州には7つの地方公共団体)があり、7県総人口は13,108,027人、沖縄県を含めた8県総人口は14,524,614人である。都道府県の人口一覧#推計人口(右表 九州地方のデータ参照)

九州の古代の呼称は、「筑紫島」・「筑紫洲」である(#歴史書における呼称)。

地理

九州島の主要地形
九州の地図
九州

九州を大きく二つに分けると、北部九州南九州に分ける場合と、東九州日豊)と西九州(筑肥)に分ける場合がある。北部九州と南九州の中間となる地域を中九州ということもある。ただし、これらの地域区分は使用される側によって大きく変化する(詳細は北部九州南九州およびノート:南九州参照)。

中央に九州山地が形成されている。その中核をなす阿蘇山は東西18キロメートル (km) 、南北25 kmにも及ぶ世界最大級のカルデラを持つ。九州の地形は大きく3つに分けることができ、北部と中部の境界は松山-伊万里構造線で、中部と南部の境界は中央構造線の一部である臼杵-八代構造線で分けることができる。北部は比較的なだらかな山地、南部は白亜紀から第三紀にかけて生成された付加体であるため北部とは全く異なった地質であり、比較的険阻な山地になっている。また、中部は数十万年前まで瀬戸内海の延長の海で分かれており、それが阿蘇山の数回にわたる噴火によって溶岩で埋まり、一つの島になった。

平野・台地
筑紫平野熊本平野宮崎平野シラス台地
山地
筑紫山地九州山地
主な山:英彦山九千部山雲仙岳九重山祖母山傾山阿蘇山国見岳霧島山桜島(御岳)、開聞岳宮之浦岳屋久島
高地・盆地
人吉盆地大口盆地都城盆地日田盆地由布院盆地玖珠盆地
半島
国東半島四浦半島鶴見半島西彼杵半島島原半島薩摩半島大隅半島
川・湖

周辺は太平洋日本海東シナ海フィリピン海)に囲まれている。

九州周辺の主な島
対馬壱岐島平戸島深島大入島五島列島男女群島天草諸島甑島列島草垣群島宇治群島上三島
薩南諸島大隅諸島吐噶喇列島奄美群島

九州地方は、日本の地域の中では小笠原諸島に次いで温暖な地域である。鹿児島県奄美地方以南の地域と、種子島・屋久島地方以北の地域では平均気温が大きく違う。

九州島や種子島・屋久島以北

九州島や種子島・屋久島以北の島嶼部は、は暑く降水量が多い。は寒さを感じるほどに気温が下がり、雪が降る。域内の南北で大きな気温の差は1~2℃ほどしかない。

九州山地周辺(熊本県阿蘇地方大分県の西部・宮崎県の北部山間部)では積雪は珍しくなく、年に数日は真冬日となり希に根雪になることもある。しかし暖かい日もあるため中国地方以東とは異なり豪雪地帯は存在せず、積雪は比較的少ない方である。

南部の太平洋沿岸に当たる大分県の南部・宮崎県鹿児島県の大隅地方、種子島・屋久島地方は夏に降水量が多い太平洋側気候の南海型で、台風の襲来も多く、鹿児島県は1951年昭和26年)以降の台風上陸数が日本一である。その中でも日本列島に大被害をもたらした台風として「枕崎台風」「ルース台風」「洞爺丸台風」「台風13号(1993年)」「台風16号(2004年)」などがある。夏から秋にかけて台風の影響を受けるため「台風銀座」と呼ばれる。冬の気候も温暖で降雪もほとんどなく、晴天の日が多い。

福岡県北九州地方の瀬戸内側と大分県の北部・中部は瀬戸内海式気候の特徴を持ち、降水量の多い梅雨時を除けば九州の中では降水量が少ない地域(大分市の年間降水量:約1,680 mm)であるが、それでも関東以北の東日本太平洋側と比べると多い。特に、北九州地方では九州型の影響との遷移地域で梅雨時の降水量が非常に多い。大分県中部では太平洋側気候の南海型ほど影響がないものの、梅雨時の降水量と台風の接近による降水量もやや多いなど山口県の東部以東の瀬戸内海式気候の地域と比べると、夏季の降水量が少ないという特徴は薄くなっている。冬季は北九州地方では曇天が多く降雪も珍しくない。大分県北部、中部では、雲が九州山地に遮られる為に晴天の日が多い。積雪はどの地域でも少ないが、九州山地にあたる地域ではやや多くなる。

福岡県の北九州地方の大部分を除く地域・佐賀県長崎県熊本県・大分県の西部・鹿児島県の薩摩地方は太平洋側気候(九州型)で、冬は降水量が比較的多いが、1 mm以上の降水が観測される降水日数の最多月は日本海側気候のように冬季(1・2・12月のいずれか)ではなく、他太平洋側気候各地と同様に春季 - 秋期(3 - 11月のいずれか)で、年間降水量が少なく、北西からの季節風の影響で曇天が多いなど島根県の石見地方や山口県の北部と似た気候が現れる。一方で、朝鮮半島のある関係で降雪日数は福岡市で約17日と東京・大阪よりは多いが、積雪は少なく首都圏京阪神などと同じように5 cm程度の積雪でも大雪とみなされ交通機関が麻痺してしまう。また、夏の降水量の傾向として、華南、南西諸島からの熱帯モンスーン気団による湿舌などの影響を直接受けやすく初夏から梅雨時に降水量が非常に多くなる。なお、秋雨時の降水量は少ない。台風の影響は東シナ海側から朝鮮半島、日本海側を進んだ場合に降水量が多くなる傾向がある。

奄美以南

奄美地方以南の地域は南日本気候(南西諸島気候)で、大東諸島を除きどの島でも年間降水量は2,000 mm以上と多く、一年中降雨がある。年間の気温の差が小さく、1年を通して気温が高い。降雪の記録は過去に数回しかない。また一日の気温差も小さい。盛夏時は晴天が多く日照時間も非常に多いが、にわか雨が多い。台風の襲来が多く、時々強い台風が襲来して被害をもたらす。なお、冬季は北西からの季節風で曇天と雨天が多く、日照時間も少ない。梅雨時の降水量は、九州本島程ではないが、かなり多い。

「九州」の範囲

歴史書における呼称

日本は6,852ので構成される島国であるが[注 1]日本最古の歴史書古事記』 (和銅5年(712年)献上) では、「日本」を「大八島国」(おおやしまのくに)と呼び、「八つの」の総称としている(登場順に現代の呼称表記で、淡路(あわじ)四国隠岐(おき)、九州、壱岐(いき)対馬(つしま)佐渡本州 )。

その『古事記』での九州の呼称表記は「筑紫島(つくしのしま)」である[8]

日本書紀』(養老4年(720年)完成)では、「日本」を「大八洲国」(おおやしまのくに)、「九州」を、「筑紫洲(つくしのしま)」と表記している。

「九州」の由来

16世紀戦国時代を描いた軍記物語として知られる『陰徳太平記』(享保2年(1717年出版)序に、「山陰山陽四国九州」の記載があり、このような近世の書物においては、明確に「九州」という名称を見出すことができるが、この名称がいつ生まれたか正確な時代は不明であるが、鎌倉時代後期に作成された吾妻鏡元暦2年(1185年2月13日2月14日の記事では、源範頼が「九州」を攻めようとしていることが記載されている。もともと中国では代以前、全土を9つの州に分けて治める習慣があったことから、九州とは9つの国という意味ではなく、天下のことを指す(参考:九州 (中国))が、平安時代後期に朝廷が発した保元新制で使われている「九州」の意味も、こちらである。また新羅の九州の実例もある[9]

令制国上の「九州」

一般に「九州」とは、令制国西海道のうち筑前国筑後国肥前国肥後国豊前国豊後国日向国大隅国薩摩国の9の総称とされている[10]四国と同じ理屈で、九国(きゅうこく、くこく)とも呼ばれたといわれる。

この令制国に基づく定義だと、九州島の九国と、この九国に編入された周辺の附属島嶼が「九州」の範囲となる。ただし周辺の島嶼が九国の令制国に編入された時期はそれぞれ異なるため、歴史を通し一義的な範囲には定まらない。

このように編入時期が異なる事による意識および解釈の差が存しうるが、少なくとも一度も編入された事がない壱岐、対馬、および沖縄県の領域は、令制国上の「九州」には含まれないことになる(なお、奄美群島は日本本土における廃藩置県・府県合併および琉球処分の後に大隅国《鹿児島県》に編入されたため、行政区分としての「九州」に組み込まれたのはそれ以降である)。さらに後述の太平洋戦争終戦後のアメリカ統治時期も令制国の範囲に変更はないので、この定義に変化はない事になる。

上記九国とともに対馬、壱岐を含む西海道は、九国二島九州二島とも呼ばれた。また、西海道の別名として鎮西とも呼ばれていた。

近現代の「九州」

廃藩置県・府県合併以降[注 5]は、福岡県佐賀県長崎県熊本県大分県宮崎県鹿児島県沖縄県8を指して「九州地方」とされ[4]、これにより令制国上の「九州」には含まれなかった対馬壱岐奄美群島・沖縄県の領域をも含む事となった。

一方、単に「九州」とする場合はそのうち沖縄県を除いた7県がその対象とされる[11]。よって、令制国上の「九州」と比較すると対馬壱岐奄美群島が加わる事となった。

トカラ列島の一部、奄美群島および沖縄県の領域は太平洋戦争終戦後、アメリカに占領され日本に返還されるまでの間に一時的に日本の施政権が停止されるが、実質的取扱(実効支配)はともかく、「九州」の範囲に影響を与えたことはない。(なお、トカラ列島は上三島が日本に残留し、下七島が施政権停止されたため、両者間で地方公共団体が分離される事となった。)

九州・沖縄地方

以上のように単に「九州」と言うと西海道九国の領域、あるいは廃藩置県・府県合併以降の7県(福岡県佐賀県長崎県熊本県大分県宮崎県鹿児島県)の領域を指す。いっぽう「九州地方」に沖縄県を含める百科事典が多いが[12][10][12][注 6]、実際には沖縄県を含めた8県の場合は「九州・沖縄地方」との呼び方が使われている。

歴史上も、「九州地方」などと言う地方区分の概念が導入されたのは廃藩置県後の明治時代以降であると考えられる(それ以前は令制国による区分であった)。なお、近現代の法令上、行政上の区分は、個別の法制度に基づくため、必ずしもこれらとは一致しない。例として九州総合通信局の管轄範囲に沖縄県は含まれない。行政機関地方支分部局や企業の営業地域などでは沖縄県を九州地方に含む場合も多く、あるいは沖縄を含むことを明示するために「九州・沖縄地方」と表現する場合が一般的である。

例として『NHK年鑑』では見出しを「九州」とする一方で、本文中では「九州・沖縄」と表現している。テレビ番組としては九州朝日放送制作のブロックネット番組「スーパーJチャンネル九州・沖縄」などがある。

また、本州に位置する山口県は、令制国は山陽道周防国長門国に属し中国地方に区分されるが、北九州地方(かつての豊前国)に地理的にも近く歴史的な縁の深いこともあり、山口県を便宜上の同一区分に含めることもある。その場合は明示して九州・山口地方」と表現する[注 7]

「九州」に沖縄県を含む例
「九州」に山口県を含む例