ふしみく
伏見区
伏見稲荷大社の千本鳥居
伏見稲荷大社の千本鳥居
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 京都府
京都市
市町村コード 26109-2
面積 61.66km2
総人口 275,335[編集]
推計人口、2021年2月1日)
人口密度 4,465人/km2
隣接自治体
隣接行政区
京都市山科区東山区南区
向日市長岡京市八幡市宇治市
乙訓郡大山崎町久世郡久御山町
滋賀県大津市
伏見区役所
所在地

612-8511
京都府京都市伏見区鷹匠町39番地の2
北緯34度56分10秒東経135度45分41秒座標: 北緯34度56分10秒 東経135度45分41秒
伏見区総合庁舎

外部リンク 京都市伏見区役所

伏見区位置図

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伏見区(ふしみく)は、京都市を構成する11の行政区の一つで、京都市の南部に位置する。

概要

古くは深草にて京都盆地の中でもいち早く水稲耕作が始まり、稲荷神社の総本社である伏見稲荷大社が渡来系豪族の秦氏によって創建され、安土桃山時代豊臣秀吉がここで生涯を閉じるまでの間には、一大政治都市として桃山伏見城大名屋敷群が、西に広がる淀川沿いの低地にかけて大手筋を軸とした城下町伏見が形成される。徳川幕府初期には伏見城下に最初の銀座が置かれ、徳川家康から三代家光までの将軍宣下も伏見城で行われるなど幕府の政治拠点であった。伏見城廃城後も伏見奉行が置かれ、淀川水運の重要な港町(伏見港)・宿場町(伏見宿)としても栄えるなど、昭和初期までは京都とは独立した別の都市であった。幕末期に、坂本龍馬をはじめとする討幕の志士たちが活躍した地としても知られる[1]

京都との間は街道や高瀬川で結ばれ、明治には鴨川運河や鉄道も早期に開通し、各地から京都への物資を運んだほか酒造などの産業も盛んであった。1931年に京都市に編入されて以後は、周囲の市街地化が進み、「京都の郊外」という色も濃くなっている。深草・伏見以外にも、城下町として栄えたや、醍醐寺が建つ醍醐などの地区が区内に含まれる。西部や南部は淀川水系の低地、中央には東山から続く稲荷山桃山丘陵、東部の山間部は滋賀県境まで続いている。

京都市の11区の中でも最大の人口を擁し、平安時代の貴族の別荘地や天正時代以降の武家屋敷が立地していた桃山丘陵は現在も住宅地としても利用されているが、大部分は桃山御陵の広大な緑地が広がり、酒造に用いられる豊富な伏流水の水源となっている。城下町の伝統を受け継ぐ商業拠点である一方、京都市都心部や大阪方面へのベッドタウンとしての性格を持つ。

なお、伏見城のあった桃山の地名は、織田・豊臣政権期の時代区分「安土桃山時代」や、その文化「桃山文化」などの呼称の元となっているが、江戸時代の『伏見鑑』が発行された頃から固定・広まったとされている[2]

歴史

平安遷都以前より