中華人民共和国 北京市
上から時計回り: 北京商務中心区、八達嶺長城、天壇、中国国家大劇院、北京国家体育場、天安門
上から時計回り: 北京商務中心区八達嶺長城天壇中国国家大劇院北京国家体育場天安門
略称:
別称:燕京、北平
旧称:燕京、中都、大都、北平
中華人民共和国中の北京市の位置
中華人民共和国中の北京市の位置
中心座標 北緯39度54分20秒 東経116度23分29秒 / 北緯39.90556度 東経116.39139度 / 39.90556; 116.39139
簡体字 北京
繁体字 北京
拼音 Běijīng
カタカナ転写 ペイチン
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
行政級別 直轄市
成立 紀元前473年
市党委書記 蔡奇(19期中国共産党中央政治局委員、前北京市長、元中央国家安全委員会弁公室常務副主任、元浙江省常務副省長)
市長 陳吉寧(前環境保護相、元清華大学校長)
面積
総面積 16,410.54[1] km²
海抜 43.5 m
人口
総人口(2015) 2170.5 万人
経済
GDP(2015) 22968.6億元
一人あたりGDP 106284元
電話番号 010
郵便番号 100000 - 102600
ナンバープレート 京A, C, E, F,G, H, J, K, L, M, P, N, Q, Y(小型自動車)(藍地に白字)
京A,G(大型自動車)(黄地に黒字)
京E(中型バス)(黄地に黒字)
京B(タクシー)(藍地に白字)
京A, D(警察)(白地に黒字)
京O(当局により廃止)(藍地に白字)
行政区画代碼 110000
市樹 側柏、エンジュ
市花 月季、
2015年のHDIは 0.882。
公式ウェブサイト http://www.beijing.gov.cn/
北京市
中国語 北京
郵政式Peking
北京のスカイライン

北京市(ペキンし、中国語: 北京市拼音: Běijīng)は、中華人民共和国首都

行政区画上は直轄市であり、中国の華北の中央に位置する。人口は2171万(2015年)。中国の政治の中枢であり、上海と並ぶ経済・学術・文化の中心地である。アジア屈指の世界都市。古くは大都燕京北平とも呼ばれた。

北京の読み方

日本では一般的に「ペキン」と読む。このペキンという読みは中国南部の方言の唐音に由来する歴史的な読み方である[2]1906年制定の郵政式アルファベット表記でもPekingと表記されている。

中国の共通語である普通話では、Zh-Beijing.ogg Běijīng[ヘルプ/ファイル] と発音し、カタカナに転記すると「ペイチン」。英語では Beijing と表記し、 [beɪˈdʒɪŋ] ( 音声ファイル)ベイジン」と発音している[3]国連や北京市の公式サイトにおいても、Beijing を英語の名称として採用している[4][5][6]。ただ以前は英語圏でもPekingという表記を多用していたこともあり、北京大学を英語で Peking University と表記するなど[7]、その名残を残している。

満州語ではベギン(満洲文字:ᠪᡝᡤᡳᠩメレンドルフ転写: beging)またはゲムン・ヘチェン(満洲文字:ᡤᡝᠮᡠᠨ
ᡥᡝᠴᡝᠨ
、転写:gemun hecen、「京城」の意)、ギン・ヘチェン(満洲文字:ᡤᡳᠩ
ᡥᡝᠴᡝᠨ
、転写:ging hecen[8]と呼ばれていた。

江戸時代の書物(江原某『長崎虫眼鏡』など)では、「北京」のふりがなは「ほつきん(発音はホッキン)」となっている。幸田露伴の小説「運命」では読みを漢音で「ほくけい」としている。諸橋轍次大漢和辞典」では「ほくけい」「ぺきん」の二つの読みを併記している。「ほっけい」とも言う。

歴史

天寧寺塔は遼代に建てられ、の末期の戦火による天寧寺焼失を免れた塔。
中国地名の変遷
建置 古代
使用状況 北京市
春秋
戦国
薊県
広陽郡
前漢燕国
広陽郡
燕国
広陽郡
広陽国
後漢上谷郡
広陽郡
三国燕国
西晋燕国
東晋十六国燕郡
南北朝燕郡
幽州
涿郡
幽州
幽都県
幽州
五代幽州
北宋/薊北県
幽都府
南京
燕京
析津府
析津県
宛平県
南宋/中都
大興府
大興県
大都
大都路
北平府
順天府
北京
順天府
北京
中華民国京兆地方
北平特別市
北平市
現代北京市

春秋戦国時代にはの首都で(けい)と称された。の国都洛陽からは遠く離れ、常に北方の匈奴などの遊牧民族の侵入による被害を受ける辺境であった。漢代には北平(ほくへい)と称されるが、満州開発が進み、高句麗など周辺国の勢力が強大となると、戦略上、また交易上の重要な拠点として重視されるようになった。北京市に隣接する河北省涿郡(たくぐん)は三国志の英雄劉備の故郷で知られるとともに煬帝が築いた大運河の北の起点とされている。

唐末五代の騒乱期、内モンゴルから南下してきた遼朝は、後晋に対し軍事支援を行った代償として北京地方を含む燕雲十六州を割譲された。遼はこの都市を副都の一つ南京と定めた。その後金朝が遼を滅ぼし支配権を獲得すると、金は北京に都城を定め中都とした。更にモンゴル帝国元朝)が金を滅ぼすと大都として元朝の都城となり、カラコルムに代わってモンゴル帝国の中心となった。

朱元璋が元を北方に駆逐し明朝が成立すると、名称は北平に戻され、都城は南京に定められた。しかし、燕王に封じられ北平を拠点とした朱棣(後の永楽帝)は、1402年建文帝に対し軍事攻撃を行い政権を奪取。皇帝に即位し1421年には北平遷都を実行。地名を北京に改めた。明が滅んだのち、清もこの地を都とした。1911年辛亥革命後は中華民国北洋政府は北京を首都と定めた。1928年蔣介石を中心とする国民政府は、南京を首都に定め、6月には「政府直轄地域」を意味する直隷省を河北省へ、北の首都を意味する北京を北平(ほくへい、ペイピン Běipíng)へと、改称した。1937年から1945年まで続いた日本軍占領期は北京の名称が用いられた。(公式には1940年に改名)。1945年の日本の敗戦によって、再び北平に改称された[9][10][11]

1949年10月1日中華人民共和国成立により新中国の首都とされた北平は再び北京と改称され現在に至っている。しかし、中華人民共和国の存在を承認せず、南京を公式な首都として大陸地区への統治権を主張する中華民国(台湾)では、現在でも公式名称として「北平」の名称が用いられている。

地理

北京は華北平原の東北端に位置する。東部は山地、西部は太行山脈、北部は燕山山脈の一部である軍都山に接しており、南部以外は山に囲まれていて全市域の約62%を山地が占めている。北京の最高峰は万里の長城が延々と続いている北部山脈にある東霊山である。北京市街地はこうした山岳地域に囲まれた盆地の中にあり、その平均海抜は20〜60mである。海河流域に属し、永定河や潮白河などが流れるが、これらの河川には普段水が流れておらず水不足が深刻になっている。面積は日本四国に相当する。またモンゴル南部で発生した黄砂に度々見舞われる。

気候

ケッペンの気候区分では、かつては亜寒帯冬季少雨気候(Dwa)に属していたが、最新の平年値ではステップ気候(BSk)に移行した[12]。気温の年較差が大きい。また、春と秋はとても短い。は乾燥していて強い砂埃の風が立つ。は高温多湿となり、霧や靄が降りる日が比較的多く雨は少ない。には雨がやや増えるが夕立など特定の時刻に集中的に降ることが多い。は低温乾燥で厳しい寒波が襲うが、乾燥のため雪はそれほどは降らない。1981~2010年平年値では1月の平均気温が-3.1度、7月の平均気温が26.7℃、年平均気温が12.9℃、年降水量は532.0mmである。最高気温極値は41.9℃(1999年7月24日)で最低気温極値は-27.4℃(1966年2月22日)。

北京市(1981年 - 2010年平均、極値1951年 - 現在)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C°F 14.3
(57.7)
25.6
(78.1)
29.5
(85.1)
33.5
(92.3)
41.1
(106)
40.6
(105.1)
41.9
(107.4)
38.3
(100.9)
35.9
(96.6)
31.0
(87.8)
23.3
(73.9)
19.5
(67.1)
41.9
(107.4)
平均最高気温 °C°F 2.0
(35.6)
5.7
(42.3)
12.3
(54.1)
20.7
(69.3)
26.7
(80.1)
30.5
(86.9)
31.4
(88.5)
30.3
(86.5)
26.2
(79.2)
19.4
(66.9)
10.2
(50.4)
3.8
(38.8)
18.3
(64.9)
日平均気温 °C°F −3.1
(26.4)
0.2
(32.4)
6.7
(44.1)
14.8
(58.6)
20.8
(69.4)
24.9
(76.8)
26.7
(80.1)
25.5
(77.9)
20.7
(69.3)
13.7
(56.7)
4.9
(40.8)
−1.1
(30)
12.9
(55.2)
平均最低気温 °C°F −7.5
(18.5)
−4.5
(23.9)
1.3
(34.3)
8.8
(47.8)
14.8
(58.6)
19.6
(67.3)
22.5
(72.5)
21.5
(70.7)
15.8
(60.4)
8.6
(47.5)
0.3
(32.5)
−5.2
(22.6)
8.0
(46.4)
最低気温記録 °C°F −22.8
(−9)
−27.4
(−17.3)
−15.0
(5)
−3.2
(26.2)
2.5
(36.5)
9.8
(49.6)
15.3
(59.5)
11.4
(52.5)
3.7
(38.7)
−3.5
(25.7)
−12.3
(9.9)
−18.3
(−0.9)
−27.4
(−17.3)
降水量 mm (inch) 2.7
(0.106)
4.4
(0.173)
9.9
(0.39)
24.7
(0.972)
37.3
(1.469)
71.9
(2.831)
160.1
(6.303)
138.2
(5.441)
48.5
(1.909)
22.8
(0.898)
9.5
(0.374)
2.0
(0.079)
532.0
(20.945)
平均降水日数 1.8 2.2 3.3 4.9 6.4 9.7 12.9 11.4 7.5 4.9 2.8 1.8 69.6
湿度 43 42 42 44 50 59 71 73 66 59 53 47 54
平均月間日照時間 189.0 192.1 228.2 244.5 267.9 238.2 202.7 209.3 215.3 211.5 182.0 175.2 2,555.9
出典:中国气象局 国家气象信息中心 2020-12-31


市政

  • 中国共産党北京市委員会書記:蔡奇(2017年5月27日 -)
  • 北京人民政府市長:陳吉寧(2017年5月27日 -)
  • 北京市人民代表大会常務委員会主任:李偉
  • 中国人民政治協商会議北京市委員会主席:吉林

行政区域

下部には16市轄区を管轄する。

北京市の地図
北京の古地図(1914年)
旧城区
  • 2010年7月1日まで崇文区(中心市街地南東部)と宣武区(中心市街地南西部)があるが、それぞれ旧東城区・旧西城区と新設合併した。旧城区を構成する元の四区から一文字ずつとって、この地域を「東西文武」と呼ぶことがある。
新城区
その他
  • 順義区 市東北部に位置し、1998年県から区に昇格した。
  • 昌平区 市北西部に位置し、明の十三陵がある。
  • 門頭溝区 市西部の山間部に位置し、1958年区成立。
  • 通州区 市東部に位置する。1958年市に編入、1997年区に昇格。
  • 房山区 市南西部に位置する。周口店がある。1999年区に昇格。
  • 大興区 市南部に位置する。1958年市に編入、2001年区に昇格。2019年9月25日開港の北京大興国際空港を含む。
  • 懐柔区 市北部の山間部に位置する。1368年建県、2001年区に昇格。
  • 平谷区 市東北部に位置する。1958年北京市に編入、2002年区に昇格。
  • 延慶区 市北西部に位置する。2015年区に昇格。
  • 密雲区 市東北部に位置する。2015年区に昇格。北京の水源である密雲ダムがある。

年表

人口

北京市の人口は2000万人を突破し、2014年には2152万人となった[13]。戸籍人口1,755万人(2009年末)あまりで、他に公安機関(警察)に一時住居登録している流動人口が364.9万人いる、都心人口917.61万人(2008年12月)いる。構成は96%が漢民族で、残り4%は55の少数民族で構成されている。

都市的地域の人口は1,395万人であり、世界第16位である[14]

経済

西二環路にある北京金融街は、北京経済の中心地である
IT産業や研究所が集積し、中国のシリコンバレーとも呼ばれる中関村

2014年の北京市の市内総生産は約2兆1320億元であり[15]上海市に次いで中国本土第2位である。2014年の北京都市圏の総生産は4811億ドルであり、世界11位の経済規模を有する[16]

アメリカのシンクタンク2020年に発表した総合的な世界都市ランキングにおいて、ニューヨークロンドンパリ東京に次ぐ世界5位の都市と評価され、特にビジネス活動の分野ではニューヨークに次いで高い評価を受けた[17]2020年3月のイギリスのシンクタンクによると、世界7位の金融センターであり、中国では上海や香港に次ぐ3位である[18] イギリスの「グローバリゼーションと世界都市研究ネットワーク」(GaWC)が2020年に公表した金融会計法律広告経営コンサルタントなどビジネス分野を対象とした世界都市格付けにおいて、最高峰のロンドンニューヨークの2都市に次ぎ、パリ東京と同じく"アルファ+"級世界都市として選定された[19]2013年からはフォーチュン・グローバル500においては、東京を超えて世界で最も大企業の本社が集積している都市との評価を受けている[20]2015年にはニューヨークロシアモスクワを超えて世界で最も億万長者が多い都市となった[21]

北京市統計局が公表した2010年の全従業員の平均賃金は年50,415元(約63万円)である[22]。月当たりだと4,201元(約5万円)である。また、2012年の最低賃金基準は1時間当たり7.2元(約90円)、月当たり1,260元(約1万6000円)である[23]。一方、非全日制就業労働者の1時間あたり最低賃金は14元(約170円)である。

北京市は、ハイテク民営企業、研究開発拠点、中国ビジネスの統括拠点としての発展を目指すものと見られる。産業構造では第三次産業への依存が高い。2003年GDPの61.4%が第三次産業である一方、第二次産業の比率は36.0%で、第一次産業に至ってはわずか2.6%に過ぎない。ちなみに中国全体では第三次産業の比率は32.3%で、上海でも48.4%である。近年では外資企業の第三次産業での進出も加速している。市中心部では、CBD構想(北京CBD計画)が着々と進むなど、北京市は上海と並ぶ中国ビジネスの統括拠点としての役割も強めている。この他、北京市は環渤海経済圏、京津冀都市経済圏における中心都市として、周辺地域との経済的な協調を図りながら効率性の高い発展を志向するものとみられる。 また、北京には多くの大学・研究機関が集中しており、多くの優秀な人材が社会へと巣立っている。

政治

中国の権力の象徴である中南海

故宮の西側に隣接する中南海には最高領導人(最高指導者)の居住地や中国共産党の本部と中央政府の国務院などが所在し、人民大会堂では最高権力機関である全国人民代表大会が毎年開催されている。

軍事

中部戦区司令部所在地であり、首都警備の任にあたる衛戍部隊3個師団が市内に駐屯する。国際的な国境警備の任にあたる上海協力機構の本部も所在する。

交通

道路

1960年代 - 70年代に街の交通の障害になるという理由で、明代の内城の城壁が撤去された。その跡には新たに移動の大動脈として一周約32kmの第二環状線が築かれている。その外側にさらに3つの環状線が敷かれており、現在6つの環状道路が開通。第7環状道路は現在計画中である。さらに環状2号線から放射状に12の国道が国内各地にのびる。北京から天津を経由して、渤海沿岸の塘沽までなど、6本の高速道路が建設された。

2010年、北京では、自動車の登録台数が1年で75万台超も増え、470万台を突破している。自動車の普及に道路や駐車場などインフラ整備が追いつかず、渋滞が深刻化している。8月の米誌フォーリン・ポリシーの記事では、世界で最も交通渋滞が深刻な都市に北京を挙げている。北京市ではこの状態を少しでも改善するため、公共交通優先措置、自動車のナンバープレートによる運行制限などを実施、年間の登録台数の制限も実施するとしている[24]

2013年になり大気汚染は悪化の一途をたどり、北京市も対策に乗り出した。

同年9月29日には市の大気汚染が最悪レベルになった[25]

鉄道

北京は中国国鉄の中心地であり、国内全省都への直通列車や、近隣諸国への国際列車が発着する。モスクワウランバートル平壌行きの国際列車をはじめ、国内全ての省、市、自治区の首府を結ぶ直行列車が発着する。2011年6月には、経済の中心地である上海とを結ぶ京滬高速鉄道が開業した[26][27]。巨大ターミナル駅として、中央駅の北京駅北京西駅北京南駅が挙げられる。またその他に大きな駅として、北京東駅北京北駅黄村駅豊台駅通州西駅がある。

市中心部、郊外の交通は、北京地下鉄が担っている。また、2006年には北京市政交通カードとよばれるICカードを導入、自動改札機も全線・全駅で導入されている。2008年8月の北京オリンピックの開催を契機に路線網が急速に拡大し、2018年末現在では総延長はおよそ710Kmとなる[28]

中国国鉄の主な路線
地下鉄の路線
2016年12月31日現在の地下鉄路線図
ライトレールの路線