画像提供依頼:2005年以前の国内線デッキから見た旅客機の風景、リニューアルされたデッキの画像提供をお願いします。2013年1月
名古屋飛行場
Nagoya Airfield
Nagoya airfiled201304.JPG
IATA: NKM - ICAO: RJNA
概要
国・地域 日本の旗 日本
所在地 愛知県西春日井郡豊山町小牧市春日井市名古屋市
母都市 名古屋市
種類 公共
運営者 愛知県
運用時間 7:00 - 22:00
標高 14[1] m (45.9 ft)
座標 北緯35度15分18秒 東経136度55分28秒 / 北緯35.25500度 東経136.92444度 / 35.25500; 136.92444座標: 北緯35度15分18秒 東経136度55分28秒 / 北緯35.25500度 東経136.92444度 / 35.25500; 136.92444
公式サイト 県営名古屋空港
地図
名古屋飛行場の位置
名古屋飛行場の位置
NKM
名古屋飛行場の位置
名古屋飛行場の位置
NKM
名古屋飛行場の位置
名古屋飛行場の位置
NKM
名古屋飛行場の位置
滑走路
方向 ILS 長さ×幅 (m) 表面
16/34 2,740×45 アスファルト
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名古屋飛行場空撮(2014年5月)

愛知県名古屋飛行場(なごやひこうじょう[1][2][3]: Nagoya Airfield)は、愛知県にある飛行場である。通称は県営名古屋空港(けんえいなごやくうこう、: Prefectural Nagoya Airport)、または小牧空港。旅客便における発着地名は名古屋(小牧)である。

概要

名古屋市の中心から北へおよそ15 kmの濃尾平野北東部、西春日井郡豊山町小牧市春日井市名古屋市北区)の3市1町にまたがる。航空自衛隊小牧基地に隣接しており、滑走路を共有しているが、防衛省設置管理の共用飛行場ではなく愛知県が管理する。管制業務は、飛行場管制業務と着陸誘導管制業務を航空自衛隊小牧管制隊が実施しており、進入管制業務とターミナルレーダー管制業務については、中部国際空港(セントレア)にある国土交通省大阪航空局中部空港事務所が広域管制によって実施している。

かつては国内線・国際線共に数多く発着していたが、中部国際空港開港と同時に大部分の路線が中部に移転するとともに、第二種空港からその他の飛行場に指定変更され、正式名称はそれまでの「名古屋空港」から「愛知県名古屋飛行場」となった。なお、IATA空港コードの「NGO」を中部へ譲り、新たに「NKM」で登録された。

2019年5月現在、旅客定期便はフジドリームエアラインズによる1社8路線のみである。近年はビジネスジェットの運航などゼネラル・アビエーションに力を入れており、ビジネス機専用ターミナルが国内線ターミナルとは別の出入り口に設置されている。トヨタ自動車のような地元企業などを中心にビジネスの拠点として多くのビジネスジェットに利用されているほか、F1日本グランプリ鈴鹿サーキット三重県鈴鹿市)で開催される時にはドライバーの中継地になっている。

また、給油目的で個人所有機や防災ヘリ等の中継地として利用されている他、ゼネラル・アビエーションが利用する空港の中では比較的大きな施設を持つということもあり、近年では朝日航空等、訓練事業を行う航空会社の計器飛行訓練の場所としても利用されている。[要出典]

近隣の自衛隊基地である岐阜基地浜松基地ILS計器進入装置を持たないため、自衛隊機の訓練や岐阜基地に隣接する川崎重工のテストフライト項目の一部に当空港が使用される。[要出典]

一方ゼネラルアビエーションの耐空証明が切れた航空機がエプロンに留め置かれた状態で放置される飛行場が日本で数多く存在する中、当空港では一定期間稼働していない機体について、駐機料金を引き上げるなどの処置を行っている。[要出典]

年間旅客数は、国内:748,389人、国際:919人(2015年度)で、2015年度(平成27年度)空港別乗降客数順位は、全国34位[4]

歴史

名古屋飛行場付近の空中写真。(1987年撮影)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

前史

1934年7月に名古屋港埋立地10号地に名古屋国際仮飛行場が開港、1940年に名古屋飛行場となる。同時期に同じく11号地の埋め立てが許可され、1941年に名古屋国際飛行場が開港。拡張のため一時閉鎖(1944年)するが、終戦後は放置される。同地は後に東邦ガス空見環境センターとなった。

小牧飛行場時代

  • 1942年昭和17年)5月 - 中部地区防空のため、大日本帝国陸軍が飛行場を建設開始。
  • 1944年(昭和19年)2月1日 - 陸軍航空部隊の「小牧陸軍飛行場」として運用開始(滑走路1,500 m)。
  • 1945年(昭和20年) - 日本の敗戦によりアメリカ軍が接収。
  • 1947年(昭和22年)5月 - アメリカ軍が使用開始。
  • 1952年(昭和27年)3月20日 羽田 - 名古屋 - 伊丹の定期路線開設。
  • 1957年(昭和32年)9月15日 - 新ターミナルビル完工。
  • 1958年(昭和33年)5月 - 航空自衛隊第3航空団が移駐。
    • 6月 - 飛行場拡張工事完了(滑走路2740 m、1983年12月22日まで2361 mで運用)
    • 9月15日 - 米軍より管理権返還。
  • 名古屋空港の管制塔とトライスター(1979年)
    多くの外国航空会社が発着していた名古屋空港時代

    1952年から2005年にかけては、愛知県の玄関口としての機能を持ち、日本国内の主要空港の一つであった。しかし、中部国際空港の開港により、ほとんどの旅客定期便が同空港に移転した。

    2005年2月16日には、この日の出発最終便である20:45発 サイパン行きチャーター機、日本航空 JL8839便を航空会社・空港両関係者がペンライトを持って見送り、第二種空港としての幕を閉じた。なお、この飛行機は折り返し中部国際空港到着の1番機(日本航空 JL8830便)でもあった。

    県営名古屋空港時代

    CRJ200からの降機風景

    中部国際空港開港以降、設置管理を国土交通省から愛知県へ移管、設置区分も「第二種(A)空港」から「その他公共用飛行場」に変更され、「名古屋飛行場(県営名古屋空港)」となった。IATA空港コード(3レターコード)は旧名古屋空港のNGOは中部国際空港へ移管され、NKMとなり、ICAO空港コード(4レターコード)は旧名古屋空港のRJNNからRJNAへ変更された(中部国際空港のコードはRJGGとなった)。また、前述のように一部管制業務を国土交通省大阪航空局名古屋空港事務所から航空自衛隊小牧管制隊に移管した。なお、定期便や国内・海外飛来機等の旅客は全て従来の国内線旅客ターミナルビルにて取り扱い、税関出入国審査検疫は1つの部屋にまとまった小規模なものとなり、日本初となる本格的な小型機専用コンコース「フィンガーコンコース」が新設された。

    2005年2月日本航空グループのジェイエアが中部国際空港の開港を機に広島西飛行場から本社・ベースを移転し、ジェイエアの拠点飛行場となったが、2011年3月にジェイエアは当空港から全面撤退し大阪国際空港(伊丹空港)近隣ビルに移転した[5]。 ジェイエアの撤退後は、静岡空港よりフジドリームエアラインズがベースを移転し、 現在では、フジドリームエアラインズの拠点飛行場となっている。

    • 2005年(平成17年)
      • 2月17日 - 「名古屋空港」から「名古屋飛行場」に名称変更。設置者を愛知県に移管。「その他飛行場」へ指定変更。航空自衛隊小牧管制隊による飛行場管制業務及び着陸誘導管制業務を開始。進入管制及びターミナルレーダー管制業務は国土交通省大阪航空局中部空港事務所が担当。
      • 11月24日 - ターミナルビルフィンガーコンコースの利用を開始[6]
    • 2006年(平成18年)愛知県警察航空隊新格納庫完成・運用開始。
    • 2007年(平成19年)10月31日 - 三菱重工のテストパイロットが操縦する、航空自衛隊所有のF-2B戦闘機が離陸に失敗し炎上。乗員2名は脱出したものの重軽傷を負った。
    • 2009年(平成21年)2月24日 - フジドリームエアラインズ(FDA)1号機が到着、名古屋飛行場をベースに路線訓練を開始。
    • 2010年(平成22年)
      • 2月17日 - 一般公募で決まったマスコットキャラクター「なごぴょん」(飛行機と鳥がモチーフ)が、開港5周年記念式典にてお披露目された。
      • 4月22日 - 日本航空グループのジェイエアが2011年春までに全面撤退することを表明[7]
      • 10月31日 - フジドリームエアラインズの福岡線が就航(JALとコードシェア)[8]
      • 11月20日 - 県営化後、初のチャーター便(奄美大島線)
    • 2011年(平成23年)
      • 3月26日 - ジェイエアがこの日をもって当空港発着全路線を廃止。最終日まで運航したのは、新潟線、高知線、阿蘇くまもと線だった。
      • 3月27日 - フジドリームエアラインズの阿蘇くまもと線が就航(JALとコードシェア)。
      • 5月21日 - フジドリームエアラインズのいわて花巻線が就航[9]
      • 7月2日 - フジドリームエアラインズの青森線が就航[9]
      • 7月2日 - フジドリームエアラインズの青森線といわて花巻線がデイリー運航開始[9]
      • 9月5日 - 小牧基地内に建設した新管制塔の運用を開始し、管制業務が西の旅客ターミナル側から東の小牧基地側に異動。
    • 2012年(平成24年)
      • 3月25日 - フジドリームエアラインズの新潟線が就航(JALとコードシェア)。
      • 7月19日 - 展望デッキを再開設。
    • 2013年(平成25年)
      • 3月31日 - フジドリームエアラインズの高知線が就航(JALとコードシェア)[10]
    • 2014年(平成26年)
      • 3月30日 - フジドリームエアラインズの山形線が就航(JALとコードシェア)[11]
      • 12月20日 - 平面だった第1駐車場が、A棟とB棟の立体駐車場(1350台)として供用開始。
    • 2015年(平成27年)
      • 3月15日 - 滑走路を共有する小牧基地で毎年恒例の航空祭が開催され、44年ぶりにブルーインパルスが展示飛行を行った。約7万3000人が訪れた。
      • 3月17日 - FDAは3月29日に開設する小牧 - 北九州線において福岡空港と北九州空港のマルチエアポート対応を行うと発表した。
      • 3月29日 - フジドリームエアラインズの出雲線、北九州線が就航[12][13]
      • 6月1日 - 世界一周飛行に挑戦中だった太陽電池飛行機「ソーラー・インパルス2」が南京からハワイに向かう途中、太平洋上の天候悪化のため当空港に着陸[14]。太陽電池動力機での飛行時間・飛行距離最長記録を更新[15]
      • 6月29日 - 「ソーラー・インパルス2」が当空港を離陸。その後ハワイ・ホノルルのカラエロア空港に着陸し太陽電池動力機での飛行時間・飛行距離最長記録を更新[16]
      • 11月11日 - 国産初のジェット旅客機Mitsubishi SpaceJet(当時の名称はMRJ)が当空港にて初飛行。
    • 2016年(平成28年)
      • 4月22日 - 国産のステルス実証機X-2が当空港にて初飛行。
    • 2019年 (平成31年)
      • 2010年1月に経営破綻した日本航空の再建を巡り、同社の子会社であるジェイエアは当初、小型機中心の運航により採算を取ることが可能と考えられたことから、中部国際空港から当空港への路線移管によって、名古屋地区の路線を維持することで検討が進められた[17]

        しかし、以下の理由から2011年春までに当空港から全面撤退[18]することが表明された。これに対し地元自治体は強い反発を示していた[17]

        1. 競合他社である全日本空輸は名古屋地区では中部国際空港においてのみ路線展開をしており、旅客分散による中部国際・県営名古屋の両空港及び全日本空輸・日本航空の両社の“共倒れ”を国土交通省が懸念した。
        2. 2007年における中部国際空港との合意(当空港における新規路線開拓などの停止)。
        3. 債権者である銀行団からの反発。
        4. 定期便を中部国際空港に一元化させたい愛知県航空対策課や地元経済界の意向。

        一方、静岡県地域航空会社であるフジドリームエアラインズ(以下、FDA)が県営名古屋空港への定期便の就航に意欲的な姿勢を見せており、日本航空の一部路線引き継ぎも視野に入れて愛知県と交渉中であることが発表され[19]、この交渉の結果、2010年冬ダイヤからの福岡空港便のFDAへの運航移管およびJALとのコードシェアが決定した。さらに、ジェイエアが完全撤退する2011年夏ダイヤからは阿蘇くまもと空港便をFDAに運航移管し[20]、この路線もJALとコードシェアになった[21]

        これにより、ジェイエアは予定通り2011年3月26日をもって当空港から撤退し、JALグループの名古屋空港カウンターも同日をもって業務を終了した[22]が、ジェイエア撤退後に定期便が1つも無い空港になることは回避できた。その後2010年代に入ると、FDAは静岡空港から実質的な拠点機能を移転させ、[要出典]ジェイエアの運航していた路線を中心に名古屋空港からの路線を徐々に拡大した結果、2015年春の時点で名古屋空港発着国内線9路線まで展開していたが、2019年に北九州線が利用客の低迷で運休となったため、2019年5月現在では、8路線となっている。

        日本航空は、不採算路線の一つであり2010年5月をもって運休した中部国際空港 - いわて花巻空港便を、当空港発着に移管・変更して復活させ、2011年上半期中の就航を検討していることが明らかになった。[要出典]

        東日本大震災の復興支援の一環として、上記の路線にFDAが就航した[9]

施設

手前:フィンガーコンコース
中央左からFDAの機体
奥:管制塔と小牧基地

旅客ターミナル(旧国内線ターミナル)

リージョナルジェットの運航に特化しており、小型機用のフィンガー・コンコースを設置している[6]

2015年1月にはMRJを製造する三菱航空機が本社を移転している。

ビジネス機ターミナル(国内用と国際用)

名古屋空港時代の国際線旅客ターミナルビルは、わずか6年しか使用されなかった。しかし、旧国際線旅客ターミナルの処理能力が限界に達していたのも事実であり、ボーディングブリッジは旧国際線ターミナルのものをそのまま使用するなど、最低限の投資で建設された。中部国際空港への移管時に閉館し、周辺敷地と共に空港から切り離された。 その後、国際線ターミナルビルを活用し、名古屋空港ビルディングが設置主体、ユニー株式会社が開発主体となってショッピングセンターエアポートウォーク名古屋」が2008年10月にオープンした[23]

国内線ターミナル内の「名古屋空港航空宇宙館」は2004年10月31日に閉館となり、そこにあった航空機の一部(MU-2など)は、2005年4月1日に豊山町の神明公園内に愛知県が建設した「航空館boon」に移され、引き続き展示されている。「名古屋空港航空宇宙館」は、現在でもイベント時などに公開されている。

愛知県は2015年5月15日、「県営名古屋空港見学者受入拠点施設整備事業」として「航空のフィールドミュージアム」を構築することを発表した。エアポートウォーク名古屋隣接地に航空機をテーマとした展示施設「あいち航空ミュージアム」を整備、周辺に点在する集積された航空機産業・観光資源と連携、地域全体をフィールドミュージアムとして、学校教育・人材育成・産業観光に活用する計画である[24]2017年11月30日に「あいち航空ミュージアム」は開館した。

拠点・焦点都市としている航空会社

当空港を拠点空港にしている航空会社は1社。焦点空港に設定している航空会社はない。