名鉄6000系電車
(6500系・6800系)
Meitetsu 6000 series 031.JPG
6000系1次車(特別整備施工後)
(2008年、津島線青塚駅にて撮影)
基本情報
運用者 名古屋鉄道
製造所 日本車輌製造
製造年 1976年 - 1992年
運用開始 1976年12月21日
主要諸元
編成 2両編成(6000系・6800系)
4両編成(6000系・6500系)
軌間 1,067 mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
最高速度 100 km/h[3]
110 km/h (6500系・6800系:1996年以降)
起動加速度 2.0 km/h/s[4]
減速度(常用) 3.5 km/h/s[4]
減速度(非常) 4.0 km/h/s[4]
車両定員 編成表を参照
編成重量 編成表を参照
全長 18,950 mm[1](ク6000[注釈 1]・モ6200[1][注釈 1]
18,830 mm (サ6100・モ6300・モ6450・モ6550)
18,900 mm (ク6400・ク6500・6800系)
全幅 2,730 mm[1]
全高 3,880 mm[1](集電装置なし)
4,200 mm[1](集電装置あり)
車体 普通鋼
台車 住友金属工業 FS398[5](6000系電動台車)
住友金属工業 FS098[5](6000系付随台車)
住友金属工業 FS521A[4](6500系電動台車)
住友金属工業 FS098A[4](6500系付随台車)
住友金属工業 FS521B[6](6800系電動台車[注釈 2]
住友金属工業 FS098B[6](6800系付随台車[注釈 2]
主電動機 東洋電機製造 TDK-8050A[2][6](6000系・6800系)
東洋電機製造 TDK-8225A[6](6500系)
主電動機出力 150kW[5]× 4基 / 両
(TDK-8050A…直巻整流子電動機端子電圧750V・定格回転数2,000rpm[5]
(TDK-8225A…複巻整流子電動機・端子電圧340V・定格回転数1,700rpm[8]
駆動方式 中空軸平行カルダン駆動方式[4]
歯車比 85:14=6.07[5](6000系)
84:15=5.6[4](6500系・6800系)
制御方式 抵抗制御[7](6000系)
界磁チョッパ制御[7](6500系)
界磁添加励磁制御[2](6800系)
制御装置 電動カム軸式弱め界磁付直並列抵抗制御 CB-27C-55[7](6000系)
回生ブレーキ付GTO界磁チョッパ制御 EP-39-A[7](6500系)
回生ブレーキ付界磁添加励磁制御 CB-16C-40A[2](6800系)
制動装置 発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ(HSC-D)[5](6000系)
回生ブレーキ併用電磁直通ブレーキ(HSC-R)[4](6500系・6800系)
保安装置 M式ATS
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第20回(1977年
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名鉄6000系電車(めいてつ6000けいでんしゃ)は、名古屋鉄道(名鉄)が1976年から運用している[9]電車である。

第二次世界大戦後の名鉄では初となる本格的な通勤用の電車[10]として登場し、1977年には鉄道友の会よりブルーリボン賞受賞車両に選出された[11]。4両編成と2両編成という2種類の編成が登場したが、4両編成は1984年からは制御方式を一部変更するとともに接客設備を一部改善した6500系としての増備に移行し[12]、2両編成も1987年から制御方式を一部変更した6800系としての増備に発展[12]、1993年に後継車両として2代目3500系が登場するまで増備が続けられた[13]

本項では、6000系・6500系・6800系の3形式についてまとめて記述する。名鉄の社内では5000系 (初代)以降の高性能車について「SR車」[注釈 3]と呼称している[15]ため、本項でもそのように表記するほか、6800系は名鉄の社内では「6000系11次車 - 16次車」[16]「6000系6800番台」[17]などのように6000系の一部として扱われることもあるが、本項では「6800系」という表記に統一する。また、特定の編成について記す場合は、豊橋向きの先頭車の車両番号をもって編成呼称とする(例:豊橋向き先頭車の車両番号がク6001の編成であれば「6001編成」)。

登場の経緯

名鉄では1951年昭和26年)に3850系を登場させて以来[18]、木造車体の車両を鋼体化した一部の形式をのぞき2扉のクロスシート車を導入し続けており[19]、特に1961年(昭和36年)に7000系を登場させてからは1972年(昭和47年)に至るまで7500系7700系を含むパノラマカーのみを増備し続けていた[10]自家用車(マイカー)の普及率が高いといわれる愛知岐阜県下を走る名鉄にとっては、マイカー対策として冷房付きクロスシート車の導入が必要と考えられていたのである。

1960年代後半になると、名古屋都市圏における朝夕ラッシュ時の混雑は激しくなり、名鉄でも1967年(昭和42年)からは犬山線においてもラッシュ時に8両編成での運行が開始されていた[20]。そうした状況においても、当時名鉄の社長であった土川元夫財務的現状からも輸送力増強には旧型車両の鋼体化が最適としており[21]、名鉄の社内から「通勤輸送にまとまった投資を行い、通勤用の新車を作ってはどうか」という意見が出た際にも「それは不経済車である」として、パノラマカーを列車体系の中心として「クロスシートに座って通勤」という理想像を変えようとしなかった[21]

しかし、1973年(昭和48年)のオイルショック以降は鉄道を利用する通勤者が急増し、ラッシュ時には本社の管理部門からも主要駅に人員を派遣して乗客を車内に押し込む有様で[22]、しかもそれでも積み残しが出てしまう始末で[23]、乗客からの苦情も多かった[23]。もはや、7000系をはじめとする2扉クロスシートのSR車のラッシュ時運用は限界であった[22]。そうした状況が続くに至り[23]、名鉄もクロスシート指向からの方針転換を余儀なくされ、土川が逝去後の1975年(昭和50年)には東京急行電鉄(東急)から3扉ロングシート車である3700系電車を購入して3880系として運用するようになった[10]。3880系は通勤輸送の3扉ロングシート仕様車のラッシュ時における収容力の高さを実証することになった[24]

こうした状況下、名鉄は1975年(昭和50年)に入り、本格的通勤車両を製造することを決定した[18]。しかし、営業・運転部門はロングシート車の導入を主張した[19]ものの、このような状況下においても名鉄の社内ではクロスシートにこだわる考え方が根強く[19]、結局は「座席は後でも直せる」と営業・運転部門が折れ[19]、3扉ではあるがクロスシート車として導入されることになった。

このような経過を経て、名鉄の新造車両としては3550系以来約30年ぶりとなる3扉車[25]として登場したのが本形式6000系である。

車両概要

6000系は4両編成で登場し、1978年からは2両編成も登場した。4両編成は1984年以降の増備を6500系に移行し、2両編成は1987年以降の増備を6800系に移行した。

6000系・6500系は系列中に4形式が、6800系は系列中に2形式が存在する。

ク6000形
6000系の編成において豊橋側の先頭車となる制御車 (Tc) 。
サ6100形
6000系の編成において中間に組み込まれる付随車 (T) 。
モ6200形
6000系の編成において岐阜側の先頭車となる制御電動車 (Mc) 。
モ6300形
6000系の編成において中間に組み込まれる電動車 (M) 。
ク6400形
6500系の編成において豊橋側の先頭車となる制御車 (Tc1) 。
モ6450形
6500系の編成において中間に組み込まれる電動車 (M1) 。電動車ユニットの豊橋側の車両である。
ク6500形
6500系の編成において岐阜側の先頭車となる制御車 (Tc2) 。
モ6550形
6500系の編成において中間に組み込まれる電動車 (M2) 。電動車ユニットの岐阜側の車両である。
ク6800形
6800系の編成において豊橋側の先頭車となる制御車 (Tc) 。
モ6900形
6800系の編成において岐阜側の先頭車となる制御電動車 (Mc) 。

本節では以下登場当時の仕様を基本として記述し、増備途上での変更点と6500系・6800系は別途節を設けて記述する。更新による変更は沿革で後述する。編成については編成表を参照のこと。

車体

先頭車は全長18,950 mm[5]、中間車は全長18,830 mm[5]、車体幅は2,730 mm[26]である。車体は全て普通鋼製で、レール上面から床面までの高さは1,150 mmである[26]

客用扉は幅1,300 mm[26]・高さ1,808 mm[26]の両開き扉を3箇所に配した[1]。扉の窓を小型化することによって障害事故防止対策とした[25]。6000系では先頭車と中間車の見付を合わせるため[27]、先頭車の扉中心間距離を5,660 mm・中間車の扉中心間距離は6,190 mmとした[27]が、側面窓はパノラマカーと同様の固定窓(連続窓)で[1]、厚さ3 mm+3 mmの複層合わせガラスを使用した[28]戸袋窓は設けられていない[25]

前面は7700系類似の貫通型高運転台で[28]、平面ガラスで構成されたパノラミックウィンドウとした[28]ほか、貫通扉は防水構造とした[1]。前面下部には標識灯(尾灯通過標識灯)と乗務員室への通気口が設けられ、周囲をステンレス化粧板で装飾した[25]。前面の貫通扉上には半自動式の幕式行先表示器が設けられた[25]。幕式行先表示器は列車種別と行き先を各々単独に操作できる構造で[3]、種別10コマ・行き先駅名は50コマ(後に60コマに更新)が収容可能である[3]。しかし、名鉄の車両運用の都合上、すべての行き先を収容することは出来ない[5]ため、既存の行先板の使用を考慮している[5][注釈 4]

車体の塗装デザインは名鉄スカーレット1色である[1]

内装

名鉄6000系のクロスシート時代の室内(1989年)

車内は車端部がロングシートで、客用扉の間はクロスシートとした[3]

クロスシート部分は一方向き固定シートを、中央扉を境に車端方向を向くように配置した[1]。通路の幅を広く確保するために座席の幅は825mmとし[3]、無駄スペースを省くために通路側の肘掛も設けていない[31]。座面の高さは床から座面先端部分までが390mmで[3]、背もたれの高さは床から775mmとした[3]。また、背もたれの傾斜は20度と、それまでの転換クロスシートよりも大きな角度をつけた[31]。シートピッチは750mmである[3]。ロングシート部分には、ビニール製の玉縁を入れることによって、1人あたりの着席区分を明確化した[1]

車内通路には全長にわたって吊手を設置した[3]が、ロングシート部分では吊手棒を設けてそこから吊るしているのに対し[1]、クロスシート部分では天井の冷房装置のダクトカバーから直接吊り下げている[31]

室内の配色は、天井が白色で側壁はクリスタル模様の化粧板とした[1]。座席の表地の色はブラウンとし[3]、シルバーシートの背もたれのみライトブルーとした[31]

主要機器

SR車は登場以来全車電動車方式であった[28]が、6000系ではコストダウンを図るため[32]、SR車では初めて電動車と付随車を1組とする「MTユニット」とした[28]。それまでの名鉄の車両では、電動車と付随車を1組とした場合には豊橋側の車両が電動車であった[25]が、6000系では制御装置や補助機器などの床下機器配置を他のSR車と揃えた結果、豊橋側の車両が付随車となった[25]

他のSR車との混結も可能で[32]、そのためのジャンパ栓や空気ホースも設けられている[33]が、歯数比や運用目的の相違により運用上は他形式との混結は行わない[32]

電装品等

電動台車 FS398 付随台車 FS098
電動台車 FS398
付随台車 FS098

制御装置は、三菱電機製の主制御器であるABFM-204-15MDHA形で[1]、名鉄ではCB-27C-55形と称している。1台の制御器で4基の電動機の制御を行う方式(1C4M)の多段制御装置で[28]、三菱電機製制御装置の採用は5200系以来である[34]。制御段数は、力行が直列17段・並列8段・弱め界磁4段で[5]、制動は17段である[5]

主電動機については、東洋電機製造製の直流直巻補極補償巻線付電動機のTDK-8050A形が採用された[5]。「MTユニット」としたことに伴い、主電動機の出力はそれまでのSR車の2倍の150kWとした[35]。駆動方式は中空軸平行カルダン駆動方式で、歯数比は85:14=6.07である[5]制動装置(ブレーキ)は、発電ブレーキ併用のHSC-D形電磁直通ブレーキが採用された[5]ほか、非常用として自動空気ブレーキを併設した[5]

台車は、住友金属工業製のS形ミンデン式の空気バネ台車が採用された[36]。この台車は7000系に使用されているFS384形台車を重荷重用としたもの[36]で、電動台車がFS398形・付随台車がFS098形で[5]、いずれも基礎制動装置はクラスプ式(両抱え式)で固定軸距は2,100mmである[5]

その他機器

M式自動解結装置

冷房装置は、10,500kcal/hの能力を有するRPU-3004形を1両につき3台を搭載した[5]。また、混雑時にも十分な冷房効果が得られるように、ラインフローファンをク6000形・モ6300形では5台、モ6000形では4台、サ6100形では6台設けた[5]。補助電源装置は、容量60kVAのCLG-326-N形電動発電機を装備した[5]。1台で2両分の電源供給が可能である[28]

集電装置はモ6200形・モ6300形にPT42-F3-M形菱枠型パンタグラフを設けた[1]

連結器は先頭部分が「名鉄式自動解結装置」(M式自動解結装置)を装備した密着自動連結器で[3]、中間は棒連結器である[3]

増備途上での変更点

1976年12月製造(6000系1次車)
  • 1976年12月から1977年2月までに、4両編成6本が製造された。
1977年10月製造(6000系2次車)
  • 4両編成2本が増備された[36]。前面は行先表示器上部の構造が変更された[37]ほか、貫通扉の固定位置を変更して前面と同一平面にした[38]。また、方向幕が色地に白抜き文字に変更された[36][注釈 5]
1978年製造(6000系3次車)
  • 2両編成が登場、6本が製造された[37]。基本仕様は2次車と同様である[39]
1979年製造(6000系4次車)
  • 4両編成3本が増備された[36]。当時製造されていた100系に準じて客用扉の窓が大型化された[37]ほか、前面の行先表示器が大型化された[39]。また、レール上面から床面までの高さは1,110mmとなった[36]
6000系5次車からは側面窓が開閉式となった 開閉式となった側面窓の内部
6000系5次車からは側面窓が開閉式となった
開閉式となった側面窓の内部
1980年製造(6000系5次車)
  • 4両編成と2両編成が5本ずつ増備された[37]。この時の増備から省エネルギーの見地から仕様が変更となり[39]、側面窓が開閉式(一段上昇窓)に変更された[40]ほか、冷房装置は10,500kcal/hの能力を有するRPU-3004A形を2台搭載に変更した[39]上で、新たに熱交換型換気装置(ロスナイ)を設置することによって熱損失の防止を図った[36]。電動発電機は、容量40kVAのCLG-367形に変更された。[6]また、非常用の自動ブレーキの併設は省略された[40]ほか、当初より列車無線車上装置を装備した[39]
1981年製造(6000系6次車)
  • 4両編成3本と2両編成2本が増備された[39]。車体の各部で軽量化を図った[40]ほか、側面窓隅の寸法が変更された[36]
1982年製造(6000系7次車)
  • 4両編成3本と2両編成2本が増備された[39]。基本仕様は6次車と同様である[40]
1983年製造(6000系8次車)
  • 4両編成4本と2両編成3本が増備された[36]。基本仕様は7次車と同様である[39]
正面が非貫通となった6000系9次車(左)と6500系2次車(右)。6500系2次車・6000系10次車からは標識灯が変更された クロスシート形状が変更された6500系の車内
正面が非貫通となった6000系9次車(左)と6500系2次車(右)。6500系2次車・6000系10次車からは標識灯が変更された
クロスシート形状が変更された6500系の車内
1984年製造(6500系1次車・6000系9次車)
電動台車 FS521A
  • この時から4両編成は6500系としての増備に変更され[40]、4本が製造された[41]
  • 6500系の外観は、正面が非貫通となり[42]、正面下部左右には標識灯が設けられた[27]。また、正面窓上と客用扉の上半分をライトグレーに塗装し[43]、正面窓下部にはステンレス製の飾り帯を設けた[41]。編成の組み合わせによって扉位置が変わることを回避するため[27]、先頭車・中間車とも扉中心間距離を5,660mmに統一し[27]、座席もクロスシートが減少してロングシート部分が増加した[27]。座席自体の構造を見直し、それまでの6000系と比較してシートピッチを50mm拡大、幅を100mm・背もたれ高さを110mm拡大した[27]。補助電源装置は、ゲートターンオフサイリスタ(GTO)素子を用いた容量40kVAのBS-477-C形静止形インバータ(SIV)に変更された。[6]6500系では界磁チョッパ方式と回生ブレーキを採用した[44]。制御装置は1台の制御器で8基の電動機の制御を行う方式(1C8M)[45]の回生ブレーキ付界磁チョッパ制御装置で[46]、EP-39-A形と称する[7]。界磁チョッパ制御の採用は名鉄では初めてである[42]。台車は住友金属工業製のSU形ミンデン式の空気バネ台車が採用された[4]。電動台車がFS521A形・付随台車がFS098A形で[46]、いずれも基礎制動装置はシングル式(片押し式)で[27]固定軸距は2,100mmである[4]。6500系1次車のシールドビーム2灯式標識灯は、2003年5月からLED1灯式の3300系(2代)廃車発生品に交換した[12]
  • 2両編成は6000系のままで4本が増備されたが、車体や内装は6500系と同一となった[47]。台車は電動台車がFS521B形・付随台車がFS098B形で[41]、6500系の台車とはブレーキシリンダの直径が異なる[41]ためサフィックスが変更された。いずれも住友金属工業製のSU形ミンデン式の空気バネ台車である[4]
1985年製造(6500系2次車・6000系10次車)
  • 6500系4本[46]と6000系2両編成4本[41]が増備された。前面の標識灯が発光ダイオード(LED)を使用した1灯式に変更され[48]、運転室後部のロングシート長さを860mmから920mmに変更した[46]ほか、両端脇のクロスシート部の仕切り板と中央部のロングシート位置を扉側に70mm寄せた[49]
1986年製造(6500系3次車)
  • 6500系5本が増備された[49]。乗務員室の仕切り壁の配色を、側壁と同様のクリーム色縦縞模様に変更した[46]
1987年製造(6500系4次車)
  • 6500系2本が増備された[48]。側面には当時製造されていた5700系と同様に、側面に種別・行先表示器を設けた[49]ほか、集電装置は離線を少なくするために剛体架線用のPT4214S-A-M形に変更された[46]
1987年製造(6500系5次車・6800系1次車)
  • この時からは2両編成の増備は回生ブレーキを付加した6800系に変更され[16]、6500系2本[50]と6800系4本[51]が製造された。
  • 6800系では界磁添加励磁制御を採用した[52]。制御装置は1台の制御器で4基の電動機の制御を行う方式(1C4M)の界磁添加励磁制御装置で[16]、CB-16C-40A形と称する[2]。台車は電動台車がFS521C形・付随台車がFS098C形で[51]、6500系の台車とはブレーキシリンダの直径が異なる[52]ためサフィックスが変更された。
1988年製造(6800系2次車)
  • 6800系4本が増備された[16]。台車は軸受け構造を片つば式に変更したFS521D形・FS098D形に変更された[51]
6500系6次車・6800系3次車からは車体構造が大幅に変更された ヘッドレストを装備するクロスシートに変更された6500系6次車・6800系3次車以降の車内
6500系6次車・6800系3次車からは車体構造が大幅に変更された
ヘッドレストを装備するクロスシートに変更された6500系6次車・6800系3次車以降の車内
1989年製造(6500系6次車・6800系3次車)