名阪近鉄バス株式会社
Meihan Kintetsu Co.,Ltd.
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種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 近鉄バス、名阪近鉄
本社所在地 日本の旗 日本
450-0002
愛知県名古屋市中村区名駅3丁目13-26交通ビルディング
設立 1930年5月24日
業種 陸運業
法人番号 7180001033082 ウィキデータを編集
事業内容 乗合バス事業、貸切バス事業、労働派遣事業
代表者 代表取締役会長 小倉 敏秀
代表取締役社長 松田 健
資本金 9,000万円
売上高 52億7,000万円
従業員数 540名
決算期 3月31日
主要株主 三重交通グループホールディングス 100%
主要子会社 名阪近鉄旅行ミドリサービス
関係する人物 佐伯勇上山善紀(ともに旧・日本高速自動車の社長)
外部リンク https://www.mkb.co.jp/
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本社が入る交通ビル

名阪近鉄バス株式会社(めいはんきんてつバス、Meihan Kintetsu Co.,Ltd. )は、本社を愛知県名古屋市に置く、近鉄グループ中間持株会社三重交通グループホールディングス傘下のバス会社。高速バス名神ハイウェイバス」、岐阜県大垣市を中心に路線バス、愛知県・岐阜県・三重県東海3県貸切バスを運行する。主な子会社名阪近鉄旅行がある。

1930年大垣自動車として設立され、同じ地域にあった養老電気鉄道(現養老鉄道養老線)の傘下となった後に、近畿日本鉄道の100%子会社となった。その後、近鉄グループのバス事業再編に伴い2007年10月1日をもって、営業エリアが一部重複する三重交通を傘下に持つ三交ホールディングス(現:三重交通グループホールディングス)が株式交換を行ったことでその子会社となった[1]

沿革

創業から近鉄グループ傘下へ

1930年5月24日[2]大垣自動車として現在の岐阜県大垣市で創立[3]。その後幾度かの合併を経て岐阜県西部に路線を拡張するとともに、1937年11月[3]、すでに大阪電気軌道参宮急行電鉄(現在の近畿日本鉄道)の子会社となっていた養老電鉄(現・養老鉄道養老線)の傘下に入る。戦時統合により1938年8月に陸上交通事業調整法が施行、1941年3月に関西急行鉄道株式会社(現:近畿日本鉄道)から事業を譲受する[3]1946年7月に大軌証券(現:近畿日本鉄道)が全ての発行株式を取得し[3]、完全に近鉄グループ傘下となる。

近鉄傘下となって以降は、1950年11月に貸切バス事業を開始[3]1956年8月に名古屋市で貸切バス事業を行っていた同系列の中京観光自動車を吸収合併し、新中京バス株式会社に社名変更[3]。名古屋に進出すると同時に本社を名古屋市に移し、東海3県での貸切バス事業を開始した。1958年9月には名古屋近鉄バスに再度社名を変更[3]1960年に全線開通した伊吹山ドライブウェイの建設にも関与した。1966年4月には子会社として株式会社名古屋近鉄バス観光社を設立[3](現:名阪近鉄旅行)、同年8月には伊吹山観光自動車道株式会社を合併している[3]

名神ハイウェイバスの運行

1964年名神高速道路が開通し、この道路を走る高速バス路線を国鉄(現JR東海バス西日本JRバス)および数多くの民間会社が計画したため混乱した。

この混乱を収拾するため、運輸省(現:国土交通省)による調整の上、名鉄系の日本急行バス名鉄京阪阪急近江鉄道などが出資)と、近鉄系の日本高速自動車(近鉄・阪神南海の3社が出資)の2社に集約の上、名神ハイウェイバスの運行を行うことにした。

しかしその後、東海道新幹線の開通やマイカーの普及などで乗客が低迷し、日本高速自動車は近鉄の単独出資の会社となった。同様に日本急行バスも名鉄の単独出資となり、その後名古屋観光日急から名鉄観光バスを経て、現在は名鉄バスへ高速バス事業が移管された。

1980年代以降の年表

1980年代以降の沿革は年表にまとめた。