山本 鉄弥(やまもと てつや、1946年4月26日 - 2007年1月26日)は、日本高校野球指導者。北海道渡島支庁椴法華村(現・函館市)出身。函館ラ・サール高等学校北海道教育大学札幌校卒業。北海道知内高等学校野球部監督として、同校を町立高校として史上初めてセンバツ出場に導いた名将として知られる。

2006年中期ごろから体調を崩しはじめ、2007年1月26日午前6時28分、以前患っていた大腸ガンの転移による肝臓ガンがきっかけで呼吸器不全を起こし急逝。60歳没。

来歴

大学卒業後、中学校教員となる。北海道鹿部町鹿部中学校に赴任。高校・大学での野球経験はないながらも野球部顧問を務め、全道大会へと導く。その後高校に転じ、1989年に北海道知内高等学校に赴任し野球部監督に就任。1990春季函館支部予選で初優勝を果たし、1991秋まで6季連続地区優勝を果たす。1990秋北海道大会で初勝利、1991春北海道大会ベスト4、1991夏には同地区の強豪函館大学付属有斗高等学校と対戦し9回2死から逆転サヨナラ勝ち(4-3)するなど北海道高校野球の強豪となり、1992秋北海道大会準優勝、1993年、同校を町立高校として初のセンバツ出場に導いた。その後は甲子園出場は叶わなかったが1994春北海道大会準優勝、1997南北海道大会ベスト4、1998春北海道大会ベスト4,2004秋北海道大会ベスト4等、北海道大会で同校を活躍に導いた。

主な教え子