工学(こうがく、engineering)とは、

工学が対象とする領域は広く、様々な分野に細分化されている。

概要

風力発電所(風力発電機群)。
風力発電所ひとつをとっても「再生可能エネルギーを用いて電力を供給する」という実用的な目的の実現の為に、装置群を設計し、製造し、適切な場所に設置し、適切に運用する必要があり、そのためにはエネルギー問題に関する知識、環境問題に関する知識流体に関する知識機械に関する知識材料に関する知識電気的な知識制御装置などの知識経済性に関する知識気象学的な知識や地域・場所ごとに全く異なる量に関する具体的なデータ、用地確保や海洋上での設置に関わる法律的な知識、騒音規制に関する法的知識や自治体ごとの条例の調査、風車ブレードに衝突してくることがある鳥の習性に関する知識 等々、様々な分野の知識を結集する必要があり、また事前にアセスメントを行い、発注者や設置地域住民等々に対してアカウンタビリティを果たす必要があり、現代の工学問題の実例となっている。

日本の国立8大学の工学部を中心とした「工学における教育プログラムに関する検討委員会」の文書(1998年)では、次のように定義されている。

工学とは数学自然科学を基礎とし、ときには人文社会科学知見を用いて、公共の安全健康福祉のために有用な事物や快適な環境を構築することを目的とする学問である。[2]

工学は大半の分野で、理学の分野である数学物理学化学等々を基礎としているが、工学と理学の相違点は、ある現象を目の前にしたとき、理学は「自然界(の現象)は(現状)どうなっているのか」や「なぜそのようになるのか」という、既に存在している状態の理解を追求するのに対して、工学は「どうしたら、(望ましくて)未だ存在しない状態やモノを実現できるか」を追求する点である[3]。或いは「どうしたら目指す成果に結び付けられるか」という、人間社会で利用されること、という合目的性を追求する点である、とも言える。

したがって工学では安全性経済性運用保守性といった、実用上の観点の価値判断が重要である。使用できる時間人員予算等といった資源の制約の中、工学的目的を達成するための技術的な検討とその評価を工学的妥当性と言い、工学的な性質の分析には、環境適合性使いやすさ、整備のしやすさ (Maintainability)、生涯費用(ライフサイクルコスト)など、(質量、速度などのある意味、即物的で一意的に測定できる性質とは違った、人間がある配慮のもとに構成した) <<評価方法>> が必要なものが多い。そうした評価方法の開発も工学の重要な分野とされる。

また公共の福祉に対する配慮も必要であり、工学各分野の学会(電気学会土木学会など)では倫理的な内容を盛り込んだ信条規定(Creed)が定められている。 工学には、他の学問の成果を社会還元するための技術開発という面もあるが、近年はそれに加えて、その技術の適用にあたっての長所短所調査アセスメント)、調査結果とともに調査過程の資料を公表説明すること(アカウンタビリティ)が求められるようになってきている。

現代の我々が用いている意味での "engineering" という用法・概念は18世紀になって生まれたものであるが、その概念に合致するような営みは、実際には古代から行われていたとも考えられている。(→#歴史

工学を実践する者を「エンジニア engineer」あるいは「技術者」と呼ぶ。日本では技術者の公式な資格の一つに技術士がある。

歴史

工学という用語や概念自体は歴史的に見れば比較的新しいものであるが、現代の「工学」という概念で照らしつつ人類の歴史を遡って眺めてみれば、それに相当するものは実際上は古代から存在していたと言うこともできる。

"engineering" という言葉・概念は比較的新しいもので、先に "engineer"(技術者)という言葉が存在していた。1325年ごろ文献に現れたときには「軍用兵器の製作者」を意味していた[4]。当時、"engine" には「戦争に使われる機械仕掛け」(例えばカタパルト)すなわち「兵器」という意味があった。"engine" の語源1250年ごろラテン語ingenium からできた語で、ingenium は「先天的な特性、特に知能」を意味し、そこから派生して「賢い発明品」を意味した[5]なお、"engineer" は "engine" に接尾辞 "-eer" がついた形で「機関の操作者」という意味、といったような説明がたいへんしばしば見られるが、(少なくともそれが現在の意味における「機関」(engine)ではなく)誤り(異分析)であり、英語版Wiktionaryのengineerの記事でも「Sometimes erroneously linked with engine + -eer. 」としている[6]

後に民間の橋や建築物の建設技法が工学分野として円熟してくると、"civil engineering"[7] (日本語にあえてすれば土木工学)と呼ばれるようになった。これは "engine" が元々「兵器」を意味していたことから、軍事とは無関係の分野であることを示すために "civil"(市民)とつけたものである。

つまり、古くは "engineering" という語は military engineering 軍事技術だけを意味していたことがある[1]。だが、18世紀以降は "civil engineering"(=軍事以外の技術)が発展し、それ以来 "engineering" という言葉は、エネルギーや資源を利用しつつ便宜を得る技術一般[1]を指すようになったのである。

近代的な「工学」と概念は上記のような経緯で形成されたわけであるが、そうした近代的な「工学」に合致するものを人類の歴史を遡ってあらためて探してみると、すでに古代にもそれは見つかる。古代の人々が滑車梃子車輪といった基本的機構を発明したころから存在していたことになる。基本的な機械的(物理的)原理を利用して便利な道具やモノを作るという意味で、これらの発明も工学の現代的定義に合致しているのである。

古代

アレクサンドリアの大灯台エジプトピラミッドバビロンの空中庭園ギリシャアクロポリスパルテノン神殿古代ローマローマ水道ローマ街道コロッセオマヤ文明インカ帝国アステカテオティワカンなどの都市やピラミッド、万里の長城などは、古代の工学の精巧さと技能を示している。

最古の名の知られている土木技術者としてイムホテプがいる[7]。エジプトのファラオであるジェセル王に仕え、紀元前2630年から2611年ごろサッカラジェセル王のピラミッド階段ピラミッド)の設計と建設の監督をしたと見られている[8]

古代ギリシアでは、民間用と軍事用の両方の分野で機械が開発された。アンティキティラ島の機械は、既知の世界最古のアナログコンピュータといわれており[9][10]アルキメデスの発明した機械は初期の機械工学の一例である。それらの機械には差動装置または遊星歯車機構の知識を必要とし、その2つの機械理論の重要な原理が産業革命でのギアトレーン設計を助け、今でもロボット工学自動車工学といった様々な分野で広く使われている[11]

紀元前4世紀ごろのギリシアで投石機が開発され[12]、中国、ギリシア、ローマでは三段櫂船バリスタカタパルトといった複雑な機械式兵器が使われていた。中世にはトレビュシェットが開発されている。

ルネサンス期

レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452 - 1519)の自画像。ルネサンス期の人物。芸術家兼工学者の典型[13]。国王や貴族たちに対し、兵器製造に関する技術や(国王の偉大さを示すための)彫像の制作技術を身につけていることを売り込みつつ、彼らの庇護を得て、様々な活動を行った。建築物の設計、(当時の "写真" とも言える)絵画技法の探求、人体解剖を行い、ヘリコプターの構想まで行った。

ウィリアム・ギルバートは、1600年に De Magnete を著し、"electricity"(電気)という言葉も史上初めて使ったということで電気工学の祖とされている[14]

機械工学の分野では、トーマス・セイヴァリ1698年に世界初の蒸気機関を作った[15]。蒸気機関の開発が産業革命をもたらし、大量生産の時代が始まった。

18世紀には工学を専門とする専門職が確立し、工学は数学や科学を応用する分野のみを指すようになっていった。同時にそれまで軍事と民間の工学とされていた分野に、それまで単なる技能とみなされていた機械製作も工学分野の一つとされるようになった。

近現代

産業革命で大きな役目を果たしたワット蒸気機関は工学の重要性を示す歴史上の例である。

電気工学の発端は1800年代アレッサンドロ・ボルタの実験であり、その後マイケル・ファラデーゲオルク・オームといった先駆者の実験を経て1872年電動機が発明された。19世紀後半にはジェームズ・クラーク・マクスウェルハインリヒ・ヘルツの成果によって電子工学の分野が始まった。その後の真空管トランジスタの発明によって電子工学の発展が加速され、今では工学の中でも特に技術者の多い領域となっている[7]

トーマス・セイヴァリジェームズ・ワットの発明によって機械工学の発展が促された。産業革命期に各種機械やその修理や保守のための道具が発達し、イギリスからさらに海外へと広まっていった[7]

化学工学産業革命期の19世紀に機械工学と共に発展した[7]。大量生産は新素材や新製法を必要とし、化学物質の大量生産の必要性から1880年ごろまでに新たな産業として確立された[7]。化学工学はそういった化学工場や製法の設計を担っている[7]

航空工学航空機の設計を扱う分野で、航空宇宙工学はそれを宇宙船の設計にまで広げた比較的新しい学問分野である[16]。その起源は19世紀から20世紀にかけての航空機の先駆的開発にあるが、最近では18世紀末のジョージ・ケイリーの業績が起源とされている。初期の航空機は他の工学分野の概念や技法を取り入れつつ、大部分は経験主義的に発展していった[17]

ライト兄弟が初飛行に成功してわずか10年後には航空工学が大いに発展し、第一次世界大戦には軍用航空機が開発されるまでになった。一方で、理論物理学と実験を結合することで科学的な基礎付けをする研究が行われていった。

工学の博士号を最初に取得した人物は、イェール大学ウィラード・ギブズで、1863年のことである。これは自然科学分野でもアメリカ合衆国で2人目の博士号である[18]

コンピュータの利用

スペースシャトルの大気圏再突入の際の高速な空気の流れのコンピュータ・シミュレーション

コンピュータが工学に果たす役割は大きくなっている。工学についてコンピュータが支援を行う各種ソフトウェアが存在する。数理モデルの構築や、それに基づいた数値解析もコンピュータを使用してなされている。

例えばCADソフトウェアは3次元モデルや2次元の設計図の作成を容易にする。CADを応用したデジタルモックアップ (DMU) や有限要素法などを使ったCAEソフトウェアを使えば、時間とコストのかかる物理的なプロトタイプを作らなくともモデルを作成して解析を行うことができる。

コンピュータを利用することで、製品や部品の欠点を調べたり、部品同士のかみ合わせを調べたり、人間工学的な面を研究したり、圧力・温度・電磁波・電流と電圧・デジタル論理レベル・流体の流れ・動きなどシステムの静的および動的特性を解析できる。これらの情報を総合的に関するソフトウェアとして製品情報管理がある[19]

特定の工学分野のためのソフトウェアもある。例えば、CAMソフトウェアはCNC機械に与える命令列を生成する。生産工程を管理するソフトウェアとして工程管理システム (MPM) がある。EDAは半導体集積回路プリント基板や電子回路の設計を支援する。間接材調達を管理するMRO (Maintenance, Repair and Operations) ソフトウェアなどもある。

近年では、製品開発に関わるソフトウェアの集合体として製品ライフサイクル管理 (PLM) ソフトウェアが使われている[20]

社会的状況

工学は本質的に社会や人間の行動に左右される。現代の製品や建設は必ず工学設計の影響を受けている。工学設計は環境・社会・経済に変化を及ぼす強力なツールであり、その応用には大きな責任が伴う。多くの工学系の学会は行動規約や倫理規約を制定し、会員や社会にそれを周知させようとしている。

工学プロジェクトの中には論争となっているものもある。例えば、核兵器開発、三峡ダム建設、SUVの設計と使用、重油抽出などである。これに対して、企業の社会的責任について厳しい方針を設定している工学企業もある。

工学は人間開発の重要な駆動力の1つである[21]。アフリカのサハラ砂漠周辺の工学的キャパシティは非常に低く、そのためアフリカ諸国の多くは独力で重要なインフラストラクチャを開発することができないでいる。ミレニアム開発目標の多くを達成するには、インフラストラクチャの開発と持続可能な技術的開発ができるだけの十分な工学的キャパシティを必要とする[22]

海外での開発や災害救助を行うNGOは技術者を多数抱えている。次のようないくつかの慈善団体が人類のために工学を役立てることを目指している。