志布志事件(しぶしじけん)とは、2003年平成15年)4月13日投開票の鹿児島県議会議員選挙(統一地方選挙)の曽於郡選挙区で当選した中山信一県議会議員の陣営が、曽於郡志布志町(現・志布志市)の集落で、住民に焼酎や現金を配ったとして、中山やその家族と住民らが公職選挙法違反容疑で逮捕された事件を巡る捜査において、鹿児島県警察捜査第二課・統一地方選公選法違反取締本部が、自白の強要や、数か月から1年以上にわたる異例の長期勾留と、違法な取り調べを行った事件の通称である。

この集落は、自民党所属で当選7回(当時)の鹿児島県議会議員・森義夫が強固な地盤を築いていたことで知られていた。森は捜査を指揮した警部(当時)と20年来の親交が有り、捜査開始前に警部が森を訪ねただけでなく、度々情報交換を行っていたことが取材により判明している[1]

マスメディアでは鹿児島選挙違反事件(かごしませんきょいはんじけん)、鹿児島県議選買収事件(かごしまけんぎせんばいしゅうじけん)などとの通称も使われる。

事件経過

2003年当時、鹿児島県議会曽於郡選挙区は定数3で、自民党公認の現職3名が無投票で再選される見通しとなっていた。ところが、志布志町議会議員であった中山信一が無所属で出馬したことにより、一転して4名による激しい選挙戦が繰り広げられ、中山は3位で当選(後に自民党会派へ参加)。自民党現職の市ヶ谷誠が次点となり落選した。

缶ビール供与事件(踏み字事件)

投開票翌日の2003年平成15年)4月14日早朝、中山信一と姻戚関係にあり、陣営の運動員をしていたホテル経営者の男性が、志布志町内の集落において中山への投票を依頼して缶ビールを配った容疑があるとし、志布志警察署より出頭要請を受け、任意聴取を受けた。

ホテル経営者はこの容疑に全く心当たりがなく、容疑を全面否認。しかし、捜査担当者は連日にわたりホテル経営者を署で取り調べ、3日目の4月16日にはホテル経営者の父・義父(妻の父)・孫の3名からのメッセージに見立てて「お前をそんな息子に育てた覚えはない」「こんな男に娘を嫁にやった覚えはない」「早く正直なじいちゃんになって」と書いた紙をホテル経営者の座る椅子の前に置き、警部補がホテル経営者の両脚を持って、それらの紙を強引に踏み付けさせる踏み絵ならぬ「踏み字」を強要した。

結局、ホテル経営者の取り調べは証拠不十分のため打ち切られたが、ホテル経営者は精神的苦痛から体調を崩し入院した。その後、このホテル経営者から投票を依頼され、缶ビールを受け取ったとされた建設会社役員の取り調べでは、捜査担当者が始めから、容疑を認める内容の供述をした旨が記載された供述調書を提示して、署名をするよう強要したものの、役員は「事実と異なる」として供述調書の署名を拒否。そのため、缶ビール事件の捜査は打ち切られた。

焼酎・現金供与事件

県警は次に、中山陣営の運動員から焼酎2本と現金2万円の入った封筒を受け取った容疑で、志布志町内在住の女性ら13名の取り調べを始める。この女性は最初に任意で事情聴取を受けた際は容疑を否認したが、再び出頭要請を受け自宅近くの交番で取り調べを受ける。しかし、容疑を否認し続けたことに対して捜査担当者が業を煮やし「認めれば逮捕はしない」として交番の窓を開け、女性を窓際に立たせて焼酎2本と現金を受け取ったことを認める旨を表通りに向かって「私がやりました」と絶叫する事を強要した。女性は命令に従ったものの、有力な物証がないことから起訴には至らなかった。

4月18日、県警は、現金と焼酎を配った公選法違反容疑で中山陣営の運動員として活動していた別の女性を逮捕。この女性は出頭要請時に「容疑を認めなければお前の家族も全員まとめて逮捕してやるぞ」と警察官から脅迫され、やむなく出頭に応じるが、以後115日間にわたる長期間の勾留を強いられた結果、身に覚えのない買収行為を認める旨の供述調書に署名した。それにより、この女性の夫も逮捕され181日間にわたり勾留される。

しかし、この事件も、物証であるはずの封筒が出て来なかったり、捜査の中途で配られた現金の額が2万円から1万円に減額されるなど、不自然な点が多くあった。最終的に13名が取り調べを受け、供述調書に署名した2名が起訴された。

買収会合事件

県警は焼酎・現金供与事件で任意の事情聴取に応じたうち1名の証言から、「中山本人が志布志町内の集落で4回にわたり会合を開き、出席者に現金を直接配る買収行為を行った」容疑があるとして裏付け捜査を開始する。その結果、この集落にある7世帯の住民が次々と逮捕・起訴され、102 - 186日の長期勾留を強いられる異常事態となった。

15名中、9名は容疑を否認したが、6名は捜査担当者の自白強要や「村八分」への恐怖心から容疑を認める旨の供述を行い、県警は中山と妻を6月4日に公選法違反容疑で逮捕した。中山と妻は一貫して容疑を否認したものの、妻は273日間の、さらに中山は395日間と実に1年以上の長期勾留を強いられた。

なお、公選法第97条の規定では、選挙当日から90日以内に当選者が死亡・辞職などの理由で欠員となった場合、次点の候補者が繰り上げ当選となるが、中山は90日を超過した7月20日弁護士を通じて県議会議長に辞職(および自民党会派からの離脱)を届け出たため、次点であった元職・市ヶ谷の繰り上げ当選にはならず、翌2004年7月11日に補欠選挙が実施された。この補欠選挙には中山と市ヶ谷の2名が出馬したが、市ヶ谷が当選し、中山の県議復帰はならなかった。

無罪判決

最終的に、有権者に焼酎や現金191万円を配ったとして、贈賄側として中山とその妻、収賄側として住民11名の合計13名が、焼酎・現金供与事件と買収会合事件の公職選挙法違反2件で起訴されたが、鹿児島地方裁判所における公判では、取り調べに際して容疑を認めた6名を含め、全員が容疑を否認。一方、鹿児島地方検察庁側も物証を欠いたまま、自白の供述調書を唯一の証拠として争ったが、4回行われたとされる会合のうち、2回は日時の特定に至らず、残り2回も中山側のアリバイが提示された。これに対し、一旦提示された日時が二転三転するなど混迷を極めた。

2007年2月23日、鹿児島地方裁判所で担当裁判長を務めた谷敏行判事は、

  • 4回行われたとされる会合のうち2回は日時が特定されておらず、日時が特定されている2回についても中山は同窓会や別の場所で行われていた会合に出席していることが確認され、いずれもアリバイが成立する。
  • そもそも、7世帯の小規模な集落で多額の現金を供与する行為が、投票の取りまとめに結び付く効果が有るかどうか疑わしい。

などの理由を挙げて、唯一の証拠とされた供述調書の信用性を否定。主犯とされた中山を始め被告人12名全員(起訴された13名中、1名は公判中に病死のため公訴棄却)に無罪判決を言い渡した。検察側が控訴しなかったため、そのまま無罪が確定判決となった。

処分

  • 黒 健治(当時の志布志警察署署長) - 本部長注意
  • 磯部 一信(警部・捜査主任) - 所属長訓戒
  • 濱田 隆広(警部補) - 3ヶ月間減給110

事件後の主な動向