敬宮愛子内親王
Princess Aiko cropped 1 Crown Prince Naruhito Crown Princess Masako and Princess Aiko 20160801.jpg

続柄
称号 敬宮(としのみや)
全名 愛子(あいこ)
身位 内親王
敬称 殿下
お印 ゴヨウツツジ
出生 (2001-12-01) 2001年12月1日(17歳)
日本の旗 日本東京都千代田区千代田
皇居宮内庁病院
父親 徳仁(今上天皇)
母親 皇后雅子
テンプレートを表示
称号: 内親王
Japan Kouzoku Flag 16ben.svg
敬称 殿下
Her Imperial Highness the Princess
皇室
Imperial Seal of Japan.svg

天皇 徳仁
皇后 雅子






敬宮愛子内親王(としのみや あいこないしんのう、2001年平成13年〉12月1日 - )は、日本皇族。第126代天皇徳仁皇后雅子の第1皇女子。明仁上皇)の孫。称号敬宮(としのみや)、お印ゴヨウツツジ(五葉つつじ)。身位内親王皇室典範に定める敬称は殿下

21世紀3千年紀)に誕生した初の皇族で、2019年令和元年)5月1日現在、最年少の女性皇族[1]

住居は、東京都港区元赤坂二丁目の赤坂御用地内にある赤坂御所(旧:東宮御所)。

人物・来歴

父:徳仁(今上天皇) 母:皇后雅子
父:徳仁(今上天皇)
お印に選ばれたゴヨウツツジ
2013年11月、祖父・第125代天皇明仁(当時)や皇族らと
2016年8月1日、「水を考えるつどい」にて皇太子徳仁親王(中央)、同妃雅子(右から2人目)らと

(各事象等における身位の表記は、当時に沿う。)

2001年平成13年)12月1日14時43分、皇太子徳仁親王と皇太子妃雅子(両者とも当時)の間に、東京都千代田区宮内庁病院で出生。同日、祖父である第125代天皇明仁から守り刀(人間国宝である大隅俊平作)とが贈られる「賜剣の儀」が行われた[2][3]。刀身は約25センチで全長約40センチ。

また、小泉純一郎首相(当時:第1次小泉内閣)が「内親王殿下の御誕生を迎えて」の内閣総理大臣謹話を発表した[4]

同年12月7日、「浴湯の儀」「命名の儀」「賢所皇霊殿神殿に誕生命名奉告の儀」が行われ、天皇から「愛子(読み:あいこ)」と命名され、「敬宮(読み:としのみや)」の称号を受けた。名と称号の由来は

人をする者は人恒に之を愛し、人をふ者は人恒に之を敬ふ。

—『孟子』離婁下

に拠る。皇太子・同妃(当時)、そして学者[5]が相談して内定し、祖父の天皇(当時)も両親である皇太子・同妃(当時)の意向を尊重して命名した[6][7]

浴湯の儀に伴って行われる「読書鳴弦」の儀式では、元学習院大学児玉幸多により、『日本書紀』から8人10代存在した女性天皇のうち最初の女帝にあたる推古天皇に関する部分が読まれている[8]。お印のゴヨウツツジ那須御用邸でも5月に咲く花で、両親の「この純白の花のような純真な心を持った子供に育ってほしい」という願いを込めた[9]

平成の皇太子夫妻の待望の第一子誕生に対して、国民の祝賀の記帳は宮内庁関連で12万人、全国の自治体で65万人、合計77万人に達した。12月2日夕、皇居前広場で「新宮さまのご誕生をお祝いする国民の集い」が開かれ、奉祝国会議員連盟会長の麻生太郎をはじめ政治家や竹下景子西田ひかるなどの芸能人、毛利衛長嶋茂雄などの著名人が祝辞を述べ、2万5千人が集まり万歳して祝意を表した[10][11]

幼時には、両親(皇太子・同妃)から「愛ちゃん」と呼ばれた[12]

2005年(平成17年)春から週2回、東京都渋谷区こどもの城に通い、音楽遊びなどを通じて集団生活に親しんだ[13]

2006年(平成18年)4月11日学習院幼稚園に入園。同年8月、皇太子・同妃(当時)である両親のオランダ旅行・滞在に同行して、初めて海外訪問した[14]

同年11月11日に、袿(うちき)と袴をつけ「着袴の儀」を行った。このとき着けた「濃色(こきいろ、濃い赤色)」の袴は、誕生のときに贈られたものである。この頃には自転車の練習なども始めている[15]

2008年(平成20年)3月に学習院幼稚園を卒園し、同年4月に学習院初等科に入学。2009年(平成21年)の初等科2年生時には、漢字の書き取りや習字を行う姿が報道された[16]

2010年(平成22年)2月下旬から風邪を患うなど体調不良が原因となり欠席しがちだった[17]が、同年3月5日になって野村一成(当時の東宮大夫)が、「3月上旬に発生した初等科での児童同士のトラブルから体調不良となり、学校を欠席した」と発表した後、同日にまた学校法人学習院側も記者会見を開き同様の発表がなされ、大きな波紋を呼んだ(詳細は「愛子内親王不登校騒動」)[18][19][20][21]

2011年(平成23年)秋より、初等科への通学は平常な状態に戻った[22][23]

2012年(平成24年)には学習院初等科5年生となり、「管弦楽部(パートチェロ)、バスケットボール部などの部活動での練習にも励み、学習院女子大学で開催された英会話セミナーにも通い出した」と報道された[24]

2014年(平成26年)3月に学習院初等科を卒業し、同年4月に学習院女子中等科に入学[25][26]。同年7月15日に自身の曽祖父母にあたる昭和天皇香淳皇后武蔵野陵を初めて参拝し[27]、また、7月30日に伊勢神宮を初めて参拝した[28]。同年8月3日、全国高等学校総合体育大会を両親との一家で訪れ、女子サッカーと男子バレーボールの試合を観戦した[29]

同年12月1日、13歳の誕生日を迎え、皇居内の御所に居住する祖父母の天皇明仁と皇后美智子(当時、現:上皇と上皇后)を初めて一人で挨拶のため訪問した。春からはテニスソフトボールを始めている。授業の科目数も増え、学業にスポーツにと忙しい日々を過ごす[30]

2015年(平成27年)戦後70年の節目の夏には、初めて戦争の企画展示(「昭和館」東京都千代田区)に足を運び見学したほか、第二次世界大戦の体験者からも直接話を聞いた[31][32][33]

2016年(平成28年)8月、両親の皇太子徳仁親王・同妃雅子(当時)の地方公務に初めて同行し長野県上高地を訪れた[34][35]。同年9月26日から胃腸が弱りふらつきなどの症状のため学校を欠席したが[36]、休養に努め11月に学校に復帰した。

2017年(平成29年)3月、学習院女子中等科を卒業し[37]、発表された卒業文集の作文「世界の平和を願って」[38]では、「『平和』は、人任せにするのではなく、一人ひとりの思いや責任ある行動で築きあげていくものだから」などと、修学旅行で広島を訪れ原爆の悲劇を見て感じた平和を築いてゆく願いを綴り、多くの国民の感動を呼んだ。同年4月、学習院女子高等科に入学[39]

2018年(平成30年)7月22日-8月9日まで、イギリスに短期留学した。(学習院女子高等科の海外研修プログラム) 首都ロンドン郊外のイートン校で英語教育、更にポーツマスオックスフォードで英国の文化を体験した[40]

2019年令和元年)5月1日天皇の退位等に関する皇室典範特例法の施行(前日の平成31年4月30日に祖父の天皇明仁が退位し上皇となり、祖母の皇后美智子上皇后となる。)により父の皇太子徳仁親王が第126代天皇(今上天皇)に即位、母の皇太子妃雅子も立后し皇后となる。これに伴い、学習院女子高等科第3学年在学中の敬宮愛子内親王は第一皇女子として、天皇皇后を両親に持つ唯一の人物となる。

内親王を巡って

待望久しかった皇太子夫妻の第1子であったことから、誕生と同時に注目を集めた。出産翌日には皇居前広場で祝賀の「国民の集い」が行われ、約2万5000人もの市民が集った。皇居に記帳所が設置され、また赤坂では提灯行列が行われた。出産翌日に対面した父・皇太子は「非常に元気そうですね」という感想を述べた[41]

しかし、その後マスメディアに露出することを控えたため、「発達の遅れがあるのではないか」等といった噂・憶測が、2004年(平成16年)頃に海外メディアを中心に流れ[42]、一部の国内週刊誌にもとりあげられた[43][44]。この状況を受け、同年6月の定例会見にて林田英樹東宮大夫は、ただちに「事実無根で不本意」と否定[45]宮内庁は同年9月にスナップ写真や父の皇太子徳仁親王が東宮御所内で撮影したビデオ映像を公開し、事態の収束につとめた。ビデオ映像の中には父親の皇太子を「パパ」と呼びながら絵本を読む姿などが映されていた[46]

学習院幼稚園に入園してからは、運動会の大玉転がし、オール学習院の集いでの合唱の様子などがテレビ報道で公開されている[47]。その後は、こうしたメディアの定期的な取材を受けることにより、敬宮愛子内親王が心身とも健康であることが浸透した。2013年(平成25年)においては、「学習院初等科での成績は学年でのトップクラス」と伝えられている[48]

1965年(昭和40年)の秋篠宮文仁親王誕生以降長期にわたり皇室に男子が誕生しなかったため、皇統に属する男系男子にのみ皇位継承権を認める現行の皇室典範見直しの機運が高まり、皇太子徳仁親王に第一子として女子が誕生したこともまたこれを後押しした。そのため、2005年(平成17年)から2006年(平成18年)にかけて、当時の小泉純一郎首相の私的諮問機関として「皇室典範に関する有識者会議」において(第117代後桜町天皇以来の女帝として)敬宮愛子内親王の即位を念頭においた女性天皇女系天皇の可能性が検討された(詳細は「皇位継承問題」も参照)[49]。その後、2006年(平成18年)9月6日、秋篠宮妃が皇室で41年ぶりの男子・悠仁親王を出産したことで、皇室典範見直しの動きは止まった[50][51]

愛子内親王にちなむ花

プリンセスアイコ

誕生後、以下の3種類のバラが愛子内親王にちなんで名づけられた[52]

また、河野メリクロンのシンビジウム「シンビジウム愛子さま」も同様に名付けられた花である[53]

逸話

スポーツ試合観戦

運動・スポーツ面

  • 運動神経 – 競走が速く、学習院初等科運動会では度々リレーの選手に選ばれていた[58]2013年(平成25年)の6年生の時には校内の遠泳行事に参加し、3kmを泳ぎきった。運動会では組体操に参加した[59][60]
  • バスケットボール - 2012年(平成24年)の初等科5年生時に、運動のクラブ活動として、バスケットボール部に入部。初めは野球部を考えたが、女子の団体競技としてバスケットボールを選択した[61]
  • スキー - 幼少より親しんでいる。2013年(平成25年)1月、冬休みに学習院初等科の同級生グループと長野県奥志賀高原スキー場スキー合宿に出かけ、レッスンを受けた[62]。3月下旬にも同県に一家でスキーに訪れ、練習の成果もあり上級者向けコースに挑戦した。同年4月5日、宮内庁は敬宮愛子内親王の春休みのスキー映像と写真を公開した[63][64]
  • テニス・ソフトボール - 2014年(平成26年)、中学生になってからはテニスソフトボールに関心を持ち、赤坂御用地のコートや庭で、両親や宮内庁職員とプレーを楽しむことがある[65]

日本文化と音楽

自然

  • 天体観測を好み、2018年(平成30年)1月には両親の皇太子夫妻(当時)と皆既月食を観察した。

ペット

自身が誕生した頃から自宅の東宮御所(当時→赤坂御所)で飼われているを可愛がっている[74][47]。誕生日会見などでも一緒に写ることがある[75][76]。迷い犬や猫、動物病院で保護された犬や猫を譲り受けている。

「ピッピ」と「マリ」
愛子内親王の誕生前より両親の皇太子夫妻(当時)が飼育していた犬。赤坂御用地に迷い込んだ雌犬が産んだ10匹の子犬のうちの2匹。2009年(平成21年)に2匹共、老衰で他界した。
「由莉」(ゆり)
2009年(平成21年)4月から飼育している柴犬のMIX。まりに似た名前を付けた。写真撮影で一緒に写る時にしているバンダナは愛子内親王の手作り。静養先でも行動を共にすることがある。
「にんげん」と「みー」
2010年(平成22年)春、学習院初等科3年次に赤坂御用地に紛れ込んだ母猫の『にんげん』は、2016年(平成28年)5月に病気で死去するまで飼っていたメス猫である(キジトラ白MIX)。「にんげん」は紛れ込んだ後すぐに4匹の子猫を産み、その内1匹を引き取って、「みー」と名付けて飼育している。
「セヴン」
2016年(平成28年)より飼育している猫。7月生まれ。キジトラ白MIXクラシックタビー。

呼称

父・今上天皇は、自身の一人娘を誕生後の会見から一貫して「愛子(あいこ)」と呼んでいる[12][77]。平成15年時点では、今上天皇(当時:皇太子)は「愛子」、記者は「敬宮さま」としている。上皇上皇后(当時:天皇・皇后)は「敬宮」としていた[78]が、2006年(平成18年)以降は同様に「愛子」と呼んでいる[79]

マスメディアの皇室報道においても、当初は御称号から「敬宮さま(としのみやさま)」の呼称が用いられていた[77]が、のちに「愛子さま(あいこさま)」へ転じ[80]、「愛子さま」という呼称が国民の間にも広く定着している[81]

敬宮愛子内親王の学習院での学校生活においては、「敬宮 愛子(としのみや あいこ)」の名が用いられているという[81]

宮内庁のウェブサイトでは、「敬宮殿下(としのみやでんか)」か「愛子内親王殿下(あいこないしんのうでんか)」となっている[82]

系譜

愛子内親王 父:
第126代 今上天皇
祖父:
上皇明仁
曾祖父:
昭和天皇
曾祖母:
香淳皇后
祖母:
上皇后美智子
曾祖父:
正田英三郎
曾祖母:
正田富美子
母:
皇后雅子
祖父:
小和田恆
曾祖父:
小和田毅夫
曾祖母:
小和田静
祖母:
小和田優美子
曾祖父:
江頭豊
曾祖母:
江頭寿々子
 
 
 
 
 
 
 
 
歴代天皇
 
歴代皇后
 
親王
 
内親王女王
 
臣籍降下
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大正天皇(明治天皇の子)
 
貞明皇后(大正天皇の妻)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
昭和天皇(大正天皇の子)
 
香淳皇后(昭和天皇の妻)
 
秩父宮雍仁親王(大正天皇の子)
 
雍仁親王妃
勢津子
(秩父宮雍仁親王の妻)
 
高松宮宣仁親王(大正天皇の子)
 
宣仁親王妃
喜久子
(高松宮宣仁親王の妻)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
三笠宮崇仁親王(大正天皇の子)
 
崇仁親王妃
百合子
(三笠宮崇仁親王の妻)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
東久邇成子
(照宮)
(昭和天皇の子、臣籍降下)
 
久宮祐子内親王(昭和天皇の子)
 
鷹司和子
(孝宮)
(昭和天皇の子、臣籍降下)
 
池田厚子
(順宮)
(昭和天皇の子、臣籍降下)
 
上皇
(明仁)
(昭和天皇の子)
 
上皇后
(美智子)
(上皇明仁の妻)
 
常陸宮正仁親王(昭和天皇の子)
 
正仁親王妃
華子
(常陸宮正仁親王の妻)
 
島津貴子
(清宮)
(昭和天皇の子、臣籍降下)
 
近衞甯子(三笠宮崇仁親王の子、臣籍降下)
 
寬仁親王(三笠宮崇仁親王の子)
 
寛仁親王妃
信子
(寬仁親王の妻)
 
桂宮
宜仁親王
(三笠宮崇仁親王の子)
 
千容子(三笠宮崇仁親王の子、臣籍降下)
 
高円宮憲仁親王(三笠宮崇仁親王の子)
 
憲仁親王妃
久子
(高円宮憲仁親王の妻)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第126代
今上天皇
(徳仁)
(上皇明仁の子)
 
皇后雅子(今上天皇徳仁の妻)
 
皇嗣秋篠宮文仁親王(上皇明仁の子)
 
皇嗣妃文仁親王妃紀子(皇嗣秋篠宮文仁親王の妻)
 
黒田清子
(紀宮)
(上皇明仁の子、臣籍降下)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
彬子女王(寬仁親王の子)
 
瑶子女王(寬仁親王の子)
 
 
 
 
 
承子女王(高円宮憲仁親王の子)
 
千家典子(高円宮憲仁親王の子、臣籍降下)
 
守谷絢子(高円宮憲仁親王の子、臣籍降下)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
愛子内親王(今上天皇徳仁の子)
 
 
 
眞子内親王(皇嗣秋篠宮文仁親王の子)
 
佳子内親王(皇嗣秋篠宮文仁親王の子)
 
悠仁親王(皇嗣秋篠宮文仁親王の子)
 
 
 
 
 


脚注

[ヘルプ]

注釈・出典

  1. ^ 同日現在、最年少の皇族は、皇位継承順位第2位で、従弟にあたる悠仁親王(男性)。
  2. ^ “天皇陛下から赤ちゃんに守り刀と袴 賜剣の儀式”. asahi.com (朝日新聞社). (2001年12月1日). http://www.asahi.com/national/birth/K2001120101387.html 2013年4月15日閲覧。 
  3. ^ (椎谷 2002, pp. 140-143)
  4. ^ “内閣総理大臣謹話 [内親王殿下の御誕生を迎えて 平成13年12月1日”]. 首相官邸. (2001年12月1日). http://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11236451/www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2001/1201denka.html 2019年7月15日閲覧。 
  5. ^ 秋山虔鎌田正米山寅太郎の三名
  6. ^ “お名前は「敬宮愛子さま」・命名の儀”. NIKKEI NET (日本経済新聞社). (2001年12月7日). オリジナルの2009年6月3日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090603003225/http://www.nikkei.co.jp/sp2/nt30/20011207DCCI017707030001.html 2013年4月15日閲覧。 
  7. ^ (椎谷 2002, pp. 143-166)
  8. ^ (椎谷 2002, pp. 143-166)
  9. ^ (椎谷 2002, pp. 166-168)
  10. ^ 皇太子殿下お誕生日に際し(平成14年)”. 宮内庁 (2002年2月20日). 2013年4月15日閲覧。
  11. ^ (椎谷 2002, pp. 248-264)
  12. ^ a b 愛子内親王殿下御誕生につき(平成14年)”. 宮内庁 (2002年4月2日). 2013年4月15日閲覧。
  13. ^ “愛子さま4歳”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2005年12月1日). http://www.yomiuri.co.jp/features/impr/birth/ 2013年4月15日閲覧。 
  14. ^ 2006年8月20日 Epoch Times in Japan 写真報道:皇太子ご一家オランダで、雅子さま初の海外静養
  15. ^ 2006年11月11日 中京テレビ 愛子さま、「着袴の儀」
  16. ^ 2008年12月1日 日テレNEWS24 愛子さま 9歳のお誕生日に皇居をご訪問
  17. ^ 2010年3月6日 東京新聞「愛子さま登校できず「乱暴な子」見て不安訴え」。記事では、“2月22日から26日の間、25日以外を欠席した”としている。なお、2月27-28日は土日
  18. ^ “愛子さま学校お休みに 同級生の「乱暴なふるまい」で”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). (2010年3月5日). オリジナルの2010年12月4日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101204163714/http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/100305/imp1003051541001-n1.htm 2013年4月15日閲覧。 
  19. ^ 2010年3月5日 日テレ24 愛子さま、登校できず 一部の児童が乱暴で
  20. ^ 2010年3月11日 日テレNEWS24 両陛下「十分に配慮を」愛子さま通学問題
  21. ^ 2010年12月1日 日テレNEWS24 愛子さま 9歳に 学校で過ごす時間増える
  22. ^ “【皇室ウイークリー】(206)ブータン国王「明治神宮で陛下の長寿をお祈りした」 20歳眞子さまも宮中晩餐会へ”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). http://sankei.jp.msn.com/life/news/111119/imp11111907010002-n3.htm 2013年4月15日閲覧。 
  23. ^ 2011年12月1日 日テレNEWS24 愛子さま、10歳に 1人での通学増える
  24. ^ 英語教室では「トッシー」校外学習で愛子さま完全復活”. 朝日新聞出版 (2012年6月29日). 2012年7月9日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2013年4月15日閲覧。
  25. ^ 真鍋光之 (2014年4月6日). “愛子さま:入学式 「中学生活、楽しみ」”. 毎日新聞 (毎日新聞社). http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20140407k0000m040014000c.html 2014年4月7日閲覧。 
  26. ^ 2014年4月6日 日テレNEWS24 愛子さま 学習院女子中等科に入学
  27. ^ “愛子さま 昭和天皇の御陵などを初参拝”. 日テレNEWS24 (読売新聞社). (2014年7月15日). http://www.news24.jp/articles/2014/07/15/07255214.html 2014年9月29日閲覧。 
  28. ^ “皇太子ご一家が伊勢神宮ご参拝 愛子さまは初めて”. MSN産経ニュース (産経新聞社). (2014年7月30日). http://sankei.jp.msn.com/life/news/140730/imp14073009350002-n1.htm 2014年9月29日閲覧。 
  29. ^ 2014年8月3日 日テレNEWS24 愛子さま、高校総体の男子バレーを観戦
  30. ^ 2014年12月1日 日テレNEWS24 愛子さま13歳に 初めて一人で皇居訪問
  31. ^ 産経ニュース 愛子さま、14歳のお誕生日
  32. ^ 2015年7月26日 日テレNEWS24 愛子さま、「戦後70年」の特別展へ
  33. ^ 2015年8月23日 日テレNEWS24 皇太子ご夫妻と愛子さま 戦時中の生活展へ
  34. ^ 2016年8月10日 日テレNEWS24 皇太子ご一家、長野で「山の日」記念式典へ
  35. ^ 2016年8月11日 日テレNEWS24 皇太子ご一家「山の日」記念式典に出席
  36. ^ 2016年10月7日 日テレNEWS24 愛子さま 体調不良のため2週間学校を欠席
  37. ^ 2017年3月22日 日テレNEWS24 愛子さま 学習院女子中等科をご卒業
  38. ^ 2017年3月22日 日テレNEWS24 愛子さま 中学校の卒業文集に作文を
  39. ^ 2017年4月8日 日テレNEWS24 愛子さま高校にご入学 スキー日焼けで笑顔
  40. ^ 2018年7月22日 時事通信 愛子さま、英留学に出発
  41. ^ 『おめでとう皇太子さま雅子さま愛子さま』朝日新聞社、2001年(平成13年)発行
  42. ^ 2004年(平成16年)6月9日 Times online Japanese Crown Prince demands palace reform
  43. ^ 『週刊現代』2004年6月26日号「宮内庁が激怒、抗議へ『タイムズ』が報じた愛子内親王に関する心配事」
  44. ^ 『Themis』2004年8月号「雅子妃問題拡大の元凶・宮内庁の『怠慢』」
  45. ^ 2004年6月18日 共同通信病名報道は「勝手な憶測」 雅子さまめぐり東宮大夫
  46. ^ 2004年9月24日 東奥日報愛子さま御近況、皇太子さまらが撮影」動画あり
  47. ^ a b 主婦と生活社「雅子さまと愛子さま」2008年発行
  48. ^ 偏差値72、天皇家で一番の頭脳(2013年10月28日)、週刊現代オンライン、2015年7月4日閲覧。
  49. ^ 2005年(平成17年)内閣官邸HP 皇室典範に関する有識者会議報告書
  50. ^ 2006年9月6日 日テレNEWS24 典範改正“凍結”女系天皇の必要性も〜首相
  51. ^ 2012年1月7日 東京新聞WEB 「女性天皇」踏み込まず 政府の議論「宮家」限定
  52. ^ 愛子さまに捧げられたバラたち(2013年12月2日)、神戸市立須磨離宮公園ブログ、2016年3月15日閲覧。
  53. ^ この段落の出典。松崎敏彌(監修)『愛子さま「モノ」語り リトルプリンセスのお気に入り』天才工房、東邦出版、2004年2月、初版第1刷、114-115頁。ISBN 4-8094-0353-X
  54. ^ 皇太子殿下お誕生日に際し(平成18年)”. 宮内庁 (2006年2月21日). 2013年4月15日閲覧。
  55. ^ NHK大相撲中継 2006年9月10日
  56. ^ 皇太子殿下お誕生日に際し(平成22年)”. 宮内庁 (2010年2月19日). 2013年4月15日閲覧。
  57. ^ a b “【皇室ウイークリー】(89)愛子さま、WBC組に熱視線 はじめての野球ご観戦、あの選手に拍手も…”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). (2009年7月18日). オリジナルの2009年7月20日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090720131831/http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/090718/imp0907180801002-n1.htm 2013年4月15日閲覧。 
  58. ^ MSN産経皇室ウイークリー154
  59. ^ FNNnews皇太子ご夫妻の長女・愛子さま、学習院初等科運動会に参加
  60. ^ ANNnews愛子さま小学校最後の運動会
  61. ^ 週刊女性自身2012年2月28日号
  62. ^ 2013年(平成25年)、皇太子殿下お誕生日に際し
  63. ^ 2014年4月6日 日テレNEWS24 愛子さまの春休みのスキー映像を公開
  64. ^ 2014年4月7日 時事ドットコム 愛子さまのスキー映像公開=長野・奥志賀高原でレッスン
  65. ^ 2014年12月1日 朝日新聞 愛子さま13歳 テニスに関心、皇太子ご夫妻とプレー
  66. ^ 2010年12月1日 日本テレビ24 愛子さま9歳のお誕生日に皇居をご訪問
  67. ^ 2011年12月8日 TBS NES i 宮内庁の職員文化祭に愛子さまらが出品
  68. ^ 産経ウィークリー 愛子さま、学習院女子中等科の百人一首大会で約40枚を取るご活躍
  69. ^ 2011年7月22日 共同通信社
  70. ^ 2011年12月1日 読売新聞 愛子さま、10歳に…管弦楽部入部・チェロ練習
  71. ^ 2011年12月1日 毎日JP 愛子さま:10歳に 管弦楽部でチェロ練習
  72. ^ 2012年4月15日 MSN産経「オール学習院大合同演奏会」でチェロを演奏する愛子さま
  73. ^ 2012年4月15日 日テレNEWS24 愛子さま、学習院の演奏会で
  74. ^ 2008年5月2日日本テレビにこにこアルバム
  75. ^ 平成22年 宮内庁「皇太子妃殿下お誕生日に際してのご近影」
  76. ^ 平成23年 宮内庁「愛子内親王殿下お誕生日に際してのご近影」
  77. ^ a b 平成15年、皇太子誕生日記者会見
  78. ^ 2002年(平成14年)、天皇誕生日記者会見
  79. ^ 2006年(平成18年)、天皇陛下誕生日記者会見
  80. ^ 2007年(平成19年)、皇太子誕生日記者会見
  81. ^ a b MSN産経 皇室ウィークリー19
  82. ^ 宮内庁ウェブサイト

参考文献

  • 椎谷, 哲夫『敬宮愛子さまご誕生 宮中見聞記』明成社、2002年、初版第二刷。ISBN 4-944219-10-5

外部リンク