慶長(けいちょう)は日本元号の一つ。文禄の後、元和の前。1596年から1615年までの期間を指す。日本史の時代区分においては安土桃山時代江戸時代を跨いでいる。この時代の天皇後陽成天皇後水尾天皇江戸幕府将軍徳川家康徳川秀忠

改元

豊臣政権は自己の権威の維持を図るために豊臣秀次が自害した文禄4年[1]豊臣秀吉が病死した慶長3年[2]に朝廷に対して改元を要請したことが知られているが、朝廷はこれを拒んでいる。この時期(豊臣政権)の改元はあくまでも公家側と武家側の意見の一致が必要であり、それが成立したのが後陽成天皇即位に伴う代始改元の動きと豊臣政権による全国平定が重なった「文禄」改元と京都などで地震が相次いだ「慶長」改元のみであったとみられている[3]

出典

毛詩注疏』の「文王功徳深厚、故福也」から。

周の文王を称えたもので、「彼の功徳はとても深くて厚いため、福慶(良いこと)がいつまでも続いていく」という意味である。

慶長年間の出来事

文禄5年に大地震が立て続けに起きたことで慶長に改元されたが、慶長年間ではその後も巨大地震が相次いで発生している(「慶長大地震」も参照)。また、大きな出来事として慶長5年の関ヶ原の戦い徳川家康による慶長8年の江戸幕府開幕、慶長19年~20年の大坂冬の陣・夏の陣を経て大坂城の落城(豊臣氏滅亡・元和偃武)などがあり、この年間で時代が大きく動くこととなった。