とばたく
戸畑区
戸畑祇園大山笠
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 福岡県
北九州市
市町村コード 40105-6
面積 16.61km2
総人口 56,922[編集]
推計人口、2020年6月1日)
人口密度 3,427人/km2
隣接自治体
隣接行政区
北九州市小倉北区八幡東区
若松区
区の木 制定なし
区の花 制定なし
戸畑区役所
所在地 804-8510
福岡県北九州市戸畑区千防一丁目1番1号
北緯33度53分36.6秒東経130度49分47.3秒座標: 北緯33度53分36.6秒 東経130度49分47.3秒
戸畑区役所(階段状の構造物は戸畑祇園開催時に観覧席として使用される)
外部リンク 北九州市戸畑区

戸畑区位置図

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旧戸畑区役所(現・戸畑図書館、2006年3月)
浅生1号公園付近(2008年10月)
区内遠景(戸畑駅方面、2010年4月)
区内遠景(区役所方面、2009年9月)
ニッスイ戸畑ビル(1936年築、日本水産福岡支社北九州営業所、ニッスイパイオニア館)

戸畑区(とばたく)は、北九州市を構成する7区の行政区の一つである。

地理

北九州市の中央部に位置している。区域北部・北西部の海岸は洞海湾に面し、北東部は響灘関門海峡に面している。北九州市の行政区のうち最も面積の小さい区である。区域北部にある日本製鉄八幡製鐵所戸畑地区が区の面積の約半分を占める。

歴史

名護屋崎、牧山古墳の古墳群において、約1400年前の人骨、銀鏡、土器副葬品が発見されている。日本書紀では戸畑は「名護屋」として登場している。

戸畑(とばた)の地名が確認できる最古の資料は、1396年応永3年)の麻生氏の所領目録「惣諸浦塩浜其外所々目録(そうしょうらしおはまそのほかしょしょもくろく)」において、「戸畑浦」として登場しているものである。一方、奈良時代に記された万葉集には「飛幡(とばた)の浦」として、筑前風土記には、「鳥旗(とりはた)」として登場している。

戸畑市は北九州市の前身の5市で唯一、町村制施行以降北九州市発足まで一度も合併を経験しなかった。

北九州市の欄も参照。

区の概要

戸畑は明治の中期までは寒村で、人口も約3,000人であったが、隣接する八幡で1901年八幡製鐵所が操業したことを契機に、1910年に戸畑鋳物(現・日立金属)、1914年に旭硝子、1921年に八幡製鐵所が戸畑に進出したことで、工業化が進んだ。市制施行は旧5市の中で最も遅かったが、昭和初期より区画整理事業を積極的に進め、住宅地としての開発が急速に進み、市制施行時の1924年には約38,000人だった人口が1947年には現在の人口よりも多い約68,000人に、5市合併の1963年にはピークの約109,800人となった。

その後は、区内に多く存在した新日鉄をはじめとする社宅から北九州市郊外へ持ち家化が進むなどしたため人口は減少し、最近10年間は漸減傾向にある。
近年は1999年に日立金属工場跡地へ戸畑サティ(現・イオン戸畑ショッピングセンター)がオープンしたことをきっかけに住宅地として再評価され、マンション開発がさかんに行われている。
なお、戸畑区は昼間人口夜間人口を上回っており、昼夜間人口比率は117.2%(2005年国勢調査)で、小倉北区の134.1%に次いで2番目(北九州市全体では102.3%、100%を超える区は、前出の2区に八幡東区を加えた3区のみ)である。

北九州市では公共施設の削減が喫緊の課題となっているが、そのモデルケースとして、区内にある屋内型の体育施設とプール、テニスコートを一部廃止し、廃止された市立浅生小・中学校跡にこれらを集約した「浅生スポーツセンター」が2016年11月にオープンした[1]

教育機関

九州工業大学工学部正門

大学

交通