全日本空輸株式会社
All Nippon Airways Co., Ltd.
All Nippon Airways Logo.svg
ANA B777-300(JA779A) (3491079989).jpg
全日本空輸のボーイング777-300ER
種類 株式会社
略称 ANA
全日空
本社所在地 日本の旗 日本
105-7140
東京都港区東新橋一丁目5番2号
汐留シティセンター[1]
北緯35度39分55.3秒 東経139度45分39.7秒 / 北緯35.665361度 東経139.761028度 / 35.665361; 139.761028座標: 北緯35度39分55.3秒 東経139度45分39.7秒 / 北緯35.665361度 東経139.761028度 / 35.665361; 139.761028
設立 2012年(平成24年)4月2日
(ANAホールディングス株式会社)
業種 空運業
法人番号 1010401099027 ウィキデータを編集
事業内容 航空運送事業
旅行事業
代表者 平子 裕志(代表取締役社長
資本金 250億円
売上高 1兆7170億8900万円(2019年03月31日時点)[2]
営業利益 920億4600万円(2019年03月31日時点)[2]
経常利益 860億9200万円(2019年03月31日時点)[2]
純利益 580億9600万円(2019年03月31日時点)[2]
純資産 1668億4700万円(2019年03月31日時点)[2]
総資産 7894億700万円(2019年03月31日時点)[2]
従業員数 単独: 13,518人
(2017年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 ANAホールディングス株式会社 100%
関係する人物 美土路昌一中野勝義永野重雄普勝清治橋本登美三郎
外部リンク https://www.ana.co.jp
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全日本空輸
All Nippon Airways
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IATA
NH
ICAO
ANA
コールサイン
ALL NIPPON
法人番号 1010401099027 ウィキデータを編集
設立 1952年12月27日
ハブ空港 成田国際空港(国際線)
東京国際空港(国際線及び国内線)
関西国際空港(国際線)
大阪国際空港(国内線)
焦点空港 中部国際空港
福岡空港
新千歳空港
那覇空港
マイレージサービス ANA Mileage Club
会員ラウンジ ANA LOUNGE
ANA SUITE LOUNGE
ANA ARRIVAL LOUNGE
航空連合 スターアライアンス
親会社 ANAホールディングス
スローガン あんしん、あったか、あかるく元気!
本拠地 日本の旗 日本 東京都港区東新橋一丁目5番2号
代表者 平子 裕志(代表取締役社長)
外部リンク https://www.ana.co.jp
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全日本空輸本社が入居する汐留シティーセンター

全日本空輸株式会社(ぜんにっぽんくうゆ、: All Nippon Airways Co., Ltd.)は、日本の国内規模最大の航空会社ANAホールディングス株式会社子会社

1952年12月設立、現在、国際線、国内線ともに国内最大規模を誇る[注釈 1]。公式な略称ANA(エー・エヌ・エー)だが、報道等では通称全日空(ぜんにっくう)と呼ばれることも多い(後述の『呼称変更』を参照)。

イギリスのスカイトラックスによる航空会社の格付けで、実質最高評価の「ザ・ワールド・ファイブ・スター・エアラインズ(The World's 5-Star Airlines)」の認定を得ている。日本のエアラインとしては史上初の獲得[4]。コーポレートスローガンは「あんしん、あったか、あかるく元気!」、プロダクト・サービスブランドとタグラインは「Inspiration of JAPAN」である[注釈 2]

概要

国内線では最大の路線網を持ち、国際線はアジア諸国とヨーロッパ諸国、アメリカ合衆国などに就航しており、航空会社連合スターアライアンス」のメンバー。東証一部上場のANAホールディングス(ANAHD)傘下であり、ANAグループの中核事業たる航空事業を担っている[6]

日本では日本航空と並ぶ主要な航空会社であり、両社で「航空大手2社」や「フルサービスキャリア」と呼称される場合もある[7][8]

コーポレートカラーは、青色[9]2レターコード"NH"は、全日本空輸の前身の社名「日本ヘリコプター輸送 (Nippon Helicopter)」に由来する[10][11]識別信号は『All Nippon』を使用している。本社所在地は東京都港区東新橋 汐留シティセンター[1]

2015年ごろにはグループの格安航空会社 (LCC) のPeach Aviationバニラ・エアが成長軌道に入り、近年の訪日客需要増にこたえている[12](ただし、バニラエアは2019年にピーチ・アビエーションと合併)。

沿革

前身

八丈小島のマレー糸状虫症対策としてDDTを散布する日ペリのベル47(1956年8月9日)

全日本空輸の前身は日本ヘリコプター輸送株式会社と極東航空株式会社である。太平洋戦争後、連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) の命令によって、全ての日本国籍の航空機は運航を停止していたが、1952年(昭和27年)に運航禁止期間の解除の決定が下されたことを受けて、同年に両社は設立された。

日本ヘリコプター輸送株式会社のルーツは、戦前の朝日新聞航空部で上司部下の関係であった美土路昌一(後に全日空社長、朝日新聞社長)と中野勝義(後に全日空副社長)が中心となり、終戦後の民間航空関係者の失業救済を目的として、1945年(昭和20年)に設立した社団法人興民社にある。 これが後々の1952年(昭和27年)12月27日に、興民社の組織や人脈を基盤として設立されたのが日本ヘリコプター輸送株式会社(通称「日ペリ」、「日ペリ航空」)であった。設立の際、美土路の呼びかけに応じて永野重雄ら、財界の大物が設立発起人に名を連ねた[13]。美土路と永野が相談しながら、同社設立の手続きを進めた[14]若狭得治は「一切永野さんと美土路さんの手によって全日空が作られた」と述べている[14]。全日空は、その後もハワイチャーター便問題や、日本貨物航空の問題など、多くに永野の力を借りた[14][15]。 当初は東京を拠点にヘリコプターによる宣伝事業のみを行っていたが、NHKの報道ヘリコプターの運航や空中散布、やがて飛行機による事業にも参入し、1953年(昭和28年)12月15日に貨物航空事業を開始し、1954年(昭和29年)2月1日には旅客航空事業も開始した。

極東航空株式会社は、日ペリより1日早い1952年(昭和27年)12月26日に、太平洋戦争前に関西航空事業を行っていた関係者により大阪で設立。大阪を拠点として、大阪 - 四国・大阪 - 九州といった西日本方面の航空路線を運営していた。

全日本空輸の設立

旧ロゴ

その後、国内航空輸送を一本化するという運輸省の方針などにより、両社は合併に向けて協議を開始する。合併比率でもめたものの、日本商工会議所会頭藤山愛一郎日本航空協会会長郷古潔日本航空社長柳田誠二郎らの斡旋により、合併手続きは進み、1958年(昭和33年)3月1日、合併登記が完了した。初代社長には、元朝日新聞社常務取締役で日本ヘリコプター創設者の美土路昌一が就任した。この合併により全日空は、ダグラスDC-3型機9機、デ・ハビランド DH.114 ヘロン3機、デ・ハビランド DH.104 ダブ4機、ベル47D-1ヘリコプター4機など、合計26機をもって、北は北海道から南は鹿児島までの日本全国19都市を結ぶ、日本国内最大のネットワークを誇る航空会社となった[16]

全日空(ANA)の成長の過程で特徴的な事として、総代理店制度の採用が挙げられる。これは、航空輸送事業の黎明期に、各就航地の有力企業と提携し、航空会社の業務のうち、市内業務(営業活動)と空港業務(ハンドリング業務)を業務委託するという画期的な制度であった。業務委託は、市内では航空券販売や電話予約センター、代理店販売促進活動、団体営業など、空港では旅客ハンドリング・貨物ハンドリングから、機内における各種業務や機内清掃まで、幅広かった。

総代理店の主な会社は、今は路線廃止で業務を終了している会社もあるが、「北海道地区」で、三ツ輪運輸(釧路・女満別)、道北バス(旭川)、函館エアサービス(函館)、「東北地区」で日本通運(仙台・秋田)、庄内交通(庄内)、秋北航空サービス(青森・大館能代)、「中部地区」で名古屋鉄道(名古屋)、福井空港(福井)、北陸鉄道(小松)、富山地方鉄道(富山)、新潟交通(新潟)、「関西地区」で名古屋鉄道(南紀白浜)、「中国・四国地区」で両備バス(岡山)・中国航空ターミナル(広島)、サンデン交通(山口宇部)、日ノ丸自動車(鳥取・米子)、高松商運(高松)、伊予鉄道(松山)、土佐電気鉄道(高知)、「九州地区」で九州産業交通(熊本)、長崎空港ビル(長崎)、大分航空ターミナル(大分)、宮崎交通(宮崎)、南国交通(鹿児島)、福江空港ターミナルビル(五島福江)、奄美航空(奄美大島)等が挙げられる。総代理店は、大口の株主にもなり、名古屋鉄道は長らく全日空(ANA)の筆頭株主であった。その関係で名古屋鉄道と宮崎交通は、全日空(ANA)の社外取締役を輩出しており、特に名鉄は現在まで継続している。全日空(ANA)と総代理店が共同で航空需要の開拓を行ってきたが、昨今では予約のインターネットへの移行等で総代理店の業務も空港業務に絞られてきている。

その創立に関わった名古屋の名鉄グループとの資本関係は変わっておらず、全日空と名鉄グループに代表される名古屋政財界は有形無形両面からの強力な結びつきを持っているといわれている。その結びつきが表面化した一例として、全日空がそのプログラムローンチ以来深い関わりを持って量産体制を構築したボーイング社最新鋭機ボーイング787ドリームライナー)の胴体や主翼など主要部品が、愛知県に集積している日本の航空機製造産業拠点で製造され、愛知県常滑市中部国際空港から787最終組み立て工場がある米国本土シアトルまで専用機で特殊貨物輸送を行っている例がある。前述の総代理店制度時代より現在の787国内生産体制に至るまで、全日空グループと中部地方の産業界とは親密な関係を維持している事が他の企業にはない特徴であるといわれている。

全日空設立以降

下田沖墜落事故と航空行政の転換

合併から約5か月後の1958年(昭和33年)8月、下田沖でダグラス DC-3の墜落事故が発生し、これによる旅客離れにより1958年(昭和33年)度には資本金の約3分の1にあたる2億287万円もの損失を計上した。また、この事故の約2週間後の8月27日に同社のDC-3型機がエンジン不調による緊急着陸を行ったため、航空局による臨時検査を受けることとなったが、2日後にはDC-3型機の安全性が確認され、運行を再開した[17]

DC-3は第二次世界大戦をはさみ2万機以上が製造された大ヒット機であり、ANA発足当時の主力となった本格的な旅客機だった[18]。一方でライセンス生産も各国で行われたため、操縦席の計器類の配置、操作方法、整備作業手順や一部の部品などの仕様が統一されていなかった。この仕様不統一が事故の誘因となったという見方もあり、1960年(昭和35年)春までに仕様統一作業が行われた[19]。これにかかる費用は合併直後の全日空には重い負担となったが、この事故を契機に設立された航空安全対策懇談会の答申に基づき、国内航空に対しても国家的助成を行うべく、政府より助成された5,000万円により賄われた[20]

日本航空(JAL)からの援助と業務提携

下田沖事故を契機とした航空行政の転換に伴い、全日空はJALと業務提携を行うこととなり、まずは1958年(昭和33年)11月に「整備士査察業務等援助協定」を締結し、次いで1959年(昭和34年)4月には全日空の増資分のうち2億円をJALが引き受けることとし、JALからの役員の受け入れなどの業務提携を続けてゆくことになる[21]。なお、JALは元より日本ヘリコプター輸送としての創業当時から1974年(昭和49年)までの間、株式保有率10位以内の大株主であった。

高度経済成長と発展

全日空は1959年(昭和34年)4月1日に東京 - 大阪直行便(毎日2便 DC-3)の開設に続き、10月10日には東京 - 札幌(千歳)直行便を開設し、国内幹線への進出を果たす。また、1960年(昭和35年)12月、韓国学生文化使節団一行の帰国便をコンベア440によりソウル(金浦)へ運航し、国際チャーター便も開始した。1961年(昭和36年)9月23日には、当時まだ米軍施政下にあった沖縄への定期便、鹿児島 - 沖縄線の第一便がフォッカー F27により運航を開始した。この路線は1972年(昭和47年)の沖縄返還まで全日空で唯一の国際定期便であった。1962年(昭和37年)10月には戦後初の国産旅客機であるYS-11の20機の予備契約を行い、同社は初のローンチカスタマーとなった。正式契約は1964年(昭和39年)となり、同年9月9日に2号機をリースし、「オリンピア」の愛称で当時開催された東京オリンピック聖火を日本全国に空輸した。

高度経済成長に伴う航空需要拡大を受けて、機材も大型化し、当時日本航空のダグラス DC-4より1 - 2割高速だった[22] コンベア440や、フォッカー F27、YS-11、ヴィッカース・バイカウントシリーズ、ボーイング727型機などの当時の最新鋭機を精力的に導入していった。また、航空行政(運輸省)の方針に従い、中小航空会社の合併・事業継承も行った。1964年(昭和39年)11月1日、藤田航空を吸収合併し、1965年(昭和40年)2月1日、中日本航空の定期航空部門を吸収、さらには1967年(昭和42年)12月1日、長崎航空の定期航空部門を継承した。これらにより、1968年(昭和43年)には、世界民間航空旅客輸送実績ランキングで、日本航空を抜き第19位に浮上し、1979年(昭和54年)にはアメリカン航空に次ぐ、世界第6位の航空会社となった。

1976年2月にはロッキード事件が明るみに出た。全日空の新ワイドボディ旅客機導入選定に絡み、ロッキード社が全日空にL-1011 トライスターを導入させるため田中角栄を始めとする閣僚らに多額の賄賂が支払われたという事件で、全日空においても澤雄次専務、藤原亨一取締役、若狭得治社長、渡辺尚次副社長などが外為法違反や偽証罪などで逮捕された[23][24]

国際定期便への進出

設立当初より国内線が主軸であったが、「45/47体制」と呼ばれる当時の運輸省の政策により、日本航空は国際線と国内線幹線を、全日空は国内線幹線とローカル線・近距離国際線チャーターを、東亜国内航空は国内ローカル線の運航を担当し将来的には幹線に参入する、というように運航を制限されていた。全日空では1971年に香港にチャーター便を飛ばして以降近距離チャーター便を飛ばしていたが、この政策の転換を契機に、1986年(昭和61年)3月3日より国際線定期便の運航を開始した。最初の路線はロッキード L-1011 トライスターの運航による成田 - グアム線だった[25](その後撤退)。

同年にアメリカ本土への路線として成田 - ロサンゼルス線と成田 - ワシントンDC線をボーイング747-200B型機で就航させた。翌1987年(昭和62年)は中華人民共和国への路線として成田 - 北京線と成田 - 大連線、当時イギリス植民地であった成田 - 香港線を開設、同年10月には成田 - シドニー線を開設した(その後撤退)。1988年(昭和63年)には大韓民国への路線として成田 - ソウル(金浦)線を開設し、1989年(平成元年)には初のヨーロッパ進出となる成田 - ロンドン(ロンドン・ガトウィック空港)線を開設した。1990年(平成2年)11月には国際線のネットワーク拡張に合わせてボーイング747-400を導入した。

国際線の拡大とスターアライアンスへの加盟

1994年(平成6年)の関西国際空港(関空)開港後は、同空港を成田空港に並ぶ拠点と位置づけ中華人民共和国や北東アジア路線だけでなく、デンパサールヤンゴンムンバイシドニーブリスベンローマロンドンなど関空からの中・長距離の路線の開設を積極的に行った。2000年頃までは名古屋(小牧)からホノルルへの路線や福岡からバンコク上海、大連等への路線も開設していた。さらにアメリカ線の強化で成田からのシカゴサンフランシスコ線を開設したほか、ジャカルタ、デンパサール、ムンバイ線を毎日運航で就航させたものの、その後の航空不況により撤退した路線もある。(シカゴ・デリー・ムンバイ・クアラルンプール・シドニー・ヤンゴン等は就航当初の関空からは撤退しているものの、2006年〈平成18年〉後半以降に成田・羽田から路線を復活させた。)

その後1999年(平成11年)10月に、航空連合の一つであるスターアライアンスに9番目の航空会社として加盟した。スターアライアンス加盟航空会社とのコードシェアによって国際線路線網の少なさをカバーするとともに、重複路線からの自社運航便の撤退や、日本国外での知名度を向上させるなど、航空連合に加盟することで自社の弱点を補うという経営戦略への転換を図ることとなる。なお加盟後は機体に「STAR ALLIANCE」のマークとロゴマークを追加している。

経営不振に伴い、1999年5月に制定した2002年度に至るまでの中期経営計画では、選択と集中を推し進めるとし構造改革を勧めた[26][27]。ビジネスユーザにターゲットを絞った路線展開を進めることとなり、国際線に関しては従来ハブ空港であった成田と関空の2拠点を改め、二期工事完成を控える成田に経営資源を注力する方針となった。これに伴って関空発着の欧州・豪州方面の長距離路線は撤退・コードシェアへの移管を進めた。また関空発着路線に機内食を提供している関西インフライトケータリングを始めとする関空周辺の関連会社の経営権を手放したりした。関空を拠点とする新たな運行会社(エアージャパン)に関空発着路線を2000年度から全日空から運行を移管しコスト削減を進めるとした。これらの路線整理に伴い国際線は座席キロベースで3割程度削減した。国内線に関しては、関空・福岡路線を中心とした地方路線のエアーニッポンへの移管にともなうコスト削減、羽田への経営資源の集中投下を進めるとした。

2000年7月に日本航空、日本エアシステムとともに東京(羽田)-大阪(伊丹・関空)においてシャトル便の運行を開始した。

関空発着の長距離線撤退に伴い国際線の事業規模は縮小したものの、2001年3月期においては旅客数の向上、上級クラスの利用率向上が見られるなど収益性は向上し黒字転換に近づいた。関空発着路線においても新たにホノルル線[注釈 3] を開設するなどしてアジアおよびリゾート路線の拠点空港としての立ち位置を明確にさせたり国際線のエアージャパン・国内線のエアーニッポンへの移管を進めたりと収益性の向上に努めた。また一部の羽田発着の国際チャーター便にも参入した[28]

これらの改革の結果、定期便進出から18年後の2004年度に国際線の初の黒字化を達成した[29]

政府の援助による経営再建

2001年(平成13年)9月に発生したアメリカ同時多発テロ事件による世界規模での航空需要の落ち込みを受けて業績が低迷し、国土交通省の助けを受けて日本航空や日本エアシステムとともに政府系金融機関日本政策投資銀行から無利子融資を受け、経営の再建を図ることとなった[30]。しかし、2003年(平成15年)度と2004年(平成16年)度にもSARSの蔓延などにより再度世界規模での航空需要の落ち込みが起きたことで業績が低迷し、リストラを行うことを条件に日本政策投資銀行から合計500億円に上る無利子融資を受けた[31]。この結果2003年(平成15年)度は黒字を計上。悲願であった復配も達成した。また2004年(平成16年)4月26日に、ボーイング社が開発しているボーイング787(開発名称7E7)を50機発注し、同機のローンチカスタマーとなった後述

呼称変更

レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたヘリコプターを意匠とした塗装(復刻、ボーイング767-300)

2003年(平成15年)に、公式の呼称を慣れ親しまれてきた「全日空」から「ANA(エー・エヌ・エー)」へ変更・統一してイメージ転換を図り、ロゴマークも「全日空」や「All Nippon Airways」から「ANA」に変更し[注釈 4]、グループ航空会社運航機を含めて機体塗装もロゴマーク部分を変更している(一部の機材を除く)。機体への機種名表記はこの時に消滅したが、後に導入されたボーイング787などでは機種名を表記している。グループ会社についてもほとんどが社名の「全日空」を「ANA」に変更しており、2014年(平成26年)2月現在、社名に「全日空」と付く企業は全日空商事、全日空商事デューティーフリーと全日空モーターサービスを残すのみとなっている。しかし、一般的には引き続き「全日空」と呼ばれることが多く、日本のマスメディア各社の報道などでは「全日空」の呼称が使われることが多い。また、同時期(2004年)にグループ航空会社(エアーニッポン・エアージャパン等)での運航便を「ANA」便名へ変更している。

持株会社化

2012年(平成24年)2月17日、全日本空輸は2013年(平成25年)4月1日を以て持株会社制へ移行する方針を発表した。持株会社の名称は「ANAホールディングス株式会社」、事業会社の名称は「全日本空輸株式会社」となり、会社分割の手法により持株会社となった。持株会社制移行に先立ち、2012年(平成24年)4月2日に事業の受け皿となる子会社としてANAホールディングス株式会社が設立され(事業譲り受け時に「全日本空輸株式会社」に社名変更)、持株会社移行の際に「全日本空輸株式会社」が「ANAホールディングス株式会社」に社名変更された[32][33]。また、2012年(平成24年)4月よりそれまで使われていたレオナルド・ダ・ヴィンチのヘリコプターの絵をあしらった社章・社旗をANAロゴに変更した[34]

2012年(平成24年)まで使用されていた社章は、ANAマイレージクラブ入会からの総飛行距離が一定数に達した際の記念品に用いられている[35]

現在

この2007年には、『エアー・トランスポート・ワールド』 (ATW) 誌上で「エアライン・オブ・ザ・イヤー」に初めて選ばれた。なお、日本の航空会社として選ばれたのは日本航空に次いで2社目となる。2013年4月には、英国スカイトラックス社が運営する「エアライン・スター・ランキング」で日本の航空会社として初めて、アジアで6社目、世界で7社目として[36] 5つ星を獲得した[37]。また、2013年7月には2006年4月に日本ユニシスと開発に合意していたAirCoreを採用した予約系システム(CRS)を稼働し、大手ネットワークキャリアの中では世界で初めて予約系システムを汎用機からオープン系へと移行した[38][39]

2014年(平成26年)5月には「旅客キロ」(RPK)[40] と呼ばれる航空指標で初めてJALを上回ってANAが日本国籍航空会社のトップに立った。 これにはJALの経営再建や、2014年3月の羽田空港発着枠割当で大幅にANAに対して発着枠が割当られたことなどが影響しているが、ANAがJALを追い抜いたことは日本航空行政の歴史上大きな意味を持つといわれている。

急拡大したANAの国際路線網は、ANAHDグループが安定的な黒字決算に寄与し、2014年(平成26年)には追加発注となる777-300ER型機6機を含む多数の新規機材発注を行うなど、同社の中長期的な成長投資を支える原動力になっているといわれている。中期的な成長原資として追加発注したB777-300ERやA320neoファミリーなどの新規機材を活用し、さらなる自社運航の国際路線強化を推進している。

2015年(平成27年)4月には初の国際線仕様B787-9型機を受領した。また新サービスブランド「Inspiration of Japan(IOJ、インスピレーション・オブ・ジャパン)」仕様に機内内装を改修する為、約4年がかりで特別改装作業を行っていたB777-300ER型機も全機改修が完了し、全ての機体に「IOJ」のロゴが塗装された他、2015年(平成27年)前半に受領した新造機と合わせて20機以上のB777-300ER型機を自社保有している。中長期的展望としては、中央アジアアフリカ大陸などへ長距離国際線の新規開設や、2020年東京オリンピック関連の航空移動特需への対応などを重要課題として挙げた。

2015年(平成27年)には日本の航空会社として、初の直行便として東京からベルギー/ブリュッセルへの自社運航便を就航させることを発表した。ヨーロッパの中央に位置するブリュッセル欧州連合(EU)本部や、自衛隊がオブザーバー参加しており、事実上の軍事同盟関係にあるため、日常的な要人往来の機会も多いNATO本部が所在し、ビジネス利用などの安定需要が期待できるという。同年6月にはアメリカ合衆国ヒューストンへの直行便を新規開設した。

2017年(平成29年)2月には、日本からの経済進出事例が急増しているメキシコ/メキシコシティに自社運航便を就航させた[41]

いずれの路線でもローンチカスタマーとして50機以上を発注しているB787ファミリー(ドリームライナー)が持つ長大な航続距離を活用する事により、直行便運航を可能としている。

2019年 (令和元年)5月24日、成田-ホノルル間でエアバスA380を使用したフライングホヌ(ハワイの空 ANAブルー)が就航した。

ロゴマーク

1982年より使用している現行のロゴは、「ANA」の文字の横に、機体塗装にも使用されているトリトンブルーとモヒカンブルーを組み合わせたラインが入っている。トリトンブルーは、海の波と風を鎮めたといわれるギリシア神話の神トリートーンに由来し、航空業界では機体のことをシップ、機長のことをキャプテンと呼んだり、左舷側から乗船することなど船を参考にしたものがおおく、共に「旅の安全」を願う気持ちを込めて命名された。モヒカンブルーは1982年の塗装変更以前の「モヒカン塗装」に使用されていた色で、この2色がロゴ、機体塗装など様々な個所で使用されている[42]。2013年にはタグラインとして「Inspiration of JAPAN」が設定されたことは前記したが、これは機体にも順次表記されている。(フォントは「ミリアド」)

機材

運航機材

全日本空輸が発注したボーイング製航空機の顧客番号(カスタマーコード)は81[43]、航空機の型式名は747-481D、777-381ER、737-781、787-881などとなる。737-500の新造機は全日本空輸を通さずに当時子会社のエアーニッポンが直接ボーイングに発注したため、型式名は同社のカスタマーコードである4Kをつけた737-54Kとなる。

ANA フリート 2020年現在[44][45]
機材 運用機数 発注機数 座席数 エンジン 備考
F C PY Y Total
エアバス A320neo(-271N) 11 5 - 6 - 138 146 PW
PW1100G-JM
主に成田関西発着の中国路線で運航中。[要出典]
全席モニター、電源コンセント、Wi-Fi、充電用USB端子対応。
2020年1月残発注うち2機A321neoLRへ変更[46]
エアバス A320-214(SL) 3 - - - - 180 180 CFM
CFM56-5B4
傘下LCCバニラエア統合再編及びANA本体つなぎ移籍機材[47]
シャークレット装備機、Wi-Fi非対応[48]、ANA単独路線中心に運航中。
エアバス A321-211(SL) 4 - - 8 - 186 194 CFM
CFM56-5B3/3
シャークレット装備機 国内線専用機 リース機。
Wi-Fi、充電用USB端子対応。
エアバス A321neo(-272N) 11 12 - 8 - 186 194 PW
PW1100G-JM
ボーイング737と767、及びA320の代替、国内線専用機。
全席モニター、電源コンセント、Wi-Fi、充電用USB端子対応。
エアバス A380-841 2[49] 1 8 56 73 383 520 RR
Trent970
1号機・JA381A「空」ANAブルー/2019年3月20日受領[50][51]
2号機・JA382A「海」エメラルドグリーン/2019年6月18日受領[52][53]
3号機・JA383A「夕陽」サンセットオレンジ/2020年度4月受領予定延期[54]
4クラス世界最多有償座席数
ボーイング737-700 8 - - 8 112 120 CFM
CFM56-7B24
Wi-Fi非対応。2020年以降、A321neo導入に伴い退役開始予定
- - - 144 144 Wi-Fi非対応。Air Doへリース後2019年にリースバックされた機材。普通席のみ仕様。

2020年以降、A321neo導入に伴い退役予定

ボーイング737-800 39 - - - 8 158 166 CFM
CFM56-7B24
Wi-Fi対応、MRJ遅延で追加導入[要出典][55]
2018年に追加導入登録された機体は自社発注機ではなく、
BOC Aviationからのリース機材のため、モデルネームが737-8ALとなっている。
- - 8 159 167
ボーイング 767-300 2 - - - 10 260 270 GE
CF6-80C2
国内線仕様はWi-Fi対応。

一部機材はボーイング787とA321へ置換で退役中[56]

ボーイング 767-300ER 23 - - - 10 260 270
- 35 - 179 214
- 35 - 167 202
ボーイング 777-200 8 - - - 21 384 405 PW
PW4084
Wi-Fi対応、順次引退、ボーイング787-9へ置換[56]
ボーイング 777-200ER 12 - - - 21 384 405 PW
PW4090
Wi-Fi対応、全機国内線仕様へ切替済。
ボーイング787-9と787-10へ置換予定。
- - 28 364 392
ボーイング 777-300 7 - - - 21 493 514 PW
PW4090
Wi-Fi対応、2022年度以降ボーイング787-10に置換予定。
ボーイング 777-300ER 28 - 8 52 24 166 250 GE
GE90-115B
Wi-Fi対応、追加発注6機は2019年以降受領、新仕様にて同年8月ロンドン線から就航。
一部はボーイング777X-9へ置換見込み(2021年度以降)
次期政府専用機選定機種で同社運用業務委託のため長期運用見込み[57][要出典]
8 52 24 180 264
8 68 24 112 212
8 64 24 116 212
ボーイング 787-8 36 [58] - - - 12 323 335 RR
Trent 1000
Wi-Fi対応、787のローンチカスタマー及び787最大オペレーター
- 42 - 198 240
- 32 14 138 184
- 46 21 102 169
ボーイング 787-9 35 15
(内4はGEエンジン)
- - 18 377 395 RR Trent 1000
/GEnx-1B
Wi-Fi対応、ボーイング777-200の後継機
RRエンジンはGEエンジンタイプが導入される迄には完了する見込み。
GEエンジンは2024年度以降受領予定(国際線見込み)
- 40 14 192 246
- 48 21 146 215
ボーイング 787-10 2[59] 12
(内11はGEエンジン)
- 38 21 235 294 RR Trent 1000
/GEnx-1B
Wi-Fi対応、当初の3機はボーイング777-300の代替→国際線機材へ変更[60] された。
GEエンジンは2022年度以降受領予定(国内777の代替見込み)
合計 228 27

ANAの機材は以下の航空機で構成される。登録名義は持株会社のANAホールディングスに残されている。 総二階建超大型機A380B777-9Xなどを次期主力国際線機材として発注しており、現行国際線主力機B777-300ERも、2014年に6機追加発注し、2019年に受領している。 B787(ドリームライナー)は全タイプ発注しており、保有機材数も世界最大の航空会社で2020年2月にGE製エンジン機も追加発注し、この発注でANAは同型機を計103機導入することとなった。 A320シリーズは退役も含むとA320-200、A321-100、A321-200(SL)、A321neo、A320neo、A320-200(SL)、A321LRと多種導入運用計画していて、世代によってエンジンメーカーも違っている。

2015年から開始された米国映画界とのタイアップ企画「ANA STAR WARSプロジェクト」によって、完成披露式典にはハリウッド関係者も同乗して記念飛行を行った特別塗装機はB787-9型機とB777-300ER及びB777-200ER型機にそれぞれ異なる塗装が施されており、計3機が定期運航に投入されている。

ギャラリー

グループ会社運用機材

ANAウイングス保有機材

ANA Cargo保有機材

導入予定機材

ANA 発注機材
機材 発注機数 オプション機数 受領予定 エンジン 備考
エアバスA321LR 2 2022年度予定 未定 既発注A320neoから切換[64]
ボーイング737-8MAX 20[65] 10 2021年度予定 CFM
LEAP-1B
ボーイング737-700/800の代替
ボーイング 777-9X 20[66] 2021年度予定 GE
GE9X-105
ボーイング777-300ER(長距離国際線仕様機)の代替
Mitsubishi SpaceJet M90 15[67] 10 2021年度以降(遅延中)[68] PW
PW1217G
ANAウイングスで運用予定

国際線

  • 主に成田国際空港東京国際空港関西国際空港を中心に国際線を展開している。ANAは、成田を日本を発着する需要に加え拡大する北米〜アジア間の国際線の乗り継ぎ拠点として、羽田を日本各地と海外とを結ぶ国際線と国内線の乗り継ぎ拠点として位置づけ、これを「首都圏デュアルハブモデル」と称している[78]
  • 2017年現在、アジア、ヨーロッパ、北米などの各都市に自社運航機材(グループ会社含む)による運航を行っている。併せてスターアライアンスの各加盟航空会社とのコードシェア(共同運航)を行なっている。
  • スターアライアンス加盟各社との共同運航では、シンガポール航空ルフトハンザドイツ航空ユナイテッド航空などと相互コードシェアを行っている。また、南アフリカ航空ターキッシュ エアラインズなどとのコードシェア便の運航も開始した。
  • アライアンス外では、
      日本
      2018年10月現在の就航地

    就航地

    2019年9月1日現在。ただしコードシェア便による就航路線は含まない。
    自社国際線路線を開設している日本の空港は成田国際空港(千葉県成田市)、東京国際空港(東京都大田区)、関西国際空港(大阪府泉南郡田尻町)である。 2019年12月以降、中部国際空港発着の路線は香港線が2019年香港民主化デモを理由に一時運休し、上海線も近年は夏季運行のみで運行はされていない。同発着の国際線は、当面の間運休する予定であり、2005年の開港以来の0便となる。香港情勢の変化や競争環境の厳しさ、需要の激減、収益性の悪化、新型肺炎の流行などを理由としているが、需要が回復してくれば再開したいとしている[79][80][81]

     台湾
    大韓民国の旗 韓国
    中華人民共和国の旗 中国
    香港の旗 香港
    フィリピンの旗 フィリピン
     ベトナム
    カンボジアの旗 カンボジア
    タイ王国の旗 タイ
    マレーシアの旗 マレーシア
    シンガポールの旗 シンガポール
     インドネシア
    ミャンマーの旗 ミャンマー
    インドの旗 インド
    オーストラリアの旗 オーストラリア
    イギリスの旗 イギリス
    フランスの旗 フランス
    スウェーデンの旗 スウェーデン
    ドイツの旗 ドイツ
     オーストリア
    ベルギーの旗 ベルギー
    アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
    カナダの旗 カナダ
    メキシコの旗 メキシコ
    ロシアの旗 ロシア
    トルコの旗 トルコ
    • 羽田 -
      ファーストクラス
      国際線就航時から長距離便を中心に設定されており、新しいコンセプトのファーストクラスは、ボーイング777-200ERのCLUB ANA「スーパースタイル」と同時に導入され、炊き立てのご飯を提供するサービスや「ザ・快食」(好きなときに好きな食事をとれるア・ラ・カルトサービス)、フルフラットシートの導入が開始されたのもこの頃である。
      2002年には「New Style, CLUB ANA」実施と同時に導入された「New First Class」が採用され、ボーイング747-400とボーイング777-300ERに装備され、全席ソロシート、フルフラットシートとなっている。大型の羽毛布団・ベッドパッドが用意され、快適な睡眠を行えるよう配慮されている。
      2010年よりボーイング777-300ERの新造機に半個室型シートの「ANA FIRST SQUARE」が導入された。
      2019年に導入されたエアバス380には新シートを導入し、引き戸付きの個室に32インチの大型液晶ワイドスクリーンを導入した[86]
      また、2019年投入のボーイング777-300ERにはドア付個室型シートに43インチ4K対応大型モニターを装備した「THE Suite」を導入した[87]
    • ANA ボーイング777-300ERファーストクラス

    • 国際線ファーストクラスの定員は8名

    • ビジネスクラス
      ビジネスクラス導入時には、他社がボーイング747-200で横7列、もしくは8列が標準であった中で、世界的にも数少ない横6列で運航を始めたが、1991年に導入した本格的なビジネスクラス「CLUB ANA」では、ボーイング747-200/-400で横7列と競合他社と同じものに戻した。同時に50インチのシートピッチや、AVOD(オーディオ・ビデオ・オン・デマンド)対応のシートテレビ、ビジネスコーナーの設置などサービス拡充を進めた。
      2002年には「New Style, CLUB ANA」を導入、電動ライフラットシートや一皿一皿サーブするコーススタイルの機内食を採用し、これを機に、機内食の食器を全て一新し、プラスチック製ではなくレストラン料亭でみられるような陶器とされた。
      詳細はCLUB ANAを参照。
      2010年以降よりボーイング777-300ER(新造機)、ボーイング767-300(新造機)、ボーイング787-8には新しい座席が導入された。ボーイング777-300ERと長距離国際線仕様のボーイング787-8はスタッガード配列のフルフラットシート「ANA BUSINESS STAGGERED」を導入、ボーイング767-300ERの新造機と中短距離国際線仕様のボーイング787-8はクレードル式シート「ANA BUSINESS CRADLE」が導入されている[88]
      2019年導入のボーイング777-300ERからは、シートを刷新した「THE Room」を導入。ドア付き個室タイプの座席に24インチ4K対応大型モニターを装備した[87]
    • ANA ボーイング777-300ERビジネスクラス

    • 長距離路線のビジネスクラスは全席通路に面したスタッガード配列のフルフラットシート

    • プレミアムエコノミー
      2002年に「New Style」のサービスと同時に導入された。世界でもプレミアムエコノミーの導入例が少ない中での導入だった。2019年現在、ボーイング777-300ER、ボーイング787-8(一部)、ボーイング787-9、ボーイング787-10、エアバスA380型機に14 - 73席設置されている。主に、エコノミークラス普通運賃利用者や、マイレージ上級会員が対象となる。機内食はエコノミークラスと同様だが、空港では優先チェックインラウンジ利用、機内ではパソコン電源付きの大型シートやアメニティグッズのサービスが行われている。
      2010年にボーイング777-300ERの新造機に、可動型大型デバイダーなどを備えた新型プレミアムエコノミーシートを導入する予定[89] だったが撤回され、2012年より新デザインの新型プレミアムエコノミーシートがボーイング777-300ERの機材にも改修され導入が進んでいる。
    • 長距離路線従来タイプのプレミアムエコノミークラス。新座席への改修が進んでいる

    • エコノミークラス
      キャセイパシフィック航空シンガポール航空と同様に、1990年後半からエコノミークラスにもシートテレビを設置するようになった。2019年現在ではボーイング737-700を除く国際線機材には全席シートテレビが搭載されている。さらに2009年以降に新造機で受領したボーイング777-300ERやボーイング767-300ERにはシートテレビ (AVOD) だけでなく、パソコン電源・iPod接続端子・USB接続端子が全席・全クラスに設置されている。
    • 長距離路線のエコノミークラスは、3-4-2の変則配置で様々なグループに対応している。

    • ANA COUCHii(ANAカウチ)
      エアバスA380型機材にてANAが運航する成田=ホノルル線メインデッキのエコノミークラス最後方区画の71列目以降6列60席をANA便名航空券番号でエコノミークラス運賃への追加料金支払い205から始まる航空券で利用可能

      Wi-Fi サービス

      Wi-Fi サービスは2014年3月より開始された。サービス開始当初はOnAir社の機材を導入し5MBプラン(6米ドル)、10MBプラン(12米ドル)、20MBプラン(24米ドル)の3つが用意されていたが、最大のプランでもデジカメの写真数枚送っただけで使い切ってしまうほど少なかった。特にOSのアップデートなどが始まってしまった場合、何もできないまま使い切ってしまうなど、評判は非常に悪く、2014年8月には早くもサービスの改善をせざるを得なくなった。8月からはPanasonic製の機材が導入され、時間制のサービスも行われるようになった。また一部の機種では最初の15分間を無料にするなど、汚名返上に努めている。

国内線

2017年12月現在、アイベックスエアラインズAIRDOソラシドエアスターフライヤーオリエンタルエアブリッジとのコードシェア(共同運航)を行っている[93]

就航地

コードシェア便及び季節運航便を含む。×印は貨物の取り扱いを行っていない。

北海道
東北
関東
中部
近畿
中国
四国
九州
沖縄

座席

プレミアムクラス

プレミアムクラスシート(福岡空港における展示)。新型のシートで、順次導入・置換されている。
B787-8「ANA BUSINESS CRADLE」。本来は国際線ビジネスクラスシートであるが、当該機材が国内線で使用されていた時に供用されていた(現在は国際線へ転用)。

2008年4月に導入された国内線上位クラスで、同年3月までの『スーパーシートプレミアム』およびそれ以前に存在した『スーパーシート』と同等のクラスである。他社で言うところの、JALにおけるクラスJの設定便数の多さとファーストクラスの上質とされるサービスを足し合わせたような内容である。設定座席数は機種で異なっており、2011年11月現在、ボーイング777-200/300では21席、ボーイング767-300では10席、ボーイング737-700/800では8席、ボーイング787-8では12席、ボーイング787-9では18席が設定されている。また、国際線仕様のエアバスA320が充当される便ではビジネスクラス座席が割り当てられることもある。

シートピッチは50インチ(ボーイング787-8の一部の機材は57インチ)である。座席の種類は、ボーイング767-300で使用されるもの、ボーイング777で使用されている先代のスーパーシートプレミアムと同様のもの(座席表地の色はほかのプレミアムクラスと同一)、ボーイング737で使用される座席にAC電源および読書灯が内蔵されているもの、ボーイング787で使用される暫定的に国際線ビジネスクラス用座席を装備するもの、2012年に受領したボーイング777-200ER新造機(国内線仕様)から導入された本革素材の新デザインのもの[94] の5種類がある。かつて運用されていたボーイング747-400D型機では、767-300型機と同タイプのシートを、シートピッチ45インチで配置していた。新デザインの座席は2013年11月現在、ボーイング787とボーイング737-800にも装備されており、他の機材についても順次更新をすることが発表されている[94]

各空港にあるANAラウンジを無料で利用でき、羽田・伊丹・新千歳・福岡の各空港には優先的に利用できる保安検査場が設定されている。また、機内預かりの荷物は40kgまで無料となっているほか、搭乗・返却時の取り扱いが(一般客に先んじて)優先的に案内される。

機内での喫食の提供については、2012年より「Inspiration of Japan」のコンセプトに準じたものに変更されている。朝食・昼食・夕食は「Premium Gozen」(プレミアム御膳)の弁当を、それ以外は「Premium Sabo」(プレミアム茶房)と茶菓子と軽食をセットにしたものが供される。

運賃は『プレミアム運賃』と称した普通運賃より高めのものが設定されており、割引運賃として特割・旅割28のプレミアムクラス用設定の『プレミアム特割』『プレミアム旅割28』も存在する。また、普通席を予約している旅客においては2018年3月31日までは当日空席がある場合に限り、カウンター等で追加料金9,000円[95](2015年3月から。それ以前は8,250円、2014年3月まで8,000円、2012年9月搭乗分までは7,000円)を負担することでアップグレードが可能であった。

2018年4月1日からは、ANAマイレージクラブ会員のみ搭乗日の2日前からアップグレードの予約を受け付けるとともに、アップグレード料金が一律料金では無く路線ごとに料金が変り、東京-九州・沖縄路線や東京-新千歳、東京-大阪などの一部の遠距離・高需要路線は高く、そうでない路線は従来より低い金額が適用されるようになった[96]

普通席(国内線)

国内線の普通席は2005年以降、ボーイング747-400、エアバスA320、ボーイング737-500(一部リース機は除く)およびターボプロップ機以外で従来より背もたれ部を薄くした座席に順次取り換えられている[97]。なお、ボーイング737-800で使用されるもののみ座席表地の色がほかの機材と異なっているほか、ヘッド部分のクッションがないという相違点がある[98]。これまで一般的に座席の下部にあったシートポケットを背面テーブルと同じ位置に移動させたため、従来の座席よりも足元の空間が広くなった。また、旧型座席にはかつて喫煙席を設定していた名残から肘掛けに灰皿を装備していたが、1999年に機内が禁煙となったため、新型座席には灰皿が設置されていない。なお、2011年に導入されたボーイング787-8の暫定国内線仕様機においてはシートモニターが標準装備されている。2012年以降に新規導入されるボーイング777-200ERより順次、従来より軽量の新型座席が導入[94] されており、ボーイング787-8国内線仕様機にも導入されている。

SKiPサービス

航空券の発行を省略した電子航空券によるチケットレス搭乗サービスである。QRコードまたは、ANAマイレージクラブ会員の場合はIC付き会員カードかおサイフケータイ対応の携帯端末での利用が提供されている。

機内サービス

搭乗時・着陸後の機内BGMには葉加瀬太郎作曲の「Another Sky」が採用されている[注釈 7]。2002年の創立50周年記念の際にANAグループのイメージ曲として葉加瀬に委嘱して作曲されたもので[99]、携帯電話でのダウンロードサービスも行っていた[100]

2010年4月から「ANA My Choice」と銘打った有料での機内サービスを拡充し[101]、有料ではあるがより上質とされる飲料が販売されるほか、プレミアムクラス設定便では普通席でもプレミアムクラスの昼食・夕食を購入でき、さらに沖縄便限定でサンドセットなども有料で提供している。一方で、2010年4月から普通席で無料で提供される飲料は水と日本茶(冷・温)のみに縮小されたが[101]、のちに格安航空会社への対抗から、無料の飲料メニューは追加され、アップルジュース、2012年6月からコーヒー(同時に、有料だったスターバックスコーヒーの販売は取りやめ)、2013年4月1日からビーフコンソメスープの無料提供を再開した。

他の航空会社に先立ち、普通席での新聞貸出は2010年1月4日に廃止されている[102]

2017年10月29日からヘッドホンがヘッドバンド型からインナーイヤー型に変更された。ヘッドバンド型は座席前の収納ポケットに置いてあったが、インナーイヤー型に変更後は、搭乗改札を通過後イヤホンが入っているカゴから取る又は機内で貰う。インナーイヤー型は持ち帰りができる。

Wi-Fi サービス

国内線のWi-Fi サービスは2016年1月25日より開始された[103]。 システムは、米パナソニックアビオニクス製の航空機内インターネット接続サービス「eXConnect」と、航空機内衛星テレビサービス「eXTV」 を採用。 「ビデオプログラム」、「電子書籍」、「オーディオプログラム」、「ANA SKY LIVE TVサービス」のエンタテイメントコンテンツは無料で提供され、機内インターネット接続サービスは、当初は有料で40分接続できる550円のプランと時間無制限の1050円のプランがあった[104] が、2018年4月から無料化された[105]

2018年度末までに、国内線機材約100機にWi-Fi機器を導入予定で、2017年末現在は約70機に導入済み。対象機種は、ボーイング777-300、787、エアバスA321の全クラスと一部の777-200、767、737-800。ただし、ボンバルディアQ400ではインターネット接続やテレビ番組の視聴は出来ず、ビデオ番組とオーディオ番組、電子書籍サービスのみ利用できる。またA320や737-500、737-700、一部の767-300、777-200にはWi-Fi機器が導入されていない[106]

社員

パイロット養成

自社のパイロットを養成するため定期的にパイロット候補生を採用している[107]。国内だけでなくモハーヴェ空港など海外にも訓練拠点を開設している。

歴代制服