日産自動車株式会社
Nissan Motor Co., Ltd.
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Nissan Head Office 2009.jpg
種類 株式会社
機関設計 指名委員会等設置会社
市場情報
略称 日産
本社所在地 日本の旗 日本
220-8686
神奈川県横浜市西区高島一丁目1番1号
北緯35度27分48.54秒 東経139度37分34.12秒 / 北緯35.4634833度 東経139.6261444度 / 35.4634833; 139.6261444座標: 北緯35度27分48.54秒 東経139度37分34.12秒 / 北緯35.4634833度 東経139.6261444度 / 35.4634833; 139.6261444
本店所在地 220-8623
神奈川県横浜市神奈川区宝町2番地
北緯35度28分50.21秒 東経139度39分50.07秒 / 北緯35.4806139度 東経139.6639083度 / 35.4806139; 139.6639083
設立 1933年昭和8年)12月26日
業種 輸送用機器
法人番号 9020001031109 ウィキデータを編集
事業内容 自動車車種一覧を参照)
代表者 内田誠(取締役代表執行役社長兼CEO
グプタ・アシュワニ(取締役代表執行役COOCPO
資本金 6,058億1,373万4,035円
2018年3月31日現在)
発行済株式総数 42億2,071万5,112株
(2018年3月31日現在)[1]
売上高 連結:11兆9,511億69百万円
単独:3兆7,506億17百万円
(2018年3月期)[2]
営業利益 連結:5,747億60百万円
単独:1,596億48百万円
(2018年3月期)[2]
経常利益 連結:7,503億2百万円
単独:1,979億58百万円
(2018年3月期)[2]
純利益 連結:7,468億92百万円
単独:1,290億44百万円
(2018年3月期)[2]
純資産 連結:5兆6,887億35百万円
(2018年3月期)[2]
総資産 連結:18兆7,469億1百万円
(2018年3月期)[2]
従業員数 連結:13万8,910人
単独:2万2,272人
(2018年3月31日現在)[1]
決算期 3月末日
会計監査人 EY新日本有限責任監査法人
主要株主 ルノー エスエイ(常任代理人 株式会社みずほ銀行決済営業部) 43.7%
他(2019年3月31日現在)
主要子会社
関係する人物 鮎川義介川又克二石原俊カルロス・ゴーン
外部リンク nissan.co.jp(日本)
nissan-global.com(Global)
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Nissan ブランド ワードマーク[3]

日産自動車株式会社(にっさんじどうしゃ、英語: Nissan Motor Co., Ltd.)は、神奈川県横浜市に本社を置く日本の大手自動車メーカー。通称とブランド名は日産(Nissan)。北アメリカヨーロッパなどの50か国では高級車ブランドのインフィニティ(Infiniti)、また、新興国向けには低価格ブランドのダットサン(Datsun)を展開する。

日産自動車の筆頭株主フランスルノー。(2018年11月時点で)日産自動車の株式の43.4%をルノーが保有している。 そしてルノー、日産自動車、三菱自動車工業の3社は、ルノー・日産自動車・三菱自動車[4][5]を形成している[6][7]。また三菱自動車工業の筆頭株主でもある。アライアンスの2017年の世界販売台数は約1061万台で世界首位[8]

概要

本社は横浜市西区高島一丁目1番1号(日産グローバル本社)。芙蓉グループ(旧富士銀行系列)に属する東証一部上場企業である。ルノーが日産自動車の発行済み株式の約44パーセントを所有し日産に対して強い議決権を持ち日産自動車に役員を送り込んでおり、両社はさまざまな経営資源を融通し合うことで競争力を高めるアライアンス関係にある。

日産自動車の関連会社には、委託製造会社である日産車体、モータースポーツ専門のニスモなどがある。また、国外では高級車の「インフィニティ」ブランドおよび新興国向けの低価格車ブランド「ダットサン」での展開も行っている他、ルノーの車種を「日産」ブランドで販売している(ルノー・ジャポンは日産グローバル本社屋内に籍を置く)。

海外では特にSUVと小型車に強みを持っており、日産自動車の2010暦年のグローバル販売台数及び、グローバル生産台数は共に400万台を超える。日本の自動車メーカーとしてはトヨタ自動車に次いで2番目に400万台の大台を突破した[9]

2017年の上半期には、ルノー、三菱自と合わせた世界販売台数でグループ第1位を獲得した。

2017度の国内登録車台数はトヨタ自動車に次ぐ第2位である[10]

女性活躍推進に優れている企業を選定・発表している経済産業省東京証券取引所との共同企画である「なでしこ銘柄」に第一回(平成24年度)から連続して選定されている(平成28年度時点)[11]

歴史

創業 - 1980年代

旧本社(東京都中央区銀座六丁目)

第二次世界大戦前は日産コンツェルンの一員であった。「日産」という名称は、当時グループの持株会社であった日本産業が由来となっている。

創業期より先進技術の吸収に積極的で、日産自動車は日本フォード日本ゼネラル・モータースなみの大型乗用車を製造するため、1936年(昭和11年)にアメリカのグラハム・ペイジから設計図や設備などを購入し、また戦時中の技術的空白を埋めるため、1952年(昭和27年)にイギリスのオースチンと技術提携している。

1958年(昭和33年)には、当時世界で最も過酷なオーストラリア大陸一周ラリーに自社開発のダットサン・210型で出場してクラス優勝を飾り、1960年(昭和35年)には業界初のデミング賞を受賞するなど、創業時より技術力の高さから「旗は日の丸、車はダットサン」、「技術の日産」として親しまれ、故障が少なく高速走行を得意としたことで医者の往診に愛用されたことから「医者のダットサン」としても親しまれた。

1966年(昭和41年)8月1日には、経営難に陥ったプリンス自動車工業を通産省主導により合併。スカイライングロリアなどの車種と、中島飛行機立川飛行機の流れを汲む人材を戦列に加えた。またプリンス自動車工業の宇宙開発事業を承継し宇宙航空事業部を発足させた。

1973年(昭和48年)の米国環境庁 (EPA)燃費テストでサニーは第1位となり、この間、燃費向上のための高張力鋼板およびボディの防錆性の向上のための亜鉛ニッケルメッキ合金を用いた防錆鋼板(同社では「デュラスチール」と命名)、エンジン燃焼制御技術の開発からCAD/CAM産業用ロボットの開発まで、「技術の日産」として先端技術分野の先駆的役割を果たしてきた。

しかし、その反面、戦時中に自動車の配給独占していた「日本自動車配給株式会社」が戦後に解散となった際、日本国内各地の地元の有力ディーラーの大半がトヨタ自動車に組織化されたために販売力でハンデがついてしまい、技術面では「技術の日産」と評されるほどに優位を保っていた反面、販売面ではマーケティングと販売戦略で業界トップとなったトヨタには及ばず、1970年代までトヨタに肉薄していた日産の販売シェアは、特に1980年代以降、トヨタとの差は広がる一方となる。

901活動

1980年代には「90年代までに技術世界一を目指す」という名の下、全車種を対象にエンジンをはじめ、シャーシサスペンションの設計目標と、走行実験におけるハンドリング評価基準の大幅な底上げなどに力を注いだ「901活動」がおこなわれており、日本車の技術向上に大きく貢献したことでは一定の評価を受けている。

1980年代後半のバブル景気時代には、K10型マーチをベースにしたパイクカーの第一弾として限定1万台で発売され2か月で予約完売となったBe-1や、当時日本唯一の3ナンバー専用の高級車であったY31型シーマや、当時はデートカーとして人気となったS13型シルビアなどをヒットさせ、「Be-1効果」や「シーマ現象」なる流行語まで生みだし、「901活動」のもとで開発されたR32型スカイラインなどのスポーツ系車種をはじめとしてP10型プリメーラなどのセダン系車種なども高い評価を得るなど存在感を示していた。

経営危機

バブル崩壊の影響で、高価格で収益性の高いシーマやセドリック、グロリアなどの高級車の販売が減少した上に、もともと商品企画(いわゆるマーケティング)や販売戦略が不得意な上にヒット車種を数多く出せないこと、さらに過激な組合運動に足を引っ張られ抜本的なコスト削減もままならないまま財務内容はますます悪化の一途を辿り、「901活動」でコスト上昇を招いた走行実験部やデザイン部を中心としたリストラを断行してもなお1998年には約2兆円もの有利子負債を抱え経営危機に陥ってしまう。その中でも、A32型セフィーロ、E50型エルグランド、K11型マーチ、C23型バネットセレナ(のちのセレナ)などがコンスタントに販売台数を記録して経営危機に陥っていた日産を支えていた。

その後、軽自動車市場の拡大を背景に、軽自動車を含めた日本国内シェアで、一時期ではあったがホンダの後塵を拝し、国内シェア第3位に転落してしまった時期があった。

ルノーと資本提携へ

継続的な販売不振により、2兆円あまりの有利子債務を抱え倒産寸前の経営状態となった1999年3月に、フランスの自動車メーカーのルノーと資本提携(ルノー=日産アライアンス)を結び、同社の傘下に入り更生を図る事となった。
提携内容は、ルノーが6430億(約50億ユーロ/330億フランスフラン/54億USドル)を出資し、日産自動車の株式36.8%、および日産ディーゼル工業の株式22.5%を取得するとともに、日産自動車の欧州における販売金融会社も取得すると言うものだった。

当初は両社の文化的土壌の違いやラインナップの重複、日産自動車の負債の大きさや労働組合の抵抗などを理由に、同業他社やアナリストをはじめとする多くの専門家がその行き先を危惧した。 同年中に日本人社長の塙義一は解任され、ルノーの取締役会長兼CEO (PDG) であったルイ・シュヴァイツァーの指示より同社副社長のカルロス・ゴーンが新たな最高経営責任者に就任した。ゴーンらのチームは、同年10月19日に発表した「日産リバイバルプラン (NRP)」のもとリストラを進めた。

ルノーから資金や人員が注入されると同時に、東京都武蔵村山市にあった日産自動車村山工場や、京都府宇治市日産車体京都工場などの生産拠点の閉鎖、資産の売却や人員の削減とともに、子会社の統廃合や取引先の統合、原材料の仕入の見直しなどによってコストを削減した。またこれに先立って外国企業の影響を避けるため、宇宙航空事業部が石川島播磨重工業に売却され、IHIエアロスペースが設立された。

更に、車種ラインアップの整理と同時にデザインなどを刷新し、積極的な新車投入を行った結果、販売台数は増加した。国内シェアでは第2位の座を奪回し、2003年6月には当初の予定から前倒しで負債を完済した。

ルノー・日産自動車・三菱自動車

前史

ダットサン15
ダットサン1000
プリンス・スカイライン
(初代)
フェアレディZ
(初代S30型系)
スカイラインGT-R
(BNR32型)
X-TRAIL・クリーンディーゼル
(T31型)
セレナ・ハイウェイスター
(C25型)
GT-R
(R35型)