東海ラジオ放送株式会社
TOKAI RADIO BROADCASTING. COMPANY LIMITED
Toukairaji 0483.jpg
夕暮れの手前に見える建物は、東海放送会館が管理・運営をするテレピア
左端、鉄塔が見える低層の建物が東海テレビ・ラジオ旧社屋(現在は鉄塔が撤去された。建物の一部にIDC大塚家具のショールームが入居)。
奥のビルが東海テレビ・東海ラジオ社屋 2007年10月撮影
種類 株式会社
略称 SF
本社所在地 日本の旗 日本
461-8503
愛知県名古屋市東区東桜一丁目14番27号
北緯35度10分16.4秒
東経136度54分49.5秒
座標: 北緯35度10分16.4秒 東経136度54分49.5秒
設立 1959年11月20日
業種 情報・通信業
法人番号 7180001017556 ウィキデータを編集
事業内容 一般ラジオ放送事業
代表者 代表取締役社長 小畑耕一
資本金 4億円
売上高 24億9,500万円(2017年3月期)
営業利益 △2億6,400万円(2017年3月期)
経常利益 △7,500万円(2017年3月期)
純利益 1,100万円(2017年3月期)
総資産 97億1,900万円(2017年3月期)
従業員数 73人[男60人、女13人](2016年9月現在)
主要株主 株式会社中日新聞社(37.13%)
主要子会社 東放企業株式会社
外部リンク https://www.tokairadio.co.jp/
特記事項:現在の東海ラジオ放送は1959年、近畿東海放送(旧・ラジオ三重)とラジオ東海(旧・岐阜放送)の2社が対等合併して発足。
現在の社屋は2003年4月竣工。
テンプレートを表示
東海ラジオ放送東京支社が入居する日比谷中日ビル。スタジオも完備している

東海ラジオ放送株式会社(とうかいラジオほうそう、英称 TOKAI RADIO BROADCASTING. COMPANY LIMITED)は、中京広域圏放送対象地域とする中波放送(AM放送)事業を行っている特定地上基幹放送事業者である。

通称は東海ラジオ、略称はコールサイン「JOSF(名古屋 1332kHz)からSF

放送局概要

東海ラジオ放送
Tokai Radio
Broadcasting Co.Ltd.
放送対象地域 愛知県岐阜県三重県
系列 NRN
略称 SF
愛称 東海ラジオ
コールサイン JOSF
開局日 1960年4月1日
本社 〒461-8503
愛知県名古屋市東区東桜1丁目14番27号
演奏所 本社と同じ
親局 / 出力 名古屋(七宝) 1332kHz / 50kW
主な中継局 #周波数参照
公式サイト 東海ラジオ放送
特記事項:1959年11月20日、
近畿東海放送(旧・ラジオ三重)とラジオ東海(旧・岐阜放送)
の2社が対等合併して発足。
テンプレートを表示
  • 代表取締役社長:小畑耕一[1]
  • コールサイン:JOSF
  • 親局:名古屋(愛知県あま市七宝送信所より送信)1332kHz・50kW
  • 放送時間:2019年4月現在は、毎週日曜深夜の26:55 - 29:00(月曜2:55 - 5:00)のメンテナンスアワーを除き24時間放送(5:00起点)
  • 三重県のラジオ局「ラジオ三重」→「近畿東海放送」と岐阜県のラジオ局「(旧)岐阜放送」→「ラジオ東海」の2社を源流企業とする民放ラジオ局で、1959年(昭和34年)11月20日、両社が合併して本社機能を名古屋市に置く形で設立された。
  • 「地域に密着した番組づくり」「暮らしに役立つ番組づくり」を基本コンセプトとし、生ワイド番組を中心とした番組編成を行っている[2]
  • 伝統的に放送終了時において社歌のアレンジをバージョンを変えながら流している。
  • 過去に豊橋支局(愛知県豊橋市。旧・中日新聞豊橋支局(現・豊橋総局)時代に同じ建物内に所在)があったが、都合により廃止され岡崎支局と統合されていた。しかし2009年頃に岡崎支局も廃止され愛知県三河地域には拠点が無い状態が続いていたが、2011年頃から2017年頃まで『三河支局』の名で東西三河の拠点として豊橋市堂坂町に支局を開設していた。2018年頃には名古屋本社内に三河支局を設置していた時期もあったが、現在は廃止されている。他にも一宮市(豊橋と同じく、中日新聞旧一宮支局の建物内に所在)・四日市市浜松市(営業所扱い)・静岡市に営業拠点を設けていたが現在は廃止されている。

    歴代社長

    1. 1959年(昭和34年)11月 - 1967年(昭和42年)11月 - 安保正敏[4]
    2. 1967年(昭和42年)11月 - 1991年(平成3年)6月 - 南正義[4]
    3. 1991年(平成3年)6月 - 1997年(平成9年)6月 - 深尾学[4]
    4. 1997年(平成9年)6月 - 2003年(平成15年)6月 - 藤井道雄[4]
    5. 2003年(平成15年)6月 - 2013年(平成25年)6月[1] - 志村富士夫[4]
    6. 2013年(平成25年)6月 - 現在 - 小畑耕一

      創立40周年のタイミングでは社史を発行していない。

      • 東海ラジオ放送十年史(1969年発行)
      • 東海ラジオ放送二十年史(1979年発行、378ページ)
      • 東海ラジオ放送三十年史(1989年発行、441ページ)
      • 東海ラジオ放送 創立50年のあゆみ(2009年11月20日発行、192ページ)

沿革

前身会社時代

  • 1953年(昭和28年)10月15日 - 株式会社ラジオ三重(RMC)設立[5][注釈 6]
  • 1954年(昭和29年)11月18日 - (旧)岐阜放送株式会社(GHK)設立[6][注釈 7][注釈 6]
  • 1956年(昭和31年)
  • 1958年(昭和33年)2月1日 - 近畿東海放送株式会社と株式会社ラジオ東海が合弁で新東海テレビ放送株式会社(現 東海テレビ放送)を設立[8]
  • 1959年(昭和34年)
    • 2月18日 - 近畿東海放送株式会社及び株式会社ラジオ東海が共同で名古屋市に新ラジオ局の免許を申請[9]
    • 6月1日 - 郵政省(当時)、現行のラジオ2放送局を廃止することを条件に新局の設置を認可。
    • 6月8日 - 郵政省の意向を受け、近畿東海放送とラジオ東海の両社が緊急役員会を開き、両社の合併を決議し、合併契約書に調印する[9]
    • 1950年代

      • 1959年(昭和34年)
        • 11月20日 - 近畿東海放送株式会社及び株式会社ラジオ東海が正式に合併(対等合併)し、『東海ラジオ放送株式会社』となる[10]。(設立準備などを行う事務所が十六銀行名古屋支店内に設置された。近畿東海放送は東海ラジオ三重支局、ラジオ東海は東海ラジオ岐阜支局となり、1960年(昭和35年)3月31日まで、両支局から独自の放送を続ける)
        • 日本消防会館1Fに東京支社を設置する。当初は中継機材を支社内に設置したのみでスタジオ機能なしだったが、やはり常設のスタジオが必要となり、後にスタジオを設置する。

      1960年代

      • 1960年(昭和35年)
        • 3月8日 - 名古屋市中区木挽町納屋橋東北)にあった岡谷鋼機の建物を借りる形で仮社屋が完成する。
        • 4月1日 - 全国で42番目に開局。周波数1490kc(キロサイクル・kHzと同義)、空中線電力10kW。現在のコールサインJOSFを初めて使用し、東海三県での放送を開始。この日を最後に旧近畿東海放送のコールサインJOXRと旧ラジオ東海のコールサインJOOFを放棄[注釈 9]し独自の放送も取り止める[注釈 10]
      • 1961年(昭和36年)9月1日 - 初代社屋(現在使用されている社屋やテレピアの隣にある建物)の使用を開始する。
      • 1962年(昭和37年)
      • 1963年(昭和38年)4月1日 - 定時ニュースが、現在も続く体制の50分スタートとなる[13]
      • 1964年(昭和39年)
      • 1965年(昭和40年)7月24日 - NRNに正式に加盟する[16]
      • 1966年(昭和41年)
        • 1970年(昭和45年) - サテライトスタジオ「ニッサン栄ギャラリースタジオ」「ユニモールスタジオ」を開設[11]
        • 1971年(昭和46年)12月1日 - 空中線電力を50kWへ増力する[19](これを記念して同日より高等学校ラジオ作品コンクール文部省(当時)ほかの後援でスタートする)。
        • 1973年(昭和48年) - 芸能人などをメインに迎えて放送した野球中継「東海ラジオ ショーナイター」がスタートする。珍しい放送スタイルであった事から週刊誌などで取り上げられ、全国的に有名になったが番組の構成等に無理があり、翌年に現在主流の放送スタイルに戻る。
        • 1974年(昭和49年)4月 - 日比谷中日ビルに東京支社を移転する。
        • 1978年(昭和53年)11月23日 - 親局の周波数が1332kHzに変更される[20]
          • 1981年(昭和56年)9月 - ボリショイサーカスを岐阜市民センターで「岐阜公演」として、東海ラジオでは初めて開催する。
          • 1982年(昭和57年) - レポートドライバーを8名採用し、『飛び込みマイク』がスタートする。
          • 1984年(昭和59年) - 名古屋国際女子マラソンの実況中継を開始[11]
          • 1985年(昭和60年) - 栄・もちの木広場で「歌え!パーソナリティ・アナウンサー大行進」を開催[11]
          • 1988年(昭和63年)12月15日 - 1989年(平成元年)1月12日までの間、名古屋市美術館で東海ラジオでは初めての美術展『エルミタージュ美術館展』を開催する。
          • 1989年(平成元年)
            • 8月29日 - この日から1ヶ月ほどにわたり、NHK衛星放送をPRするスポットCMを4番組で放送する。NHKが民放ラジオでPRCMを流すのは初めての試みであり、当時話題になった[21]
              • 1990年(平成2年) - CI導入で社章ロゴマークを現在使われているものに変更。併せて新スローガン「聞こえますか、21世紀の夢」を発表。
              • 1991年(平成3年) - 局初のサッカー中継として「JSLカップ」を放送。
              • 1992年(平成4年)4月4日 - 13時45分〜の『ドラゴンズスペシャル 中日vs大洋 開幕戦』(ナゴヤ球場)からAMステレオ放送を開始。
              • 1994年(平成6年)
              • 1996年(平成8年)2月20日2月23日 - ひろしま国体のスキー競技会(ぎふスズラン国体)が、東海ラジオが運営する鈴蘭高原スキー場で開催される。東海ラジオでは、NTTのデジタル回線を使用し、競技の模様をステレオ放送で放送した。
              • 1997年(平成9年)3月15日 - 3月12日に開場したナゴヤドームで、こけら落としイベントとなるB'zのコンサートを開催する。
                • 2001年(平成13年)6月下旬 〜 7月上旬 - Eメールによるメッセージ受付を順次開始する。
                • 2002年(平成14年) - 全国初の試みとして、FOMAを使用したVライブ配信をNTTドコモ東海(当時)と共同で実施する(具体的にはブランニューJ&Aに来たゲストのうち、許可を受けたゲストのミュージックビデオなどを配信する)。
                • 2003年(平成15年)4月7日 - 現在の旧社屋の隣地、メルパルク(旧・郵便貯金会館)跡地に東海テレビ放送とともに新社屋竣工。
                • 2004年(平成16年)
                  • 2月16日 - 新社屋(現社屋)に移転。
                  • 11月20日 - 東海ラジオ創立45周年特番「あなたの街にジャンプ」を放送。
                • 2005年(平成17年)4月頃 - ホームページリニューアル。また中部テレコミュニケーション協力によりCBCとともに[email protected](コミュファ)ラジオ内に『ブロードバンド東海ラジオ』を開設。一部番組の音声やオリジナルコンテンツを配信。
                • 2008年(平成20年)9月1日 - 他の東海3県下の大手民放ラジオ局とともに緊急地震速報システムの運用・放送を開始する[注釈 12]
                • 2009年(平成21年)
                  • 2月5日 - 2010年(平成22年)4月1日に開局50周年を迎えるのに先立ち、東海ラジオと関わりが深いさだまさしが50周年トータルアドバイザーに就任すること、キャッチコピーの『ありがとう50年 ラジオにかえろう』、2009年4月1日 - 2010年4月1日まで行われる開局50周年記念事業の説明などの記者発表が、さだも同席して本社で行われた。
                  • 3月31日4月13日 - 名鉄名古屋本線を中心に4両2編成で50周年のポスターで彩られた名鉄電車が走る。ポスターには同年4月19日まで締め切りの開局50周年クイズも出題され、正解者の中から抽選で50名に『げんき時計』がプレゼントされた。
                  • 4月1日 - 9時よりチケットぴあ特電・東海ラジオHPで開局50周年を記念し、『平日ワイド番組のパーソナリティと東海ラジオジングル』を収録した『げんき時計』を5000個限定で発売開始(同年4月中旬頃からは東海ラジオ事業部での受付を開始し、ぴあで申し込みが行われていた業務が一括された)。同日 18:15 - 20:55までは過去の番組を当時のパーソナリティをゲストに迎えて振り返る特別番組ありがとう50年 ラジオにかえろう』を放送した。
                  • 6月30日 - 中日対阪神ナゴヤドーム)の試合で、開局50周年を記念し「ガッツナイターまつり」を実施する。来場者2万名にげんき時計が当たる抽選番号が書かれた特製うちわの配布、元中日投手でプロ野球解説者の権藤博の始球式、リスナー100名をパノラマ席に招待するなどの企画が行われた。
                  • 10月21日 - 熱田神宮で50周年開局記念事業のひとつとして、番組収録を兼ねたイベント「さだまさし、もう一つのRADIO DAYS〜未来へつなげたいもの〜」が、さだがパーソナリティ、蟹江篤子がゲスト、源石和輝がアシスタントとして14:30 - 15:30の間行われた。イベントはあくまでもトーク番組であったため、さだは歌わなかった(事前に各番組内で行われたイベント告知でも注意があった)。熱田神宮でこのようなイベントを行うのは非常に珍しいことである。この番組の模様は、同年11月22日15:00 - 16:00に特番として放送された。
                  • 11月21日 - 東海ラジオ50周年記念番組「東海ラジオ50周年 パーソナリティー大行進」(13:00 - 16:00)の生放送が、リーフウォーク稲沢で行われる。番組ではパーソナリティ・アナウンサー・レポーターがチームに分かれて戦う企画、福本晋悟(現:毎日放送アナウンサー)が本社から生放送会場まで歩く企画[注釈 13]が行われた。
                  • 12月上旬頃 - 通信販売サイト・「東海ラジオ ONLINE SHOP」が開設される。なお東海ラジオでの通信販売事業は、過去に行われていた「かにタクラジオショッピング」(
                    • 2010年(平成22年)4月1日 - 2009年(平成21年)4月1日から1年間行われてきた開局50周年事業の集大成となる『花咲かラジオ・東海ラジオ〜素敵な花を咲かせよう〜[注釈 14]が放送された。
                    • 2010年(平成22年)11月20日 - 平塚競技場で行われた「2010J1リーグ第31節 湘南名古屋グランパス」の試合の模様を自社制作により生中継したが、対象チームの鹿島が同時間帯に行っていた試合で引き分けた為、名古屋グランパスがリーグ初優勝となった。なお翌21日には19時 - 20時まで優勝特番を放送した。
                    • 2011年(平成23年)
                    • 2012年(平成24年)
                      • 1月頃 - 番組HPを更新作業がしやすく、また一部で導入されていたブログ形式に完全移行するなどホームページを大幅リニューアル。さらにアナウンサーページもブログ形式とし、個々のタイトルの義務化、ブログの定期更新が義務付けられた模様。
                      • 5月14日 - AMステレオ放送を終了。ステレオ放送最後の番組は「松原敬生のほりだし歌謡」(深夜2時15分 - 2時25分)だった。radikoでは引き続き、ステレオ音声での配信を行う[23]
                    • 2014年(平成26年)
                      • 4月1日 - 有料聴取サービス「radiko.jpプレミアム」による全国配信を開始。
                      • 2015年(平成27年)4月1日に開局55周年を迎えるのに先立ち、『TOKAI RADIO Go Go!』と題して様々な催し物を行うこととなった。またキャンペーンイメージソングにクリス・ハート「スタートライン」が選ばれた。[24]
                      • 4月初旬頃 - 聞いてみや〜ち(当時)を除いたワイド番組[25]において、ガッツナイター/ガッツナイタースペシャルの中継カード・スポンサー紹介がスタートする[26]
                      • 4月5日 - 『毎月、5日・15日・25日』に東海地方のどこかへ、アナウンサーやレポーターが出かける企画『TOKAIRADIO Go Go! DAY』がスタートする[27][注釈 16]。第1回は愛知県岩倉市
                      • 5月5日 - 『Go Go DAY SPECIAL!!』と題し、「中日ドラゴンズ読売ジャイアンツ」の試合前(ナゴヤドーム)の始球式に、宮地佑紀生が登場したほか[28]、『ナゴヤドーム放送席で喋れる権利』を賭けた『Go Go 双六』と題したパーソナリティ対抗企画も行われた[29]
                      • 9月14日9月15日 - 『開局55周年記念イベント TOKAIRADIO Go Go!』が開催(オアシス21銀河の広場)[30]。両日ともにワイド番組の公開生放送や、聴取者参加イベントなどが行われた[31]。このイベントは翌年から『東海ラジオ大感謝祭』と改称し、毎年9月にオアシス21で開催されている。
                      • 10月25日 - 愛知県犬山市博物館明治村で『東海ラジオ番組パーソナリティが明治村に大集合!』と題したイベントを実施[32]
                    • 2015年(平成27年)
                    • 2016年(平成28年)
                      • 2月初旬頃 - 次に放送されるワイド番組の告知CM放送が、聞いてみや〜ち(当時)を除いた番組でスタートする。[注釈 17]
                      • 4月、放送開始から20年目に突入する長寿番組となっている「宮地佑紀生の聞いてみや〜ち」を月曜から木曜(金曜のみ「きくち教児の楽気!DAY」を放送開始)に、「かにタク言ったもん勝ち」を毎週金曜の週1回放送に削減(月曜から木曜まで「タクマのHAPPY TIMES!!」を放送開始)、土曜午前中の「小島一宏 一週間のごぶサタデー」の放送時間を拡大(7時00分から12時00分までに変更)するなど、帯ワイド番組を中心に大幅な改編を実施。
                      • 同年4月から2017年3月までの毎偶数月、「TOKAIRADIO×アスナル金山『SHOW-CASE 929』」と題し、アスナル金山で公開イベントを実施[35]。これ以降も聴取率調査週間を中心に定期的にアスナル金山での公開放送を実施している。
                        • 第1弾として「東海ラジオ 春“RUN”MAN(爛漫)新番組ダッシュキャンペーン 特別生放送」を4月9日(土)14:00 - 15:00に実施。
                        • 第2弾として「聴いて元気週間「ガッツナイター 野球広場 with ヨヂカラ」」を6月11日(土)に実施。
                        • 第3弾として「FINE DAYS!「桂三度のホトケの顔も三度まDAY!」公開生放送」を8月13日(土)17:00 - 18:00に実施。
                        • 第4弾として「FINE DAYS!「彦摩呂の今日もまんぷく!DAY」vs「笑福亭笑瓶のやっぱええんやDAY!」」の公開生放送を10月2日(日)17:00 - 18:00に実施。
                        • 第5弾として「東海ラジオ『聴いて元気週間』ほっと!!ホっと!HOT!!! SKE48♡ねねのカウントダウン3・2・1!!!』公開生放送」を12月10日(土)15:00 - 18:00に実施。
                        • 第6弾として「東海ラジオ『出張 音楽博覧会 アスナル金山会場』公開生放送」を2月18日(土)14:00 - 15:30に実施。
                      • 6月 - ともに同年4月に番組開始20周年を迎えた「宮地佑紀生の聞いてみや〜ち」と「かにタク言ったもん勝ち」を記念して、クリアファイルを作成・6月11日 - 6月19日までの聞いて元気週間聴取率調査期間)よりリスナーへのプレゼントを開始した。
                      • 6月30日 - 同月27日に「宮地佑紀生の聞いてみや〜ち」の放送中にパーソナリティーの宮地佑紀生が共演者に暴行、警察に逮捕されたため番組打ち切り[36]。後番組決定までの「つなぎ番組」として「ぶっつけワイド 復刻版」を放送。
                      • 8月1日 - 「宮地佑紀生の聞いてみや〜ち」の後番組となる「FINE DAYS!」が放送開始。
                    • 2017年(平成29年)
                    • 2018年(平成30年)
                      • 4月 - ナイターシーズンインに伴う改編(改編率32.1%)。シニア層を主なターゲットとした新プロジェクト「歌謡曲主義」をスタートさせ、土・日曜夕方帯に2時間30分の同名タイトルの歌謡曲番組を新設。土曜午前帯の「きくち教児の楽気!DAY」を2時間に短縮(一般リスナーへの公開生放送を廃止し、抽選によるスタジオ見学方式へ変更)し、「高井一 スイッチ・オン!」「アンダーポイントのまっぴるま!」を日曜日から移動する再編成などを実施[40][41]
                      • 7月 - 昨年11月から行ってきたワイド番組のスタジオ見学第3弾となる、月曜日夕方3ワイド番組(「すんどめ!」「山浦・深谷のヨヂカラ!」「ドラヂカラ!!」)見学を開始[42]
                      • 9月29日 - この日を”くっつくFM東海ラジオの日”として日本記念日協会により認定される[43]
                      • 10月 - ナイターシーズンオフに伴う改編(改編率38.9%)。これまで録音番組のみであった5時台を含む平日早朝時間帯にワイド番組「安蒜豊三 きょうもよろしく」を新設。歌謡曲番組枠を拡大し平日の深夜26時台に「歌謡曲主義 26時の歌謡曲」の新設。落語番組「なごやか寄席」の復活などの再編成を実施[44]
                      • 12月7日 - 2020年に開局60周年を迎える記念事業の一環として、中日ドラゴンズと翌2019年1月1日からのオフィシャルスポンサー契約を締結。NPBに加盟するプロ野球球団がラジオ局とオフィシャルスポンサー契約を結ぶ事例は初めて[45]で、2020年度にも契約を更新している。
                    • 2019年(平成31年・令和元年)
                      • 4月 - ナイターシーズンインに伴う改編(改編率38.7%)。前年12月に発表された中日ドラゴンズとのオフィシャルスポンサー契約に沿って、平日夕方の生ワイド番組を「大澤広樹のドラゴンズステーション」(ドラステ)に一新した。これに伴って、「東海ラジオ ガッツナイター」は「ドラステ」に内包。「ドラステ」の前番組であった「山浦・深谷のヨヂカラ!」は、放送枠を平日の13:00 - 16:00に移動させたうえで、「山浦!深谷!イチヂカラ!」として再スタートを切った(「はーさん! ねねの! すんどめ!」は放送終了)。また、2020年4月1日に開局60年を迎えることから、2019年4月からの1年を60周年イヤーと位置づけ、「ONLY ONE STATION!」をキャッチコピーとする[46]
                      • 9月22日 - 翌年の開局60周年を記念したイベント「開局60周年記念 東海ラジオ大感謝祭2019」をオアシス21銀河の広場で開催(〜23日)。同日には記念特番として『mamiのRADIかるコミュニケーション』の復活特番も生放送した。
                      • 10月 - ナイターシーズンオフに伴う改編(改編率29.7%)。「

                        企業・団体の名称、個人の肩書は当時のもの。出典:[48][49][50][51]

                        概要

                        開局の経緯をたどってもわかるとおり、株主の中に岐阜県・三重県が含まれている一方で、愛知県内の中日新聞社系列の主要放送局の中で愛知県が含まれていない。また朝日新聞が含まれている関係からか、朝日年鑑に広告が掲載されていた時期があった。

                        2004年11月24日、放送局株式の第三者名義による所有問題について、実質所有していた第三者名義の株式を合算すると、中日新聞社の出資比率が9.875%から35.68%になると明らかにした。

                        2016年3月31日

                        資本金 発行済株式総数 株主数
                        4億円 800,000株 265
                        株主 株式数 比率
                        中日新聞社 335,450株 41.93%
                        岐阜県 042,000株 05.25%

                        過去の資本構成

                        周波数

                        略地図
                        1
                        名古屋本局
                        3
                        豊橋
                        4
                        尾鷲
                        5
                        新城
                        6
                        神岡
                        7
                        高山
                        8
                        下呂
                        11
                        名古屋(ワイドFM)
                        AM放送
                        親局 識別信号 周波数 空中線電力 備考
                        名古屋[3] JOSF 1332kHz[3] 50kW[3] 1992年4月4日 - 2012年5月13日はAMステレオ放送を実施、
                        翌5月14日より再びモノラル放送となった。
                        中継局 識別信号 周波数 空中線電力 備考
                        恵那[3] JOOL(廃止) 801kHz[3] 100W[3] [注釈 18]
                        豊橋[3] JOSN→JOSM(廃止) 864kHz[3]
                        尾鷲[3] JOSM(廃止) 1062kHz[3]
                        新城[3] 1332kHz[3]
                        神岡[3] JOSS(廃止) 1458kHz[3]
                        高山[3] JOXE→JOSN(廃止) 1485kHz[3]
                        下呂[3] JOTM(廃止)
                        熊野[3]
                        上野(伊賀)[3] JOXO(廃止) 1557kHz[3]
                        FM放送
                        中継局 識別信号 周波数 空中線電力 備考
                        名古屋 92.9MHz 7kW 2015年5月13日予備免許交付[57]
                        同年10月1日 9:00(JST)から本放送開始[34][58]
                        ステレオ放送。
                        #周波数の案内では名古屋親局とともに案内されている。
                        備考
                        • このうち、恵那局と上野局は合併により東海ラジオの中継局として継承された(前者GHK→ラジオ東海、後者ラジオ三重→近畿東海放送)。

                        受信可能区域

                        放送対象地域は愛知県・三重県・滋賀県の全域、岐阜県・奈良県のほぼ全域、および、静岡県、長野県、福井県、京都府、大阪府、和歌山県の一部の11府県。夜間は電離層のうちD層が消滅しE・F層のみになるので、ほぼ全国で聴取出来る。

                        使用しているスタジオ