株式会社東芝
TOSHIBA CORPORATION
ロゴ
Hamamatsucho Building.JPG
東芝本社(浜松町ビルディング
種類 株式会社
機関設計 指名委員会等設置会社
市場情報
東証1部 6502
1949年5月16日 - 2017年7月31日
名証1部 6502
1949年5月16日 - 2017年7月31日
東証2部 6502
2017年8月1日上場
名証2部 6502
2017年8月1日上場
本社所在地 日本の旗 日本
105-8001
東京都港区芝浦一丁目1番1号
浜松町ビルディング
北緯35度39分5.8秒 東経139度45分27.9秒 / 北緯35.651611度 東経139.757750度 / 35.651611; 139.757750
設立 1904年6月25日
(株式会社芝浦製作所)(創業:1875年
業種 電気機器
法人番号 2010401044997 ウィキデータを編集
事業内容 エネルギー
社会インフラ
電子デバイス
デジタルソリューション
主な製品も参照のこと)
代表者 車谷暢昭取締役兼代表執行役社長CEO
豊原正恭(代表執行役副社長
平田政善(代表執行役専務CFO
資本金 2,000億4,400万円
(2020年4月1日現在)[1]
発行済株式総数 5億4,400万株
(2019年3月28日現在)[1]
売上高 連結:3兆6,935億3,900万円
単体:457億9,300万円
(2019年3月期)[2]
営業利益 連結:354億4,700万円
単体:▲402億8,900万円
(2019年3月期)[2]
純利益 連結:1兆132億5,600万円
単体:1兆2,789億500万円
(2019年3月期)[2]
純資産 連結:1兆6,990億4,500万円
単体:9,145億700万円
(2019年3月期)[2]
総資産 連結:4兆2,973億4,400万円
単体:2兆686億2,600万円
(2019年3月期)[2]
従業員数 連結:12万8,697人
(2020年4月1日現在)[1]
決算期 3月末日
会計監査人 PwCあらた有限責任監査法人
主要株主 GOLDMAN, SACHS & CO. REG 14.62%
エフィッシモ・キャピタル・マネージメント 13.26%
GOLDMAN SACHS INTERNATIONAL 6.92%
ECM MF 4.92%
CREDIT SUISSE SECURITIES (USA) LLC SPCL. FOR EXCL. BEN 3.30%
MSCO CUSTOMER SECURITIES 2.56%
KING STREET CAPITAL MASTER FUND, LTD 2.32%
STATE STREET BANK WEST CLIENT - TREATY 505234 1.81%
第一生命保険 1.77%
日本生命保険相互会社 1.69%
東芝持株会 1.67%
(2018年3月31日時点)[3]
主要子会社 東芝インフラシステムズ 100%
東芝エネルギーシステムズ100%
東芝デバイス&ストレージ 100%
東芝デジタルソリューションズ 100%
東芝テック 52.8%
(2018年10月1日時点)[3]
関係する人物 初代田中久重(電信機工場創業者)
三井高泰(芝浦製作所初代会長)
藤山雷太(芝浦製作所支配人)
藤岡市助(合資会社
白熱舎創業者)
立川勇次郎(合資会社
白熱舎共同創業者)
外部リンク https://www.toshiba.co.jp/
特記事項:米国会計基準のため連結純利益は当社株主に帰属する当期純利益。
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株式会社東芝(とうしば、英語: TOSHIBA CORPORATION)は、日本の大手電機メーカーであり、東芝グループの中核企業である。2017年に事業の分社化を完了させたことにより、現在は純粋持株会社の役割を担う。

概要

第16代東芝社長佐々木則夫(左)は内閣総理大臣安倍晋三(右)から任命され内閣府経済財政諮問会議議員を務めた

東芝は製品製造からサービスに至るまでの間に、多岐に渡る子会社関連会社を形成しており、東芝グループの中核に位置する巨大企業である。

東芝の事業は、テレビ家電製品携帯電話パソコンなど消費者向け製品からは撤退、電子部品HDDなど)の他、原子炉・重電機・軍事機器・鉄道車両など、企業間取引による重工業分野へ重点的に事業展開をしており、大手重電3社(日立製作所東芝三菱電機)の一角と呼ばれる。

冷蔵庫洗濯機掃除機電子レンジ炊飯器など、家電製品の国産化第1号の製品が多く(電子レンジと炊飯器以外は1930年代に開発された)、白物家電の日本におけるパイオニアであった。だが、2015年発覚の粉飾決算事件を契機に2016年に白物家電事業は一部株の売却によりブランドのみとなり、医療機器事業は売却[4][5][6]、2018年には半導体、テレビ、パソコン事業も売却した[7][8]。最近は経営不振が響き、同年8月8日に東芝が発表した2018年4~6月期決算(米国基準)は営業利益が7億円(前年同期比較 -94.5%)に留まり、売上高も-7.3%の8422億円となった[9]

電機メーカーとしては、最初に委員会設置会社に移行した企業でもある(移行した2003年当時は、委員会等設置会社。現在の指名委員会等設置会社)。委員会設置会社となってからは、会長は代表権を有さない取締役会長となっていたが、2016年6月より代表執行役会長を新設した。

歴代の社長ら役員は、財界活動に積極的であることも知られている。石坂泰三(第4代社長)と土光敏夫(第6代社長)が経済団体連合会会長に就任し、岡村正(第14代社長)が日本商工会議所会頭に就任するなど、財界四団体のトップを輩出している。

そのほか、西室泰三(第13代社長)は日本経済団体連合会のナンバー2である評議員会議長に就任し、佐々木則夫(第16代社長)が現役社長の頃から内閣府経済財政諮問会議議員に就任するなど、日本の政財界に強い影響力を及ぼしている。特に石坂泰三は「財界総理」との異名を持つほどの影響力を誇り、東芝が財界で重きをなす礎を築いた。

2006年10月2日から2018年11月30日までブランドタグラインとして「TOSHIBA Leading Innovation>>>[注 1]が採用された。

2018年12月1日からは、現在のコーポレートメッセージとして「For a new day.:未来をつくる、人がいる。」が使用されている。

また1990年からは、同社グループのスローガンとして「人と地球の明日のために。」も使用されている。

東芝は、三井グループの構成企業であり、二木会(三井グループ傘下各社の社長会)、月曜会(三井グループ各社の役員間の相互親睦と情報交換を目的とする会合)、三井業際研究所綱町三井倶楽部に加盟している。

歴史

1955年頃の「マツダ」ブランドのラジオ用真空管
国産一号機の冷蔵庫、洗濯機、掃除機 (東芝科学館

創業

創業者の、初代田中久重1799年 - 1881年)は、からくり人形「弓曳童子」や和時計「万年時計(万年自鳴鐘)」などを開発したことから、「からくり儀右衛門」として知られる。初代久重が東京銀座に工場(諸器械製造所)を興し、弟子であり養子の田中大吉(後の2代目久重(1846年 - 1905年)が東京・芝浦に移転させた。この工場の技術者の中に、後の沖電気工業創業者・沖牙太郎池貝創業者・池貝庄太郎宮田工業創業者・宮田栄助らがいた。

歴代社長

[10] 氏名 在任期間
初代 山口喜三郎(やまぐちきさぶろう) [11] 1939年9月 - 1943年6月
2代 津守豊治 [12] 1943年6月 - 1947年3月
3代 新開廣作(広作) [12] 1947年3月 - 1949年4月
4代 石坂泰三 [13] 1949年4月 - 1957年11月
5代 岩下文雄 [14] 1957年11月 - 1965年5月
6代 土光敏夫 [13] 1965年5月 - 1972年8月
7代 玉置敬三 1972年8月 - 1976年
8代 岩田弐夫(いわたかずお) [15] 1976年 - 1980年
9代 佐波正一 1980年 - 1986年4月
10代 渡里杉一郎(わたりすぎいちろう) [16] 1986年4月 - 1987年7月
11代 青井舒一(あおいじょいち) [17] 1987年7月 - 1992年6月
12代 佐藤文夫 [18] 1992年6月 - 1996年6月
13代 西室泰三 1996年6月 - 2000年6月
14代 岡村正 2000年6月 - 2005年6月
15代 西田厚聰 2005年6月 - 2009年6月
16代 佐々木則夫 2009年6月 - 2013年6月
17代 田中久雄 2013年6月 - 2015年7月
18代 室町正志 2015年7月 - 2016年6月
19代 綱川智 2016年6月 - 2018年4月
20代 車谷暢昭 代表執行役会長 兼 CEO [19] 2018年4月 -

沿革

  • 1875年 - 初代田中久重が東京・銀座に電信機工場を創設。
  • 1882年 - 田中大吉(後の2代目田中久重)が東京・芝浦に「田中製造所」を設立。
  • 1890年 - 藤岡市助三吉正一が東京・京橋に「合資会社白熱舎」を創設、日本で最初の一般家庭向け白熱電球の生産を開始する。追従する他社を寄せ付けず市場をほぼ独占していた[20]
  • 1893年 - 三井財閥より藤山雷太を招聘し、田中製作所から「芝浦製作所」として再スタート[21]
  • 1896年 - 合資会社白熱舎が「東京白熱電燈球製造株式会社」に社名変更。
  • 1899年 - 東京白熱電燈球製造株式会社が「東京電気株式会社」に社名変更。
現在でも使用されている「傘マーク」。これは阪神列車種類選別装置用車上子で、阪神の車両のほかに相互直通で使用されている近鉄山陽の車両にも使用されている。この車両は近鉄22600系