はしもとし
橋本市
Suda-hachiman-jinja haiden.jpg
隅田八幡神社
市庁舎位置
Flag of Hashimoto, Wakayama.svg Symbol of Hashimoto, Wakayama.svg
橋本市旗 橋本市章
2006年9月26日制定
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 和歌山県
市町村コード 30203-1
法人番号 6000020302031 ウィキデータを編集
面積 130.55km2
総人口 60,793[編集]
推計人口、2020年1月1日)
人口密度 466人/km2
隣接自治体 伊都郡九度山町高野町かつらぎ町
奈良県五條市
大阪府河内長野市
市の木 モクセイサクラ
市の花 サツキ
橋本市役所
市長 平木哲朗
所在地 648-8585
和歌山県橋本市東家一丁目1番1号
北緯34度18分52.7秒東経135度36分18.8秒座標: 北緯34度18分52.7秒 東経135度36分18.8秒
橋本市役所庁舎
外部リンク 公式ウェブサイト

橋本市位置図

― 市 / ― 町・村

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橋本市(はしもとし)は、和歌山県の北東端に位置するである。

概要

和歌山県で唯一大阪都市圏都市雇用圏)に含まれる市で、いわゆる和歌山府民が多い。紀の川中流に位置し、かつては材木運搬、高野山宿場町として栄えた。東西軸の京奈和自動車道橋本道路及び、国道24号と南北軸の国道371号橋本バイパス(大阪府境以北は地域高規格道路大阪橋本道路」)が市内中心部で交差する交通の要衝としての発展が期待されている。

「橋本」の名称の由来は、1588年、高野山の木食応其が紀の川に橋を架けたことによる。[1]

地理

和歌山県の北東県境に位置し、北に大阪府河内長野市、東に奈良県五條市と境界を接する。旧高野口町にあった2つの飛地が解消されないまま合併したため、現在もかつらぎ町内と九度山町内に飛地がある。

北に金剛山地紀泉山地ダイヤモンドトレール)、南に紀伊山地に挟まれた山間部で東西に市の中心部を紀の川が流れる。

紀の川に沿い国道24号やJR和歌山線が通っている。

市の南北には国道371号が貫いているが、南海高野線は北部より中心部を経て国道370号と共に紀の川南側を通っている。

周辺を山に囲まれた自然豊かな市である一方、北部には大規模なニュータウン南海橋本林間田園都市や企業誘致用地などで里山や丘陵地が削られる等、年々開発が進んでいる。

人口

平成22年国勢調査(速報値)より前回調査からの人口増減をみると、3.16%減の66,362人であり、増減率は県内30市町村中6位。

Demography30203.svg
橋本市と全国の年齢別人口分布(2005年) 橋本市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 橋本市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

橋本市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


歴史

高野街道伊勢街道大和街道)の交わるところに位置し、京都奈良の都の文化と、高野や伊勢の宗教文化が溶け合い、独自の歴史と文化を育みながら発展。丘陵地から出土する遺構や遺物から、縄文時代にすでに人が住んでいたことが確認されている。また伊勢街道と高野街道とが交差する交通の要衝で、霊峰高野山への参詣口の一つとして発展してきた。近世では徳川氏の力を得て街が拡張され、地方物産の集散地として商業中心地が形成された。これらの交通の要衝と紀の川の陸揚げ場として地方物産の集散地となり、また、農業の副業としての養蚕や機織りが盛んとなり、後の繊維業の基盤となった。

明治27年(1894年)に町制を施行し、名実ともに伊都郡の中心都市となった。明治33年(1900年)に現在の和歌山線が開通、大正4年(1915年)に現在の南海高野線橋本駅まで開通するなど交通網の整備により、和歌山方面・奈良方面や大阪方面と結ばれたことで産業もめざましい発展を遂げ、農業においては柿と鶏卵の生産が盛んで、工業においては高い技術力を誇る竹製へら竿とパイル織物の生産量が日本一となっている。

昭和40年代には高度経済成長の波に乗って公共公益施設、道路等が順次整備され、さらに昭和50年代に入ると大規模住宅開発が本格化し、全国でも有数の人口急増都市として発展してきた。ただし都心回帰の影響を受け、人口は2000年をピークに減少傾向にある。

沿革