JR logo (central).svg 武豊線
シンボルマーク
武豊行き普通電車 (313系1300番台 / 尾張森岡 - 緒川)
武豊行き普通電車
313系1300番台 / 尾張森岡 - 緒川
基本情報
日本の旗 日本
所在地 愛知県
種類 普通鉄道在来線地方交通線
起点 大府駅
終点 武豊駅
駅数 10駅
電報略号 タケセ
路線記号 CE
開業 1886年3月1日
所有者 鉄道局鉄道庁→逓信省→鉄道作業局→帝国鉄道庁鉄道院→鉄道省運輸通信省運輸省日本国有鉄道
東海旅客鉄道
運営者 東海旅客鉄道(全線 第1種鉄道事業者)
日本貨物鉄道(大府-東成岩間 第2種鉄道事業者)
使用車両 使用車両の節を参照
路線諸元
路線距離 19.3 km
軌間 1,067 mm
線路数 単線
電化方式 直流1,500 V
架空電車線方式
最高速度 85 km/h
路線図
Taketoyo Line Area Map.png
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停車場・施設・接続路線
1 2


xKRWg+l KRWgr
1: 南方貨物線未成線
2: JR東海東海道線
DST BHF
0.0 CE00 大府駅
STR kABZg2
東海道線→
STRc1 ABZg+4
BHF
1.7 CE01 尾張森岡駅
BHF
3.1 CE02 緒川駅
BHF
4.6 CE03 石浜駅
eBHF
6.0 尾張生路駅
BHF
6.8 CE04 東浦駅
ABZgl
衣浦臨海鉄道碧南線
eBHF
7.2 藤江駅
BHF
10.2 CE05 亀崎駅
BHF
12.8 CE06 乙川駅
STR+r STR
名鉄河和線
BHF BHF
14.6 CE07 半田駅 左:知多半田駅
LSTR ABZg+l
衣浦臨海鉄道:半田線
BHF BHF
16.3 CE08 東成岩駅 左:青山駅
LSTR STR
BHF KBHFxe
19.3 CE09 武豊駅 左:知多武豊駅
eKRZo exABZgr
日本油脂専用線 -1987
STRr exKDSTe
20.3 武豊港駅 -1965

武豊線(たけとよせん)は、愛知県大府市大府駅から同県知多郡武豊町武豊駅に至る、東海旅客鉄道(JR東海)の鉄道路線地方交通線)である[1][2]

概要

知多半島のおよそ北半分の東側を通る。

名古屋への通勤・通学路線となっているが、元来は1886年明治19年)3月1日に中山道鉄道[3](後に東海道経由に変更され東海道本線)の建設資材を武豊港[4]衣浦港)から陸揚げし運搬するために敷設された路線である[2][5]

JR東海の発足後はキハ75形といった新型車両の導入や運転本数の増加、2015年平成27年)3月1日には全線が電化される[2][4](後述の「電化」の節を参照)などの輸送改善が図られた。

2008年(平成20年)度の輸送密度は約9,156人。これは地方交通線では可部線JR西日本、約18,635人)に次いで2番目に高い数値である[6]

大府駅東海道本線からの分岐部は立体交差になっており、大府 - 尾張森岡間は旅客列車貨物列車がそれぞれ別の線路を通る。前者の線路は南方貨物線計画により貨客分離を目的として建設された高架線、後者の線路は明治時代から存在する地上線[7] で、途中に1か所、愛知県道50号名古屋碧南線との踏切がある。旅客線が電化された後も貨物線は非電化のままである。

全線がIC乗車カード「TOICA」および「manaca」などのTOICAと相互利用可能なカードの利用エリアに含まれている。ただし、通常の自動改札機が設置されているのは大府駅のみで、他の駅は簡易改札機による対応であるが、後述のように2013年(平成25年)より自動改札機を設置している駅が拡大している。

半田駅以南では西方約0.5kmのところを名鉄河和線が並行しているが、乗換駅は存在しない。ただし、名鉄線で運転見合わせが生じた際に武豊線及び東海道線名古屋 - 大府間での振替輸送[8]、武豊線または東海道線名古屋 - 大府間で運転見合わせが生じた際に名鉄線での振替輸送を行う場合がある。

ホーム有効長はそれほど長くないが、貨物列車が経由するため交換駅の有効長は長くとられている。

路線データ

全線がJR東海 東海鉄道事業本部の直轄である。

歴史

東京 - 大阪間に建設される鉄道が国防上の理由から中山道経由と決定(中山道幹線)、武豊港に基地を設けてレールや機材などの建築資材を海上輸送することになり、資材運搬線として武豊駅 - 熱田駅間が1886年3月1日に開業した[5]。なお、武豊線は愛知県で初めて建設された鉄道路線である。

しかし、中山道経由では難工事が予想されることから同年7月19日に東京 - 大阪間の幹線鉄道を東海道経由に変更。大府駅以北が東海道線に組み込まれることになり、浜松駅 - 大府駅間が1888年に開業すると大府駅 - 武豊駅間が支線となった。1909年の線路名称制定で正式に武豊線と命名された[12]

武豊線の近代化

武豊線は名古屋方面への通勤・通学に欠かせない路線とされ、利用者も多い上にJR路線網の中では最も中部国際空港(セントレア)に近接していることから、沿線住民や自治体から電化、複線化、中部国際空港への直接乗り入れ等近代化の要望[13] が根強く挙がっており、「武豊線近代化促進期成同盟」が半田市を中心に結成されている。

電化

このうち、電化に関しては、2010年3月18日のJR東海定例社長会見において、武豊線全線の電化工事が発表された[14]。2010年3月から工事が開始され[14]2015年3月1日に電化開業した[2][4]

東海道線などとの車両の共通化を行い、効率的な車両運用を行うことを目的として、電化開業と同時に313系電車が28両[注釈 1] 投入され、電化前に使用していたキハ25形キハ75形高山本線太多線に転属した[14][15][16]

なお、これにより愛知県内すべてのJRの旅客線が電化されたことになり、県内の旅客鉄道線で電化されていないのは子会社の東海交通事業が運営している城北線のみとなった。

集中旅客サービスシステムの導入

また、多くの駅が無人駅もしくは駅員が終日いる訳ではなく、このことに対しても改善を求める声がある。そんな中でJR東海は2013年10月1日から緒川駅東浦駅亀崎駅乙川駅東成岩駅武豊駅自動改札機自動券売機を整備し、同時に「集中旅客サービスシステム」を導入した。これらの駅については遠隔案内による一括管理を行い、併せて駅業務体制を見直すとしている[17][18]。このシステム導入により、有人駅であった緒川駅・東浦駅・亀崎駅・武豊駅に関しては無人化された(乙川駅・東成岩駅はすでに終日無人駅)。無人化されたことで、自動券売機にて近距離乗車券の購入やICカードのチャージは終日できるようになったものの、JR全線きっぷうりばが閉鎖されたため、定期券・長距離乗車券・特急券・企画乗車券等の購入は大府駅半田駅を除いてできなくなった[19]

ワンマン列車では未導入の尾張森岡駅と石浜駅を除く無人駅でもホーム側の全てのドアが開く。

中部国際空港アクセス計画

中部国際空港(セントレア)開港前は、武豊線は名鉄常滑線西名古屋港線などとともに、セントレアに接続する連絡鉄道線の候補に挙がっていた[20][21]。検討されていたルートは、乙川駅まで武豊線を複線化するなど、全面的に改良した上で、同駅で武豊線から分岐し[20][22][21]、常滑市内を経由し[21]、直線で西進して知多半島を東西に横断し[23]、現在の中部国際空港駅に至る[20][22][21][23][24][25]空港島連絡橋を含めて総延長約13kmのルートだった[21]中部経済連合会(中経連)の交通委員会(委員長・当時JR東海社長の須田寛)が1993年3月26日、21世紀の交通網のあるべき姿として発表した提言「中部地方の交通機関相互の連携について」の中で明らかにした、新空港への鉄道・道路の交通アクセス整備構想によれば、この武豊線ルートは、常滑線ルートに次いで2番目に実現が容易とされた[20]。その上で、中経連は「名古屋と新空港間の輸送手段は高速、定時性、大量輸送力が重要であり、海外の主要空港と比較して引けを取らないような高速鉄道を少なくとも2ルート整備することが望まれる」と指摘した上で[20]、武豊線と名鉄常滑線をそれぞれ延伸して空港に乗り入れることが望ましいとされた[26]

東海道線名古屋駅に直通運転している武豊線は、中央線関西線ともスムーズに接続でき、名古屋駅に発着する在来線特急ひだ」「しなの」「しらさぎ」「南紀」の空港までの直通運転もできることが利点とされた[26]。また、第一段階の名古屋方面 - 空港の連絡のみならず、リニア中央新幹線の開業により、東海道新幹線の線路容量に余裕で生まれた暁には[20]、第二段階として[21]、新空港 - 乙川間の新線・乙川以北の武豊線を三線軌条化し[20][21]ミニ新幹線を導入することで、東海道新幹線名古屋駅から新空港まで、約20分の直通列車を運転することが可能と試算された[20][21][26]

さらに、2005年日本国際博覧会(愛知万博)が実現した場合、新空港から会場へのアクセスルートとして[21]三重新幹線構想とともにミニ新幹線で武豊線乙川駅 - 東海道新幹線三河安城駅 - 愛知環状鉄道線を接続する鉄道新線を建設する構想も浮上していた[21]。東京方面へミニ新幹線を直通運転した場合、東京駅まで約1時間45分 - 2時間、新大阪駅まで約1時間15分で結べると試算された[20]。これらのミニ新幹線を利用して新空港にアクセスした場合、京都駅静岡駅からの乗客は、それぞれ関西国際空港(翌1994年開港)や成田国際空港(当時・新東京国際空港)に行くより速く、ともに約1時間(京都から関空までより約25分、静岡から成田より約55分短い)で新空港にアクセスできるとされた[26][21]

しかし、愛知県が1995年2月15日に鉄道アクセスで検討された8ルートの距離・所要時間・建設費を算定して空港関連地域整備と交通アクセスの調査結果をまとめた際には「2005年の開港時点では名鉄常滑線を活用し、長期的にはJR名古屋駅や豊田市岡崎市からの鉄道アクセス新設を目指す」構想を示した[22]。その際調査された8ルートは上から順に実現が容易とされ、いずれも地方自治体や経済団体から提案された構想による[22]

  1. 名鉄常滑線を改良し新空港に延伸する[22]
  2. JR武豊線を乙川駅から分岐させ空港方面に延伸する[22]
  3. 西名古屋港線を金城ふ頭経由で海底トンネルもしくは海上橋で延伸する[22]
  4. 名古屋臨海鉄道東港線南港線を延伸する[22]
  5. HSSTなどの新線[22]
  6. 愛知環状鉄道線新豊田駅を起点に三河上郷駅付近で分岐し、JR三河安城駅を経由して武豊線に接続し、2.のルートと接続する[22]
  7. 愛知環状鉄道線を岡崎駅より延伸し、西三河南部を経由して武豊線に接続し、2.のルートと接続する[22]
  8. 愛知環状鉄道線新豊田駅を起点に、新上挙母駅付近で名鉄三河線に入り、知立駅刈谷駅経由で武豊線に接続し、2.のルートと接続する[22]

この際の調査結果では、高架化などの改良で済む1.の常滑線ルートは、新空港への連絡橋部分を除き約200億円の建設費で済むのに対し、武豊線など他の7ルートは鉄道建設用地の買収や複線化・電化などが必要なため、いずれも1,000億円以上で、最高で3,500億円もかかるものもあることがわかった[22]。このため「開港までに整備するもの」と「開港後、空港利用差の増加などに合わせて整備するもの」など段階的な整備が必要とされ[22]、結局2005年2月17日の開港までには常滑線の延伸のみが名鉄空港線として実現した。

一方で、武豊線の空港延伸は実現せず、開港から10年以上が過ぎた2019年現在も具体的な動きはない。 武豊線ルートは、新たに敷設する区間が約11kmと[27]、名鉄常滑線ルートに比べて長いほか、構想が浮上した1990年代当時は全線が単線非電化だった(前述のように全線が電化されたのは2015年)上、最高速度も85km/hと遅く、最大で20m車両6両編成までしか入線できないなど輸送力が小さかった。そのため、乙川駅以北の既存区間の複線化・電化・高速化ホーム延長などの輸送力増強による全面改良が必要となり[27]、それを含めた総事業費が約1,000億円 - 1300億円と多額に上るとされた[22][27]

常滑線・武豊線ルートに次ぐ有力な3案の一つだった西名古屋港線ルートも約900億円の投資による金城ふ頭駅までの延伸・旅客化は決まっていたが、金城ふ頭からさらに約22kmの延伸が必要となり、空港まで海底トンネルや海上橋で新線を建設すると[26]、その事業費はさらに2000億円以上がかかることから、中経連も1993年の提言では「名古屋から新空港へは最短距離だがトンネルなどの建設が課題」と消極的であり[26]、空港乗り入れは白紙となっていた[27]

武豊線ルート・西名古屋港線ルートの2案はいずれもJR東海が運営主体となることが想定されていたが、JR東海は採算性という現実を前に「単独事業での乗り入れは難しい」と慎重な姿勢を崩しておらず、社長の葛西敬之は「協力する用意はあるが、採算を度外視したレベルにまで踏み込むことはできない」と難色を示していた[27]。JR東海は武豊線の延伸案については「地元自治体の愛知県・半田市・常滑市などが線路を建設してくれれば、運用は担当する」という姿勢だったが、一方で開港時点での乗り入れが確実視され、既に「新名古屋駅(現・名鉄名古屋駅)から30分以内で空港へ」を目標に常滑線の曲線改良工事などに自前で着手していた名鉄は「うちは自前で線路を引いたのに、(JR東海が)他人に任せて利益だけ上げるのは筋が通らない」と反発した[27]

年表

  • 1886年明治19年)3月1日:武豊駅 - 熱田駅間が開業[3][5][10][28]。開業当初の通称は半田線。現在の武豊線にあたる区間に緒川駅(初代)・亀崎駅・半田駅・武豊駅が開業[10]
  • 1887年(明治20年)9月10日:緒川駅(初代)廃止[10][29]。大府駅開業[10][29]
  • 1888年(明治21年)9月1日:東海道線浜松駅 - 大府駅間が開業し[28]、大府駅 - 武豊駅間(12M53C18L≒20.38 km)は東海道線の支線となる。
  • 1889年(明治22年)7月6日:営業距離の単位をマイル・チェーンのみに簡略化(12M53C18L→12M54C)。
  • 1891年(明治23年)
  • 1892年(明治25年)6月1日:武豊駅が現在地に移転[10]、53C(≒1.07 km)短縮。
  • 1895年(明治28年)4月1日:線路名称制定により東海道線の一部となる。
  • 1896年(明治29年)4月:東海道線の旅客急増のため大府-武豊間全列車を客車代用貨車で運行(終了時期不明)[31][32]
  • 1900年(明治33年)3月1日:緒川駅(2代目)開業[10]
  • 1902年(明治35年)11月12日:営業距離の単位をマイルのみに簡略化(12M1C→12.0M)。
  • 1909年(明治42年)10月12日国有鉄道線路名称制定。大府駅 - 武豊駅間を武豊線とする[12]
  • 1915年大正4年)2月15日:武豊駅構内扱いで武豊港まで路線を延伸[5]
  • 1916年(大正5年)4月1日:武豊駅 - 武豊港間廃止[5]
  • 1930年昭和5年)4月1日:営業距離の単位をマイルからメートルに変更[33](大府駅 - 武豊駅間 12M→19.3 km)。貨物支線 武豊駅 - 武豊港駅間 (1.0 km) が正式に開業[5][10][34]。旧武豊駅の場所付近に武豊港駅開業[10]
  • 1933年(昭和8年)
  • 1934年(昭和9年)8月22日:藤江駅開業[10][38]
  • 1942年(昭和17年)3月31日:東成岩駅休止。
  • 1944年(昭和19年):気動車運転廃止。
    • 11月11日:東成岩駅再開。尾張森岡駅休止[10][39]。尾張生路駅と藤江駅を統合し東浦駅開業[10][40]
  • 1955年(昭和30年)10月14日:一部の旅客列車で気動車運転開始[41]
  • 1957年(昭和32年)4月15日:尾張森岡駅再開[10]。石浜駅開業[10]
  • 1958年(昭和33年)9月20日:全旅客列車を気動車化[42]
  • 1965年(昭和40年)8月20日:貨物支線 武豊駅 - 武豊港駅間 (1.0 km) が廃止[5][10]。武豊港駅廃止[5][10]
  • 1970年(昭和45年)6月30日:この日限りで蒸気機関車 (SL) の運転を終える[5]。最終列車を牽引したC11 265は、乙川駅に隣接する半田市民ホールに静態保存された(2006年に半田市鉄道資料館に移転)。
  • 1984年(昭和59年)
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により東海旅客鉄道が承継。日本貨物鉄道が大府駅 - 東成岩駅間の第二種鉄道事業者となる。
  • 1990年平成2年)3月10日:東海道本線名古屋駅との直通列車を普通列車から快速列車(武豊線内各駅停車、東海道本線内金山駅のみに停車)に変更[44]
  • 1992年(平成4年)10月12日:ワンマン運転開始[45][46]
  • 1999年(平成11年)
    • 5月10日:キハ75形運用開始[47]
    • 12月4日:武豊線内に通過駅のある快速列車新設(名古屋駅直通[注釈 2])。従来の快速列車を区間快速列車(武豊線内各駅停車、東海道本線内共和駅・金山駅に停車)に変更し増発[48]
  • 2001年(平成13年)2月11日列車集中制御装置 (CTC) 導入[49]
  • 2006年(平成18年)11月25日:全駅にTOICA導入。
  • 2011年(平成23年)3月1日:キハ25形運用開始[50]
  • 2013年(平成25年)10月1日:線内6駅に「集中旅客サービスシステム」導入、同時に無人化。大府駅および半田駅以外の駅はすべて無人駅となる[17][19]
  • 2015年(平成27年)
    • 3月1日:全線電化。気動車運用終了。313系運用開始[2][51]
    • 3月14日:平日夕ラッシュ時に列車増発。平日の快速廃止(土休日1本のみの運転に)。東海道本線との直通を大垣駅まで拡大[52]。311系運用開始。
  • 2018年(平成30年)
    • 3月:駅ナンバリング及びラインカラーを導入。当路線の路線コードは「CE」、ラインカラーはブラウン[53]
    • 3月17日:ダイヤ改正により快速が区間快速に置き換えにより廃止[54]。武豊線は全列車が線内は各駅停車となる。
  • 2026年(令和8年)度 - 半田駅付近が高架化される予定[55]
  • 2027年(令和9年)度 - 半田駅付近連続立体交差事業完了予定