こうとうく
江東区
東京国際展示場
Flag of Koto, Tokyo.svg Emblem of Koto, Tokyo.svg
江東区旗 江東区章
1951年11月21日制定
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 東京都
市町村コード 13108-3
法人番号 6000020131083 ウィキデータを編集
面積 40.16km2
総人口 523,356[編集]
推計人口、2021年2月1日)
人口密度 13,032人/km2
隣接自治体 江戸川区大田区品川区墨田区中央区港区
区の木 クロマツ
区の花 サザンカ
江東区役所
区長 山崎孝明
所在地 135-8383
東京都江東区東陽四丁目11番28号
北緯35度40分22.1秒東経139度49分2.2秒座標: 北緯35度40分22.1秒 東経139度49分2.2秒
Koto Ward Office.JPG
外部リンク 公式ウェブサイト

江東区位置図

― 区 / ― 市 / ― 町・村


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江東区(こうとうく)は、東京都区部東部に位置する特別区

概要

東京都の東部、隅田川荒川に挟まれた位置にあり、東京湾に面している。

江戸時代埋め立てが始められた地域であり、江戸の東端にあたり、深川地区(旧深川区)には富岡八幡宮をはじめ神社仏閣が数多くある。区内陸部は古くから住宅地および工業地域として、亀戸には鶴亀亀戸天神社、また錦糸町駅南側は遊興地域として発展してきた(ただし、錦糸町駅およびその南部は首都高速7号小松川線まで墨田区である)。また、区周辺部、特に臨海副都心や南砂地区などは大規模マンション医療福祉施設の建設が相次いでいる。豊洲地区や夢の島地区には子供向け施設が充実し、近年はマンション建設が相次ぎ人口が増加しているが、区による少子化に伴った小学校の統廃合が行われた後の人口増加のため、統廃合が行われた小学校では生徒の受け入れが困難な状況である。同様に、保育園も不足する事態に陥り、待機児童が増加している。

区内西部(東京市深川区に相当)は関東大震災および東京大空襲などを経て区画整理がされている。

人口

  • 世帯数:21万5158世帯
  • 人口総数:45万6876人
  • 住民基本台帳:43万5709人
    • 男:21万7801人
    • 女:21万7908人
  • 外国人登録数:1万8705人
    • 男:8580人
    • 女:1万0125人

2008年(平成20年)8月1日現在

Demography13108.svg
江東区と全国の年齢別人口分布(2005年) 江東区の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 江東区
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

江東区(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


人口

2005年に夜間人口(居住者)は420,827人であるが、区外からの通勤者と通学生および居住者のうちの区内に昼間残留する人口の合計である昼間人口は490,708人での1.166倍の人口になる(東京都編集『東京都の昼間人口2005』平成20年発行126,127ページ 国勢調査では年齢不詳のものが東京都だけで16万人いる。上のグラフには年齢不詳のものを含め、昼夜間人口に関しては年齢不詳の人物は数字に入っていないので数字の間に誤差は生じる)。

地理

河川
運河
隣接する自治体
  • 元々低地であったが、かつて南関東ガス田の開発に伴う地下水の汲み上げにより地盤沈下したことで、区の大部分がゼロメートル地帯、または海面より低い海抜マイナス地帯となっている。例えば、南砂町付近では海抜マイナス3メートルにも及ぶ。また、運河と橋が多く、区では“水彩都市”と呼んでいる。道路水路が連なって作られており、住宅地のそばを船が行き交うことも多い。区内には東京都から副都心に指定されている臨海副都心錦糸町・亀戸副都心があり、二つの副都心を包括している。この事もあり、区内には観光客や会社員も多くやって来る。

    臨海副都心は品川区港区にも跨っているが、実際には江東区が大部分を占めており、バブル期以降に急速に開発が進められた新興開発地域であり、街の景観は近代的である。錦糸町・亀戸副都心のほうは昔からあった大繁華街で、古くから下町として栄えた。1990年代後半から、東京の新スポットとしても急速に開けており、下町情緒と近代的な再開発地域の同居する街並みへと変貌した。臨海副都心部には埋立地が多く、ゴミ埋立て「東京ゴミ戦争」で有名な夢の島青海有明などは観光地区としても賑わっている。また、臨海部にある湾岸地域は港区江戸川区と海岸線を連ねてつながっており、台場東京ディズニーリゾートへの交通の便が良い。なお、東日本大震災の際に、一部液状化した地区もあり、団地が浮き上がったり、道路など地面が沈み込んだ場所もった。

    面積は40.16 km2である。

    自然環境

    区の臨海方面にあるかつてのゴミ埋立地である夢の島一帯は大規模な公園が作られ、市街開発にあたって並木や草木が大量に植えられ、東京23区内とは思えないほどの緑の多い地域となっている。また、大島から木場にかけて再開発で市街整備され、大型公園や歩道の増強により緑地環境が増やされた。一方で、錦糸町亀戸副都心には大規模な公園が無いので、緑地地域が減少傾向にある。また臨海副都心方面はオフィス街が連なっており、緑地地域は少ない。しかし南砂や大島、深川等の下町や住宅街には緑地地域が整備され、マンション内や商店街にいくつかの公園が点在し、イチョウなどの樹木も多く植えられている。

歴史

区名の由来

区名は、隅田川の東に位置するという地理的な意味から、「辰巳区」、「東区」、「永代区」などの候補の中から選ばれた。

1947年(昭和22年)2月21日城東区会で、2月25日に深川区会で議決された。江東区の「江」は深川、「東」は城東の意味も含んでいる。

しかし、江東の地名はこの時初めて使われたものではない。すでに古くは江戸時代から使用されており、当時の江東という地域は、本所地区または深川地区を指す意味と、広く隅田川の東部を指す意味があった。

区の沿革