研 ナオコ
出生名 浅田 なを子
生誕 (1953-07-07) 1953年7月7日(66歳)
出身地 日本の旗 日本 静岡県伊豆市
学歴 静岡県立三島南高等学校中退
ジャンル 歌謡曲
職業 歌手
タレント
女優
活動期間 1971年 -
レーベル 東宝レコード
1971年 - 1974年
キャニオンレコード
1975年 - 1987年
ポニーキャニオン
1989年 - 2001年
ガウスエンタテインメント
2004年 - )
事務所 田辺エージェンシー
共同作業者 THE ALFEE
公式サイト ケンズファミリー公式サイト

研 ナオコ(けん ナオコ、本名:野口 なを子(旧姓:浅田)、1953年7月7日 - )は、日本歌手タレント女優コメディエンヌである。田辺エージェンシー所属[注釈 1]

静岡県田方郡天城湯ケ島町(現・伊豆市)出身。静岡県立三島南高等学校中退。「ナオコ節」とも称される独特のアンニュイな歌声と歌唱法で、1970年代中盤から1980年代中盤にかけて数々のヒット曲を世に送り出した。代表曲には『あばよ』『かもめはかもめ』『夏をあきらめて』などが挙げられる[注釈 2]

人物

芸名の「研」の由来は、当時の所属事務所「研音」から。歌手として活動するだけではなく、数多くのCMやバラエティ番組にも出演するテレビ・タレントとしても活躍。殺虫剤のCM「飛んでれら、死んでれら」のキャッチフレーズやザ・ドリフターズ志村けん)との共演、『カックラキン大放送』の「ナオコばぁちゃん」のキャラクターでのコントなどで人気を博した。タモリ所ジョージ関根勤明石家さんまらお笑いタレントとも交友関係が深く、漫画家の赤塚不二夫は、研ナオコファンクラブの会長であった。

若手時代はザ・スパイダースのコンサートに前座として連れて行かれたが、実際にはスパイダースのメンバーが中座している最中に歌わせてもらった。その際、舞台袖で堺正章のMCを見て勉強するなどしていたため、研にとっては師匠のような存在となっている。

歌手仲間で研と同期(1971年)デビューだった野口五郎を弟分として可愛がり、現在も時々2人でジョイントコンサートを開いている。後輩歌手だった高田みづえを妹のように可愛がり、高田も研を姉のように慕っていた。

1970年代後半には、当時下積み時代のTHE ALFEEバックバンドにつけていたこともあった(1978年シングル発売の『窓ガラス』など)。

1990年代以降、歌手としてのリリースは激減したものの、コンサートなどの活動は精力的に行っている。

今で言うストーカーがずっと家の前まで来ていたが、その人物を家に招きいれ、最終的に自身のマネージャーにしたという逸話がある[1]

極度の高所恐怖症[2]

犬を4匹、猫を2匹飼っている。

研の楽曲に影響を受けたと公言している人物に、シンガーソングライター中村中俳優脚本家今井茂雄がいる。

また、陸上選手の日吉克実とは親戚関係にある。

一男一女の母で、長女は歌手・タレントで元「小夏・ひとみ・レイナ」のひとみ(本名:野口ひとみ)。

略歴