たかぎ みほ
高木 美保
生年月日 (1962-07-29) 1962年7月29日(57歳)
出生地 日本の旗 日本東京都葛飾区
血液型 A型
職業 女優
コメンテーター
タレント
活動期間 1984年 -
活動内容 1984年:『Wの悲劇
1988年:『華の嵐
配偶者 既婚
著名な家族 両親と弟
主な作品

テレビドラマ
少女に何が起ったか
いのち
華の嵐
夏の嵐
映画
Wの悲劇
夜逃げ屋本舗』シリーズ
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高木美保(たかぎ みほ、1962年7月29日 - )は、日本女優コメンテーターエッセイスト農業従事者、タレント東京都葛飾区出身、千葉県松戸市育ち。和洋女子大学中退[1]

来歴

1983年、新聞で芸能事務所の募集広告を見て、“成人式の写真が綺麗だった(綺麗に撮れた)から”と面白半分で送ったところ、審査を通過、芸能界入りすることになる[2]

1984年、『Wの悲劇』でスクリーン・デビュー。オーディションの条件にあった年齢制限より1〜2歳ほど上だったため書類選考で篩い落とされたが、添付された写真をたまたま見た澤井信一郎が気の強そうな表情を気に入り、実際に会ってみると口跡(声色・言い回し)が良いので出演が決まった[3]

その後、『華の嵐』『夏の嵐』などの「嵐シリーズ(グランドロマン)」に主演し、一気に注目を浴びる。

しかし「出来たお嬢様像」を演じる機会が多かったため、本来の性格と女優としてのイメージとのギャップに悩んで「女優業は自分に合わない」と痛感し、活動の場をバラエティー番組やテレビコメンテーターへと移した。そのきっかけとして、島田紳助の番組に出演したことから、紳助を「恩人である」と語っている(『行列のできる法律相談所』内のトーク[いつ?])。

1998年11月、パニック障害の治療を兼ねて、栃木県那須塩原市に移住した[4]。タレント活動を行いながら農業を営み、農業体験をまとめたエッセー集も執筆している。

2007年12月、NHK土曜ドラマ『ひとがた流し』で11年ぶりに女優に復帰した。本人は「テンションが上がった。ちょっとずつ、やっていこうかな」と前向きになったことを語る。

2009年夏、1歳年上で中国国籍の男性と入籍した[5]

2015年11月、ボアオ・アジア・フォーラムを支援する日中友好団体「日本ボアオ会」(会長:二階俊博)の発起人に前経団連会長の御手洗冨士夫らとともに名を連ねた[6]

人物・エピソード

農業へのこだわり