良質な記事にふさわしい優れた記事を見つけたり、作り上げたら、是非このページで推薦してみてください。あるいは、推薦されている記事を読んでみて、感じたことを投票という形でフィードバックしてみてください。記事に対するたくさんの意見や感想は、執筆者の励みとなります。

※推薦・投票の前に、選考のルールを一通りご確認ください。ルールに関する質問や意見はノートページにお願いします。

はじめに

  • 推薦・投票ができるのは下記の投票・推薦資格を満たしたログインユーザーのみとなります。
  • コメントは記事そのものに関して行ってください。

良質な記事の目安

以下に良質な記事の目安を挙げます。

推薦や、推薦された記事へコメントする際の参考としてください。

推薦の仕方

推薦の要件

ユーザー登録しており、かつ以下の条件を満たす利用者が推薦できます。

  1. 初めて編集した時から1か月以上を経過していること 
  2. その間、標準名前空間(記事名前空間)の編集回数が50回以上あること

自薦・他薦は不問です。自薦の場合はその旨を述べて下さい。また、一人が一度に推薦できる記事は3つまでです。ただし、自分が推薦した選考の1件が次の状態になった場合には、新たに1件の推薦を追加できます。

  1. 賛成票が2票以上入っており(推薦者票も含めます。条件付き賛成/反対票はコメントとして扱います)、
  2. かつ、反対票がない状態が、
  3. 48時間以上経過した場合(コメントはいくつ付いていても条件には含めません)。

なお、一度条件を満たしたら、その後の変化は考慮しません。たとえば、ある選考がある時点で条件を満たしたが、次の推薦を出す前に反対票が入ってしまった、という場合でも、新たな推薦を追加できる権利は失われません。

通常の推薦の手順


  1. 上記のボックスに記事名を入力して(末尾の日付は推薦した年月日であり、そのままにしてください)、「選考ページを作成」のボタンをクリックします。すると、ページ作成画面が選考ページのひな型つきでロードされるので、そのひな型を編集して投稿してください。なお、推薦者としての賛成票は任意であり、投票を控えても結構です。選考ページのひな形は下記の通り。
    === {{Page|選考対象記事名}} ===
    選考終了日時:'''{{subst:#time:Y年Fj日 (D) H:i|+14 days}} (UTC)'''
    *(推薦)推薦理由を記述。--~~~~
    *{{賛成}}:--~~~~
    
  2. 先に作成した選考ページを{{Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/○○○_20200930}}という書式で「選考中の記事」節の一番下に追加します。
  3. 選考対象記事のノートページに{{良質な記事候補}}を貼付して選考中であることを告知します。
    書式:{{良質な記事候補|選考サブページ=○○○_20200930|よみがな=△△△}}
  4. さらに広く告知するために、

    月間新記事賞と月間強化記事賞を受賞した記事は、自動的に推薦されます。上記の推薦資格を満たすログインユーザーならどなたでも推薦の手続きをとることが可能で、自動推薦の記事については「同時期に3つまで」という推薦記事数の制限の対象外となります。推薦の仕方は上記の通常の推薦と同じです。推薦理由については、

    *(自動推薦)20xx年xx月の月間新記事賞受賞記事。--~~~~

    または

    *(自動推薦)20xx年xx月の月間強化記事賞受賞記事。--~~~~

    などとしてください。

    投票の仕方

    投票資格は通常の推薦の推薦資格に準じます。ただし、選考開始後に作成されたアカウントによる投票は不可です。投票資格を満たさないログインユーザーおよびIPユーザーもコメントは認められます。推薦された記事を編集・執筆した人も投票可能です。投票・コメントは記事の全文をよく読んだ上で、以下の形式で行ってください。{{条件付賛成}}、{{条件付反対}}、{{保留}}などの下記以外の形式での投票は、最終的な投票集計では{{コメント}}と同等扱いとなるのでご注意ください。

    1. *{{賛成}}:記事に対するコメント--~~~~ - 現状で問題ないとき。現状でも良質な記事と認められるが、他に改善点がある場合にはどうぞご指摘ください。
    2. *{{コメント}}:記事に対するコメント--~~~~ - あと少し手を加えれば賛成しても良いとき。問題点を具体的に指摘してください。
    3. *{{反対}}:記事に対するコメント--~~~~ - 大幅に手を加えなければ賛成できないとき。

    記事に問題点がある場合は、その箇所や改善策を具体的に指摘してください。主観を交えず、出来る限り客観的な批評を行ってください。投票内容についての質問がなされ、2週間以内に返答がないとき、投票は無効となる場合があります。不適切な多重アカウントブロック逃れによる投票・コメントは除去され、投稿されなかったものとして扱われます。ただし、選考終了後にさかのぼっての取り消しは行われません。

    選考期間

    選考期間は記事が推薦されてから2週間です。選考期間終了時点で賛成票が3票以上かつ2/3以上の支持がある場合は、良質な記事となります。

    以下の場合に限り、どなたでも選考期間を最大4週間延長することができます。1回の選考は最大6週間までです。

    1. 記事の修正や査読など選考に時間を求める意見が出た場合、最大4週間延長することができます。
    2. 延長の希望が表明されていない場合でも、2票の賛成票があり・かつ・反対票が投じられていない場合、選考期間が2週間自動延長されます。

    自動延長された選考は、希望が表明されればさらに選考期間を延長することができます。希望により選考期間が延長されている選考に対して、自動延長を適用することもできます。どちらでも、1回の選考期間は最大6週間までです。

    早期終了

    以下の場合は、早期終了として選考を直ちに終了することができます。

    • 反対意見のみ3票以上集まった状態が48時間継続した場合。良質な記事は見送りとなります。
    • 賛成意見のみ3票以上集まった状態が48時間継続した場合。良質な記事となります。
    • 賛成票がなく、推薦者が取り下げ意思を示した場合。良質な記事は見送りとなります。

    選考が終了したら

    選考が終了したら速やかに以下を実施してください。実施は推薦者でなくても構いません。

    1. 選考対象サブページ(Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/○○○_yyyymmdd)に選考結果を記入する。
    2. 選考中の記事」節から選考対象サブページ({{Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/○○○_yyyymmdd}})を除去する。
    3. 記事がTemplate:選考中の記事・画像一覧に追加されていた場合、それを除去する。
    4. Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/選考結果リストに選考対象サブページを追加する。
    5. ノートページから{{良質な記事候補}}を除去し、{{選考審査の記録}}を張り付けて結果を記入する。すでに{{選考審査の記録}}が貼られているようなら今回の結果を追記する。
    6. 選考を通過して良質な記事となった場合は、
      1. 記事本文のカテゴリ・デフォルトソートの直上に{{Good article}}を貼付する。
      2. Wikipedia:良質な記事/リストへ対象記事を追加し、分類の記事数(括弧内の数字)を更新する。
        (今までに分類方法で議論になり、一定の方針を決めたものについて、Wikipedia:良質な記事/リスト/分類基準にまとめられています。)
      3. Wikipedia:良質ピックアップ/ダイジェスト版未作成記事リストに対象記事を追加する。
      4. Wikidataにおける記事のSitelinkにGood articleバッジを割り当てる(登録利用者のみ可能です)。

選考中の記事

現在時刻: 9月 30日 水曜日 10:45 (UTC) (キャッシュ破棄

選考終了日時:2020年9月24日 (木) 16:50 (UTC)2020年10月8日 (木) 16:50 (UTC)

  • (自動推薦)2020年8月度の月間新記事賞受賞記事。--totti会話) 2020年9月10日 (木) 16:50 (UTC)
  • 選考終了日時:2020年9月24日 (木) 16:51 (UTC)2020年10月8日 (木) 16:51 (UTC)

    • (自動推薦)2020年8月度の月間新記事賞受賞記事。--totti会話) 2020年9月10日 (木) 16:51 (UTC)
    • コメント とても興味深く拝見しました。以下コメントです。
      1. 冒頭の定義文に「戦中に過度の美容が制限されてパーマネントウエーブが禁止された際、同志たちと共にその反対運動を起こして美容業を延命したことでも知られる」とありますが、このことに関する本文(「戦中」の節)がやや弱いと感じました。「美容は自粛せざるを得ない」状況、「パーマ禁止令」の内容、「美容営業の延命」が指す内容などに、より具体性な説明が欲しいと感じました。国民精神総動員運動との関連もあると良いと思います(それにしても、この時代に一旦発令された禁止令が嘆願で覆るというのは驚きです)。また、太平洋戦争後の「パーマはやめましょう」は誰の声なのでしょうか。太平洋戦争前の「パーマネントはやめませう」という標語とは関係があるのでしょうか。
      2. これも冒頭文では「昭和中期の美容界を代表する人物の1人、美容界の最高権威の1人ともいわれる」とのことですが、そのような地位を築き上げたプロセスが「帰国後の営業再開」節でもう少し明確になると良いと思います。なお、この節の後半の『週間朝日』表紙掲載、日本ヘアデザイン協会の創立、『くらしの窓』出演などはもう少し詳しい年月が欲しいと思いました。
      3. 私は牛山喜久子さんのことはこの記事で初めて知りましたが、美容家で牛山姓となるとメイ牛山の関係者かなと思いながら読みました。このあたりの関係図が図解されているとなお理解しやすいように思います。
      4. まったく瑣末なことですが、「少女期 - 学業の断念」節には「働く子供を預かりたい」とありますが、「働く女性の子供」ではなく「働く子供」で合っていますでしょうか。--MTBM3会話) 2020年9月20日 (日) 03:54 (UTC)
      • 初版投稿者です。ご査読、ご意見ありがとうございます。
        1. 現在の参考文献内容では、この節の記述をより強調できるような情報は乏しく、2020年9月20日 (日) 10:43 (UTC)差分)までの加筆修正が精一杯でした。「パーマはやめましょう」が「誰」の声かは記述なしでした。参考文献の内の『BEAUTY LEGENDS' STORIES』から引用させていただきますと、p300に「昭和16年(1941)年12月8日、ついに日米開戦。『パーマネントはやめましょう』という万事自粛の中で、」とあります。1941年以降に出た声なのか、太平洋戦争前の「パーマネントはやめませう」のことを言っているのか、不明です。この「屈辱的な仕事」の詳細は、牛山喜久子氏のご著書『人生合わせ鏡』に詳しいらしいのですが、手近な図書館に無し、国会図書館にはありますが、このご時世で入館制限中で閲覧困難です(私は臆病な性格もあり、緊急事態宣言以来、国会図書館どころか一度も越県しておりません)。
        2. 同じく、現状では上記の加筆修正が精一杯です。かろうじて『週刊朝日』は『BEAUTY LEGENDS' STORIES』p304に確実に発行日があり、その週刊朝日の現物も図書館で確認しましたが(年くらいあれば十分かなと個人的には思い、敢えて書いていませんでした)、日本ヘアデザイン協会の創立や『くらしの窓』出演の時期は未記載です。
        3. 正直、メイ牛山#人物のような文章ですと理解しにくく、図があると確かに良いですが…… 技術不足で困難です。
        4. 子供が働くわけはないですね。ご推察の通り「働く女性の子供」でした。
      • 心当たりの図書館で、ある程度の新たな参考文献の蔵書を検索できましたので、これから注文してみます。しかし選考終了の9月24日までに受取り、読み解き、加筆修正可能かは非常に微妙です。ひとまずWikipedia:良質な記事/良質な記事の選考#選考期間に基づき、4週間延長を希望します(新たな文献を用いても、ご期待に沿える加筆が可能かは、実は超・門外漢分野ですので全然自信なしです……すみません)--逃亡者会話) 2020年9月20日 (日) 11:58 (UTC)【一部取消 逃亡者会話) 2020年9月22日 (火) 02:29 (UTC)】
        • 上記「新たな参考文献」ですが、目当ての図書館以外のところで拝見できました。牛山喜久子氏に関する記述は見開き2ページの内のごく一部でして、1・2の節は書き足せる情報は無いわけではないですが、大幅強化できる程度の情報量はありませんでした。現在のところ、他に文献類の見当がつきませんもので、選考期間の延長希望を撤回させていただきます。今後、時間をかけて文献を探してゆく所存です。お騒がせして申し訳ありません。--逃亡者会話) 2020年9月22日 (火) 02:29 (UTC)
    • 賛成 MTBM3さんの指摘事項はもっともなのですが、少し厳しいかなとも感じます。良質な記事の段階ではこれくらいで良さそうです。私が引っかかったのは、「美容家の道へ」の節にある「2代目メイ牛山の義弟(夫の弟)」という表現で、牛山喜久子を中心に考えていたので、牛山喜久子の夫の弟と結婚する?と変に読んでしまいました。2代目メイ牛山の夫の弟にあたる人、ということですね。--Tam0031会話) 2020年9月23日 (水) 14:56 (UTC)
    • 条件付賛成(コメント) 逃亡者さん、対応ありがとうございました。自分でも少し調べてみましたが、1939年の「パーマ禁止令」については、同年7月4日に国民精神総動員委員会が決定し7月11日に閣議決定された「公私生活を刷新し戦時体制化するの基本策」(「生活刷新案」、「生活刷新基本方策」)に「婦女子のパーマネントウェーヴその他浮華なる化粧、服装の廃止」が盛り込まれており、おそらくこれを指しているものと思われます。「実行し得るものより順次これを実行に移し」とありますから「禁止令」ではありません(この方針に基づいて法令が出されていることを私が知らないだけかも知れませんが。)。また、こちらのサイトでは、この方針に対して美容院の組合が、「パーマネント」の呼称を「電髪」「淑髪」などに言い換えたり、軍用機を献納したりするなどの延命策をとったことが書かれています。ここで言う「組合」が牛山らの「火曜会」とイコールであるという「裏」を取ることができれば良いのですが。現状の「パーマ禁止令が発令されたが、牛山らの嘆願によって美容営業の延命は実現された(禁止令が撤回されたとも読める)。」という文脈では誤った情報を発信することになってしまいますので、ここだけは修正が必要であると考えます(最初に挙げた注文のうち、文献の限界があるものについては今後のブラッシュアップを期待いたします)。--MTBM3会話) 2020年9月23日 (水) 17:34 (UTC)
      • 申しわけありません。先述の『BEAUTY LEGENDS' STORIES』をよく読み直したところ、1939年のパーマ禁止は、表記は「パーマ禁止」であり、「パーマ禁止『令』」ではありませんでした(ただ同書に「公私生活を刷新し~」の名は無いのですが)。また同書p263-264によれば、パーマ禁止の法令が撤回されたというより、「華美すぎず自粛する、との条件つきで営業続行を認められた(要約)」のことでした。また「パーマネントはやめましょう」の声は、太平洋戦争前からの声のことで良いようです。仰るように現状では、法令が撤回されたような嘘の表現になってしまいますので、2020年9月24日 (木) 09:21 (UTC)差分)にて、できるだけ修正させていただきました。またTam0031さんからのご意見ですが、取敢えず「2代目メイ牛山の夫の弟」と書き添えました。「2代目メイ牛山」表記がくどいかも知れませんが…… 2代目メイ牛山の夫は牛山喜久子氏の上海行きにも絡んでいまして、私も資料を読んでいて結構、人名が牛山だらけで混乱しましたので、それこそ図があれば理解しやすいのにな、と思いました。これから努力するか、もしくは自分で抱え込まず、図解など得意などなたかを捜してみます……--逃亡者会話) 2020年9月24日 (木) 09:31 (UTC)
        • 賛成 ありがとうございました。加筆によって具体性が増し、事実に照らして誤解されるおそれもなくなったと思います。最初に感じていた引っかかりはおおむね解消しましたので賛成票を投じたいと思います。--MTBM3会話) 2020年9月24日 (木) 10:32 (UTC)
    • 選考終了日時:2020年9月25日 (金) 00:05 (UTC)2020年10月9日 (金) 00:05 (UTC)

      • (自動推薦)2020年8月の月間強化記事賞受賞記事。--Trgbot会話) 2020年9月11日 (金) 00:05 (UTC)
      • 賛成 力作ですね。すごい。ボリュームはすごいですが、読点の使い方が巧みなのと、ストレートに整理されていて読みやすく感じました。(正直にいうと、ストーリーがストレートに読みやす過ぎて、なおかつ出典が「内田2006」に大きく依存しているので、ちょっと不安にはなります。異説はないのかとか。)私個人は古典的な太平記的史観の「妖僧」としてしか知らなかった人物で、勉強になりました。記事に「再評価の研究の途上」と示されているような主題について、シロウトが内容面で「ここがおかしい」と口を出せるようなレベルでもなく、もっぱら形式的な話に終始することをお許しください。全体としてはとても品質が高いので、そのせいでところどころにある部分がかえって気になる、という程度のことです。
      1. 冒頭部が大きい
      2. 冒頭部に生没年を入れてはどうか
      3. 概要部が非常に大きく、出典がない(さすがにこれだけ大きいと気になる)
      4. 節名の重複が気になる
      5. 「と見られる」は「とみられる」等にすべき
      6. 本文中に挿入された梵字(?)画像について
      7. ところどころ、出典がない&文芸調の文があるのが気になる
      8. 古典的な「妖僧」や「邪教」像が、誤りだとしても、「通俗的にはこうみられてきた」という解説がほしい
      • まず、冒頭部のボリュームが明らかに大きい。続いて概要部もかなり大きく、そして出典がないのでちょっと面食らいます。
      • Wikipedia:スタイルマニュアル (人物伝)Wikipedia:スタイルマニュアル (導入部)は絶対ルールではないので、絶対ではないのですが、人物記事の冒頭文では生没年を入れるのが慣習です。「生没年はいれない」という積極的な意図があるなら強くは言いませんし、右側のテンプレート冒頭を見ればいいといえばそうなのですが。
      • 一般論として、概要部は本文に適切に出典がつけられた事柄の要約なので概要部にあらためて出典をつけなくともよい、という慣習はあります。たださすがにこれだけのボリュームになると、ちょっと心配にはなります。記事本体(生涯節)の規模からすると、概要節もこれだけの大きさになるのはおかしいことではないのですが・・・。「心配」というのは、普通にアタマから読んでいくと「全然出典がない」という気持ちになることと、Wikipediaの場合には今後も誰かが修正加筆をする可能性が常にあり、誰かがこのあと「概要」説に何かを加筆したときに、出典があるんだかないんだかわからなくなってしまう、という心配。ここらへんについては、「概要が○バイト以上のときは出典をつけろ」みたいに線を引ける話でもないので、私も「こうすればよい」という答えは持っていないのですが。
      • しょぼいことを言うのですが、技術的なことを。「概要」節内の小節と、「生涯」節内の小節と、節の名前が一致しています。こうしてしまうと、「文観#醍醐寺報恩院時代」とした場合に、先に出てくる概要節へのリンクになってしまいます。WP:ANCHORHelp:セクション#セクションへのリンクには解決策があり、「文観#醍醐寺報恩院時代_2」とするとよいことになっているので、ダメではないのですが、あまりメジャーではないような(私は知らなかった)。こだわりがあるなら無理には言いませんが、節の名称が重複しないようにしてはどうでしょう。
      • 「と推定される」の意味で「見られる」という表現が多用されています。たぶんWP:KANAの「動詞のうち、本来の意味がほとんど失われているもの」に照らし、「みられる」とするのがベターではないでしょうか。
      • 「故郷播磨の若き律宗指導者」節の「にかけてのいずれの日か」は、「にかけてのいずれかの日に」とするほうが自然であるように思います。
      • 「東播磨正和石塔群の造営」節で、文中に「アーク」の画像が挿入されていて、これはスタイルマニュアル的にどうだろうな、と思いました。
      • これだけ出典がつけられた中で、「師・道順の台頭と入滅」節の最後の一文「1年に満たなかった」に出典がありません。1321/03/21 - 1321/12/28はたしかに1年に満たないので、おかしなことを書いているわけではないのですが。他の節でもしばしば同様の一文がみられます。「入滅」節の「奇しくも巨星が」あたりとか。これらの文はいささか文芸調で、やや浮いている感じを受けました。
      • 「入滅」節の最後の段落はまるごと出典がありません。ここは私個人としては「通俗的なよく知られた話」なので、出典がないから嘘だという話ではないのですが、ここにも出典をつけるべきだろうと思います。そしてできれば、「生涯」節とは別に、通俗的・古典的なよくある“妖僧”としての文観像についての一節もほしいなと思いました。
      • 冒頭部の最後の方には、「性的邪教の批判はいわれのない中傷だ、と示された」との説明があります。が、本文側には、ここらへんの解説を欠いています。本文ではたぶん「高野山からの反発」節あたりが関係する箇所です。現代的には「いわれのない中傷だと判明した」のだとしても、かつてどういう批判が盛んに行われたかも、解説があるといいと思います。
      • 細かいことを雑多に書きましたが、全体としてはFAの選考に値する完成度だと思います。--柒月例祭会話) 2020年9月11日 (金) 13:24 (UTC)
      • 返信 丁寧に選考して頂き、具体的なご指摘もしてくださって、深く感謝いたします。ご意見を受けて書き直したい部分が多々あるのですが、ひとまず先に返信をさせて頂きます。
      • 「正直にいうと、ストーリーがストレートに読みやす過ぎて、なおかつ出典が「内田2006」に大きく依存しているので、ちょっと不安にはなります」→内田2006/内田2010を引用している文献では、内田説に本質的に反対するものは私自身は見かけたことがなく、追認した上で発展するという方向が基本だと思います。その代表が「播磨国常楽寺時代」を明らかにした金子2019で、内田2006だと「西大寺で律宗を修行したあと経歴に空白期間があって、よくわからないけど次に歴史に出たときはいつの間にか真言宗の実力者で後醍醐天皇の側近になっていた」みたいな感じなんですが、金子2019の論文があることによって、地方で下積みの実績を積んで中央へ、という流れがわかって、結構スムーズなストーリーになったかと思います。
      • 「異説はないのかとか」→内田説への全体的な反論は見かけませんが、個々の議論への反論はあるようです。内田論文は文観の「政僧」イメージを払拭したいらしくて、文観が政治に関わったのは文観の意志じゃなくて後醍醐側の働きかけなんじゃないかというのをたびたび強調しているのですが、大塚2016はむしろ真言宗の僧侶の側が後醍醐の権威を借りようとしたのではないかというようなことを言っています。ただ本文のどこにこの話題を入れるかは中々悩みます。また、大塚2016は、結果論とは言え後醍醐が「瑜祇灌頂」を受けた史上ただ一人の天皇で、真言宗を政治に最も活用した天皇の一人になったので、天皇としては「異形」と言っても間違いではないんじゃないか、と主張しています。ただこれは、あくまで同じ現象への呼び方の違いで、1980年代の網野善彦の「異形の王権」論の「異形」とは違い、後醍醐天皇の宗教政策が後宇多天皇の延長にあるという内田説の内容自体は大塚2016も認めているので、この呼び方論の話題を入れると余計雑然とした記事になってしまうのではないか、と危惧します。
      • 1.、3.、冒頭部は確かに推敲が必要だと思います。ただ、私としては、現状日本語版ウィキペディアの多くの記事は冒頭部があまりにも短すぎて何を言いたいのかつかめない記事が多いと感じているので、どちらかといえば迷ったら長め寄りにしたいと思っていて、この記事について言えば感覚としては「かなり長い」ぐらいで「長すぎる」というほどでもないと思います。概要部については、これほどの分量ならば、他者の加筆の可能性も考えて出典が必要というのは強く同意いたします。ここは修正したいと思います。
      • 2. 「人物記事の冒頭文では生没年を入れるのが慣習」→仏僧記事ではよくわからないのですが、武将記事ではテンプレートを用いた場合は生没年を冒頭文に入れない規定なので(Template:基礎情報 武士)、それにならって外したという形です。他に、ProfessorPineさんは、Weblioなどへ転載されることも考えれば、フォーマット的な情報はインフォボックスに任せて、第一文は説明文を多くすべきではないか、ということをおっしゃっています(ノート:後醍醐天皇#記事の冒頭について)。私自身としては議論を率先したいほど強いモチベーションはないので、気になる方々で一度フォーマットを決めてくださると嬉しいのですが。
      • 4. 「節名の重複が気になる」、5. 「「と見られる」は「とみられる」等にすべき」、「にかけてのいずれの日か」→これは確かにご指摘の通りだと思います。修正したいと思います。
      • 6. 「本文中に挿入された梵字(?)画像について」→たいとショウ王などの例があるので、場合によっては本文中に画像を入れるのは全く不可能という訳ではないと思いますが、特に使い分けを指示するガイドラインなどがあればご教示頂ければ幸いです。
      • 7. 私も読み返してみて文芸調が目立つところが結構あると感じたので、文調は修正したいと思います。「奇しくも巨星」云々については、私は特に南朝贔屓という訳でもないので(南朝は伝説と実態が乖離した人物が多いのでこっちを手掛けることが多いですが)、なんとか両朝を立てた書き方をしたいと思ったのですが、賢俊の業績と重要性をコンパクトにまとめるのもかなり頭を使うので大雑把になったという実情です……。
      • 8. 「邪教の妖僧文観」は本人を離れてそのキャラクター自体にかなり長く面白い歴史と研究があるので(『文観阿舎利絵巻』とか井上吉次郎 『文観上人』とか)、真面目に書こうと思うと一つの記事の分量になってしまいそうで、力尽きたという感じです。ウィキペディア上のどこかに記述は必要だとは思いますが、あるいは坂上田村丸のように独立した項目として設ける方が良いでしょうか。--Senu会話) 2020年9月13日 (日) 13:25 (UTC)
      返信 私も全ての点について解をもっているわけではないので、いくつか。
      生没年の件は了解しました。個人的には「Weblio」云々はWeblio側で解決すべきことで、Wikipedia側がそのために何かするというのは変だと思います。スマホや読み上げソフトなど、多様な利用スタイルを考慮すると、きちんと本文で生没年を入れるべきと考えます。が、まあInfoboxで一目瞭然というのも確かですし、個別の話というよりは全体のこととして合意が必要なことですし、当座はいいでしょう。
      梵字の件は、たいとなどでは漢字の説明上必要であるのに対して、この記事では「梵字の画像」自体がなくても文章は通じるので、画像が不可欠であるとは思いません。とはいえ絶対に無くせということでもなく、生没年の話と共通ですが、読み上げソフトなどでの利用も考慮した記述が必要です。つまり、「たいと」でも行われているように、画像が見えない場合の代替文字列を指定すればいいので、[[File:BonjiAah.png|50px|「アーク」の梵字]]みたいな感じにするといいはずです。
      異説云々ですが、日本史学の分野で、2000年以降に書かれた論文に対して、いまの時点で、別の研究者によるじゅうぶんな評価が出揃うというのはむつかしいでしょうね。あと30年後ぐらいには、20XX年の内田論文に対するいろいろな引用・分析・言及がでるようになるのかもしれませんが。8とセットになりますが、これだけのスケールの記事だと、「研究史」(文観の評価の変遷史)みたいなものがあってもいいようには思います。(個人的には、研究史みたいなのって書き手にとっては苦痛な作業と思いますけど。)
      Iso10970さんは、歴史や文化に関する背景・周辺知識の解説があるのを「読みにくい」と感じられたとのこと。私は逆に、それが充実していてこの記事だけで完結できるのが「読みやすい」と感じました。まあこれは個人の好みや感想なので、正反対になるのはしかたがないですね。--柒月例祭会話) 2020年9月18日 (金) 07:16 (UTC)
      • コメント 出典付きで詳細に書かれた記事ですが、以下感想等です。
      1. 正直いって冒頭部と概要節が長すぎると思います。まず冒頭部は7段落と、WP:LEADLENGTHの大雑把な目安(3-5段落)を超えていますし、概要節はパソコンのモニタだと気にならないかもしれませんが、「PDF形式でダウンロート」してみるとA4で7-8ページと、もはや普通の記事並みの長さになっています。スマホアプリだといつまで経っても本文に辿り着きません。概要節を読むと本文と重複する記述もありますし、今のままなら不要と個人的には思います。仮に概要節を設けるとしても、現在の冒頭部くらいの内容で十分ではないでしょうか?
      2. 本文には文観に直接関係しない記述が多数あり、話が散漫な感じで読みにくい印象を受けました。本記事ではなく他記事に書く、もし本記事に書くとしても、もっと簡略化して注釈にでもしたほうが「文観の百科事典記事」としてすっきりするのではと思います。具体的には、
      • 「仏門に入る」節の真言律宗、叡尊の説明
      • 「信空長老体制の強化」節全部
      • 「真言宗の阿闍梨「弘真」になる」節の真言宗醍醐派報恩院流の説明
      • 「師・道順の台頭と入滅」節全部
      • 「元弘の乱」節の流刑と京都への帰還以外の部分
      • 「後醍醐天皇崩御」節の北朝側の仏事に関する部分 など、本記事でここまで書く必要があるのか疑問です。
      3. あと細かい点ですが、「叡尊という鎌倉仏教史を代表する巨人」…一般に鎌倉仏教史の代表と言えば、親鸞や道元、日蓮などではないでしょうか?叡尊を「代表する巨人」と書くのは違和感があります。--Iso10970会話) 2020年9月11日 (金) 14:17 (UTC)
      返信 長い記事にもかかわらず、読み込んだ上で多くのご意見をくださってどうもありがとうございます。
      1. WP:LEADLENGTHの基準の「3-5段落」はあくまで常識的な分量の記事に対する基準であって、それが絶対的な基準ではないと思います。この記事はもとが長いですし、文観の場合は少なくとも4つの分野に業績がまたがっており、かつ過去と現時点での研究上の実像に大きな開きがある人物なので、第一文+業績の概観+それぞれの分野+研究史だけで最低7段落になってしまいますので、段落数としてはこれ以上切り詰められないと思います。もちろん、各段落の文章そのものは推敲が必要とは思いますが。また、概要節はスマホアプリなどで普通の記事として読むのも想定の一つとして設けました。本文をスマホで全文読むのは正直無理だと思います。
      2. 良質な記事であるオットー・フォン・ビスマルクの項目では、ビスマルク本人が直接関わっていない政治情勢もしばしば解説されますが、これはビスマルクが個人の枠を越えて当時のヨーロッパ外交の代表的存在であるため、その記事を読めばビスマルク本人と共にヨーロッパの情勢が理解できるように便宜を図ってのものであると推測します。同様に、鎌倉末期〜南北朝初期の真言宗・律宗の代表である文観の記事においては、当時の真言宗と律宗の概観もある程度つかめるような体裁になっていた方が良質であるかと思います。
      3. 「一般に」というのは「現在の世間一般における知名度」という認識でよろしいのでしょうか。『二条河原の落書』に「追従 讒人 禅律僧」、室町幕府の組織に「禅律方」があるように、律宗が禅宗と並ぶ大勢力だったのが当時の一般認識でしたし、その中心人物である叡尊が当時における巨人なのは特に異論を挟む余地はないのではないでしょうか。むしろ親鸞・道元・日蓮らは戦国時代から現代にかけての勢力差が過去に遡及して有名なのであって、叡尊に比べて当時としての重要性を大きく上回ることはないかと思います。もちろんカジュアルな書き方では現在の一般的知名度を優先して書くこともあるのでしょうが、この項目の場合は特に鎌倉仏教における専門的な項目ですから、想定する読者層からして、ある程度実態に則して書く方が良いかと考えます。ただ、上で柒月例祭さんがご指摘する「文芸調の文」の文にあたる可能性もあるので、その観点から文調を修正する必要があるかもしれません。--Senu会話) 2020年9月13日 (日) 13:25 (UTC)
      • 賛成 私も、ちょっと概要節は長すぎるかなと感じました。冒頭節が十分充実しているので、これなら概要節はなくてもいいかなと。ただ記事自体はとてもよく書かれていると思ったので賛成とします。説明の文章でやや口語的に見えるところがあるのが気になりました。--Tam0031会話) 2020年9月24日 (木) 15:53 (UTC)
      • 選考終了日時:2020年9月30日 (水) 14:28 (UTC)

        • (推薦)4年前に私が英語版の秀逸な記事を翻訳したものです。翻訳時から多少時間は経過していますが、総説的な記事のために現状でも内容の充実さは損なわれていないので(実際翻訳元はほとんど変わっていません)、少なくとも良質な記事としては十分かと思います。--Karasunoko会話) 2020年9月16日 (水) 14:28 (UTC)
        • 賛成 :--Karasunoko会話) 2020年9月16日 (水) 14:28 (UTC)
        • 選考終了日時:2020年10月1日 (木) 11:11 (UTC)

          • (推薦)山陽新幹線のトンネル。建設の背景や計画から供用後の老朽化問題まで詳しくまとめられており、良質な記事にふさわしいと思います。--運動会プロテインパワー会話) 2020年9月17日 (木) 11:11 (UTC)
          • 賛成 :推薦者票。--運動会プロテインパワー会話) 2020年9月17日 (木) 11:11 (UTC)
          • 賛成 :出典を備えながら一通りの点が書かれている記事だと思います。トンネルの位置と線形を示す地図画像を追加したり、導入部をもうちょっと充実させるともっとよくなると思います。細かい点ですが、注釈が存在していない「注釈」節はない方がいいでしょう。--Yapparina会話) 2020年9月27日 (日) 00:41 (UTC)
            • すみません、他からコピペで記事の骨格を作った際に残ってしまったようです。除去しておきました。--Tam0031会話) 2020年9月27日 (日) 15:07 (UTC)
          • 選考終了日時:2020年10月9日 (金) 07:17 (UTC)

            • (推薦)自薦。イギリスではスコットより人気のある南極探検家の記事です。数年前の加筆大会の際に英語版FAを翻訳したものに、直近の英語版を一部反映させ、出典も和訳があるものについてはそちらに付け替えました。GAの水準に達しているものと思いますので推薦します。--Iso10970会話) 2020年9月25日 (金) 07:17 (UTC)
            • 賛成 :推薦者票--Iso10970会話) 2020年9月25日 (金) 07:17 (UTC)
            • 選考終了日時:2020年10月10日 (土) 03:07 (UTC)